第164話 猛獣注意報

「よう、女の子三人でなにしてんだい」


 軽薄そうな獅子面が話しかけてくる。

 たしか……野田とか言ったっけ。


「お留守番です!」


「外なのにか……?」


 シェリルは昔、山育ちだったらしいから、外でお留守番していてもおかしくないかも?

 ううん。今は一条さんの家に住んでるし、やっぱり変だね。


「まあいいや。それより、ちょうどよかった。話聞いてくれないか?」


「話って……私たちだけに?」


「いや、木村にも話しておきたかったんだけど、あいつはいないのか?」


「善といっしょに探索中ですけど……」


「なんだよ。ソロのほうがいいと気づいただろうに、二人で行っちまったのか」


 まるで、善一人でダンジョンに向かった方が都合がいいような言い方。少しだけ気になる。


「あの人も木村のことは買っていたし、手間がちょっと増えるだけか」


 ……うん。わかったこいつは敵だ。それにあの人っていうのも敵だ。

 夢子はまだこいつと会話をするつもりらしく、律儀に聞き返してあげている。


「意味がわからないんですけど。結局話っていうのは?」


「おお、悪い悪い。単刀直入に言うとさ。ニトテキア、俺たちの仲間にならないか?」


「仲間って……前みたいにいっしょに探索するっていうことですか?」


「いや、俺たちをまとめてる【超級】探索者の下につくんだよ」


 野田は、私たちがそれを承諾することを疑ってもいないように話を続ける。

 下につく。というよりは配下に下れって感じだね。


「はっはっは! 私たちのリーダーは先生です! そして、私たちは何を隠そう【超級】探索者なのです!」


 かわいい。

 でも、そんなシェリルの様子を見て、野田はあきれたように首を横に振った。


「そのリーダーがよくない」


 はあ……?


「紫杏落ち着いて!」


 振り上げようとした腕を夢子に抑えられた。

 ……まあ、善がここにいたとしても、同じことをしていただろうからね。

 うん。しょうがないから、さっきの暴言の報復は人のいない場所でするよ。


「……えっと、続きいいか?」


「お願いだから刺激しないでくださいよ……」


 危険物みたいな扱いをされている気がする。

 いや、私悪くないよ? だって、野田は絶対に善をけなそうとしたもん。

 だから、先に殴っておかないと。


「烏丸は人間だろ。なんだって、わざわざ魔族に劣る人間なんかに従うんだよ。お前たちの力なら、足手まといさえいなければもっと上を目指せる」


 ああ、そういうタイプなんだ。

 元々なかった野田への興味が完全に消滅した。


「俺たち魔族をまとめている人がいるんだ。その人につけば、これから魔族の地位はもっと向上するぜ?」


「先生のすごさがわからないなんて、鼻が詰まってますね! それか、野生が失われた座敷猫です!」


「最近飼い犬っぽくなってるけどね……。でも、シェリルの言うことが正しいわ。私たちはニトテキア、リーダーは善。話が終わりなら、もう帰ってもらえるかしら?」


 シェリルは飼い犬だけど、散歩が好きで、お外が好きなタイプだからね。

 野生は……出会った頃から、なかったような気がするけど。


「俺たちとの探索は、やりやすかっただろ? パーティの変更なんてよくある話なんだ。あいつに義理を通す必要もないんだぜ?」


「うう~……ぐるるる!」


 どうにもずれている。

 野田は魔族の地位の向上を餌にすれば、私たちがついてくると思っているみたい。

 でも、善がいない場所に魅力なんてまったく感じることはない。

 シェリルが唸っているけど、もういっそのこと噛みついてもいいと思う。


「そうかよ。でもなあ……ただで帰るわけにはいかねえんだ」


 野田が合図すると、空間に魔力の歪みが発生した。

 正気? まさか、ダンジョンの外で本格的な戦闘でもしようっていうの?


