第163話 チュートリアル無制限プラン
「いい? 絶対に無茶しないようにね。頼んだよ大地。なにかあったらすぐに帰還の結晶を使ってね」
「最近、俺の信用が行方不明になってる気がする」
「自分で捨てたんだよ」
大地が冷たいセリフを発しているけど、まだダンジョンの外だよな?
ピクシーたちに昔の記憶にされていないのに、ずいぶんと手厳しいじゃないか。
昨日紫杏に根こそぎ搾り取られた結果、レベルは1になった。
いや、いつもどうせ1になるんだから、あんなに入念に吸う必要はなかったけど……。
ともあれ、仮説が正しければこれで俺にはピクシーの妨害は効かない。
他のみんなのレベルを下げるわけにはいかないので、俺だけでダンジョンを探索しようとしたら怒られた。
その結果、記憶を戻されても俺と友人関係のままでいられる大地とともに、探索を行うことにしたのだ。
持つべきものは幼馴染の友人だな。
◇
「僕はたぶん戦力外になるから。善もちゃんと無理しないように気を付けてよね」
「おう。俺の判断はたしかだ」
「……うちのパーティで、シェリルの次に危なっかしいと思うんだけど」
ブービー賞じゃないか。
……いや、俺の上の三人が強いだけで、四番目でもわりといい評価のはずだ。
そう気を取り直して前へ進んでいく。前回はこのあたりからピクシーの攻撃を受けていた。
俺の記憶になにかあったら、すぐに引き返したほうがいいな。
「お、コボルトがいる」
だけど今日の俺はレベルが低いこと以外は、ちゃんと十全に戦うことができる。
昨日は手こずりそうになったスピードも、【剣術:上級】のおかげであっさりと捉えると、敵の移動先にあわせて【斬撃】を飛ばした。
魔法剣の発動すらしていないが、倍化した【斬撃】が残さず命中したコボルトは、その場に倒れて消滅した。
「うん。戦い方を忘れていなければ、こんなもんか」
あれ、このダンジョンでレベルが上がった場合ってどうなるんだ?
もしかして、ピクシーの術の餌食になってしまうのでは……。
慌ててステータスカードを確認すると、俺のレベルは1のままだった。
コボルト一匹しか倒していないから、経験値が足りなかったか?
でも、よくよく思い返してみれば、コボルトを倒した後に経験値を取得した感覚がなかった気がする。
「……あれ、善? 剣なんか振り回してなにしてんのさ。危ないよ」
「大地はピクシーの術にかかってしまったか」
「ピクシー? …………ああ、くそっ。だめだ。気を付けていたはずなんだけどね」
あきらめにも似た感情によるつぶやきを聞いた大地は、なんと現状を思い出せたようだ。
そういえば、昨日も夢子に声をかけたら正気に戻っていたな。
「術を解除できたのか?」
「いや……戦い方だけは思い出せない。悪いけど、やっぱり僕は戦力外だよ」
なるほど、最初は記憶が完全に退行してしまうが、戦い方以外は案外簡単に思い出せるわけか。
それなら、昨日も紫杏やシェリルを正気に戻すのは簡単だったかもな。
……いや、シェリルは無理かも。あいつ威嚇していたし、最後は逃げたし。
「あれ? でも、シェリルを確保したときは毒を使ってたはずだぞ?」
「そうらしいけど、たぶん無意識? 今話を聞いても使い方なんて、まったくわからないよ」
そういうもんか。たしかに、俺も意識せずにスキルを使用していたからな。
使おうと思えば使えるんだけど、使い方はわからないというわけだ。
「まあ、事情を理解してるだけでもやりやすいさ。やばそうだったら帰還は頼んだ」
「うん。それは任せておいて。いまのところ、危なげなく魔獣を倒せているみたいだけどね」
そう、戦い方さえ忘れなければ簡単なダンジョンではある。
この先がどうなるかはわからないけど、他の【上級】よりは危険ではなさそうだな。
「危険じゃなさそうとわかったところで、ここでレベルを上げたらどうなるかも検証してみたくなった」
「ああ、たしかに。試してみたほうがいいかもね」