 歪みが穴になって、穴の中からたくさんの魔族らしき連中が出てきた。

 その中には前にあった目の女……岩崎?もいる。


「ほらあ、言わんこっちゃない。小田君じゃ、説得なんて無理だと思ってたんですよ~」


「なにがいいのかねえ。人間のリーダーなんか」


 魔族たちに囲まれたけど、こんなところで騒ぎなんか起こす気なのかなあ。

 これだから、野蛮な連中はだめなんだよね。


「それに、どうせそのリーダーもすぐにいなくなるからな。そうすりゃあ、気も変わる……だろ……」


 目の前の魔族を殴り飛ばした。本当は野田を殴ろうとしたけど、邪魔だったから道を開けるために殴っておいた。

 囲まれていて邪魔だなあ。どいてくれないし、殴られても仕方ないね。

 まだ邪魔な魔族がいたので殴り飛ばした。……意味がわからないような顔をしていたけど、説明するのも面倒くさい。


「お、おい! なんだってんだ急に!」


 野田を殴り……いや、まず話を聞いておこう。

 うん。ちょっと気が急いてしまったみたいだけど、もう落ち着いたから大丈夫。


「善が」


「は……?」


「いなくなるって?」


「こ、言葉通りの意味だよ。そのリーダーが邪魔っていうのなら、うちのボスがどうにかする。なあ、よく考えろよ? 魔族の地位を向上させるチャンスなんだぜ?」


 要領を得ない。所詮は猫。うちのシェリルのほうがかわいいし賢い。というか、比較することさえ失礼な話。

 でも我慢しないと。猫より小さそうな脳みその男から、情報を聞き出さないと。


「ボスっていうのは、あの首なし? 善になにしたの?」


「今頃、ダンジョンで不幸な事故が起こっているだろうなあ……まあ、気を落とさないことだ。古い仲間のことなんて忘れて、新しい仲間と探索しようぜ」


 だめだね。もう、これから聞き出せる情報はなさそう。

 だったら、さっさと善のところに行こう……ピクシーが邪魔するなら、探して潰そう。


 気持ちを切り替えて、とりあえず邪魔な魔族を片っ端から殴っていく。

 ようやく状況が飲み込めたのか、回避、防御、反撃をする者も出てきたけど、些細なことだ。


「お、おい! なにを簡単にやられているんだ!」


「で、でも小田さん! こいつ強すぎます!」


「ふざけんな! 人間に飼いならされてるだけの魔族のくせに!」


 邪魔。邪魔。これも邪魔。邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔。


「やれ~お姉様! いけ~お姉様!」


「あそこまで怒ってる紫杏なんて、私も見たことないのに、よくそんなお調子者のままでいられるわよね……」


 ようやく戦う気がなくなったらしい。周りにいた魔族たちが、逃げるように私から距離を取る。

 なら、こんなやつらにかまっている暇はない。早くピクシーダンジョンの中に……。


「な、なにこれ……どうなってるの?」


 大地? 善と一緒に探索していたはずなのに、なんでここに……。

 偽物? 殴り倒す? いや、魔力が大地のだから本物だ。

 なら、大地の話も聞いておいた方がよさそう。


「大地。どうなってるの?」


「僕のセリフなんだけど……わかったから、ちょっと落ち着いて」


    ◇


 気がついたらダンジョンの外にいた。帰還の結晶と違って、完全に外にだ。

 しかも、このあたりはピクシーダンジョンから離れた場所みたいだね。

 それはいい。大問題なのは、隣に善がいない。……僕、紫杏に殺されないといいなあ。


 そう思って急いでピクシーダンジョンに戻ると、途中で倒れた魔族を見かけた。

 そこまで重症ではないらしい。悪いけどこっちも急いでいるので、今は無視させてもらう。

 ……増えていく。倒れた魔族がダンジョンに近づくにつれて増えていく。

 もしかして、またなにか異変が起きている? この魔族たちはその被害に……。


 ……違うみたいだね。魔族たちが倒れた原因は、どうやら僕の幼馴染の一人が原因みたいだ。


「な、なにこれ……どうなってるの?」


 あ、これやばいやつだ。紫杏の目から感情が消えていて、人形みたいになっている。


「大地。どうなってるの?」


 怖いって……。あと、近いから。

 君、僕さえ触れないほどの男性恐怖症でしょ。

 まさか、殴り飛ばす気じゃないよね?


 倒れた魔族たち、それにあれは小田さんと石崎さん?

 珍しくおろおろしている夢子。調子に乗っているシェリルはあとでお仕置きするとして……。

 うん。なんとなく状況はわかった。


 だから、まずは目の前の猛獣をなだめないと。


「僕のセリフなんだけど……わかったから、ちょっと落ち着いて」

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