ちょうどゴブリンやコボルトが近づいてきたので、【斬撃】を飛ばして片っ端かた倒してみる。
やはり、経験値を取得した気がしない。
それに、【初級】の魔獣とはいえ、これだけ倒したらとっくにレベルが2になってもおかしくない。
にもかかわらず、俺のレベルは1のまま固定されている。
「大丈夫そうだな。ここではレベルが上がることはないみたいだ」
「……【上級】にしては、やけにおかしな場所だね。まるで、【超級】のように独自のルールがある」
たしかに、でも松山さんが来ていたってことは【上級】のはずだ。
それに受付さんもしっかりとここが【上級】と言っていた。
「もしかしたら【超級】のような、おかしな法則のお試し版みたいなダンジョンなのかもしれないな」
「……それにしては、今まで行った【超級】よりも面倒なことになったけどね」
それは違いない。
だけど、襲ってくる魔獣のことまで考えると、やはり【超級】よりは難度は低いだろう。
「まあいいや。魔獣を倒しても問題ないみたいだし、あとは普通に【初級】のダンジョンの要領で踏破しちゃいなよ」
「そうだな。みんなを待たせるのも悪いし、ここはさっさとボスを倒すか」
◇
もしも、記憶を戻された状態でここを踏破する場合はどうなっただろうか。
やっぱり、【初級】時代に培ったスキルや技術を駆使して、初心に帰って探索をしたのかな?
そういう意味で、観月さんは俺たちにここを勧め、松山さんは鍛錬としてここに訪れたのだとしたら、俺の探索の仕方はあまり褒められたものじゃないかもしれない。
「お、松山さんがいる」
「本当だ。でも、しっかりと戦えているね。少なくともここの魔獣程度だと相手になっていない」
向かってくる魔獣を一太刀で切り伏せる松山さんがそこにいた。
彼はこちらに気づくことなく、鍛錬するかのように魔獣相手に剣を振るう。
たぶんあれがこのダンジョンの正しい進み方だな。
基礎を徹底的に鍛えれば、記憶が昔の者に戻ってもちゃんと戦えるということだ。
基礎か……。最近また魔法剣に頼りがちになっているか?
「すまないが、共闘するつもりはない。魔獣なら別の場所を探してもらえるか?」
こちらに気がついた松山さんにそう言われた。
じっと見ていたので、俺たちもここで魔獣を戦いたがっていると勘違いされたらしい。
「いえ、俺たちはボスを倒すつもりなので」
「そうか、すまなかった。そちらも魔獣相手に鍛錬したいものかと思った」
邪魔してはいけないとそそくさと先に進む。
松山さんは俺たちを気にすることもなく、再び魔獣相手に剣技を確かめるように振るっていた。
「俺たちのこと忘れてたみたいだな」
「善みたいな抜け道を使わないと、普通はああいうふうになるんだろうね」
でも、声をかけたら戻るっぽいよな。
パーティを分割して、外で待機してる仲間に連絡してもらったら、なんとかならないかな。
戦闘に関する記憶を失ったままだし、意味ないか。
◇
「ここがボス部屋か」
「さすがに簡単にたどり着けたね」
結局、ここにくるまでに出会ったのは【初級】の魔獣だけだった。
それどころか、【初級】ですら奥に進むほどに強い魔獣になるのに、ここではそんな強化種に相当する魔獣すら出現しない。
最初から最後まで、【初級】の浅瀬にいるような魔獣ばかりが相手だ。
「記憶の操作さえ対応できれば、簡単に踏破できるダンジョンだったってわけだ」
「まだ、ボスがいるよ。油断しないように」
「ああ、帰還の判断は任せた」
これでボスだけ【上級】相当の強さだったら、本当に底意地の悪いダンジョンだよな。
その可能性も十分にあるだろうし、大地の言うように油断はしないで進むことにしよう。
扉を開けて前へと進む。
部屋の中に一歩足を踏み入れると、後ろにいたはずの大地がいなくなっていた。
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