第158話 「待て」で止まるアンストッパブル

「わ~い。先生とお姉さまに遊んでもらえるんですね」


「いや、精霊から加護をもらって、その制御の練習って言ってたでしょ」


「悪い……説明するときに、精霊は遊びだと言っていたなんて、余計なことを言わなければ」


 呆れた様子で補足する大地だが、シェリルが勘違いしてしまった一因は俺にもあるのかもしれない。

 結局シェリルの勘違いを解くこともなく、俺たちは昨日紫杏に教えてもらった精霊のいる場所へと到着した。


    ◇


「遊ぶって言ったのに! 遊ぶって言ったのに!」


 言ってないんだよなあ……。

 背中を風で押されて、猛スピードで強制的に走ることになったシェリルの訴えに心が痛む。

 なんか、散歩と騙されて予防接種に連れてこられた犬みたいだ。


「うわあぁぁ! うわぁああ! あ! 慣れました!」


 嘘だろ。おい。

 昨日俺は苦労した末に制御はまだできないと判断した力だが、シェリルはものの数分で慣れてしまった。

 他の精霊たちもシェリルには、風の精霊の力が合うと言っていたが、その見立ては完璧だったということか。


「ウン。ワンワンナラデキルッテ、ミンナモ言ッテタモンネ」


「はっはっは~! ハイパージェットターボシェリルです!」


 すっげえ……。風と一体化したかのように、自然に風魔術を使って加速している。

 いつも高速で戦闘していたシェリルだからこそ、できる芸当か。


「あのスピードを使いこなすなら、空間把握能力に長けてないと無理そうね」


「馬鹿だから、そのぶん勘がいいんじゃない? このまま野生に帰る日も近そうだね」


 まあ、この速度で動き回ると、一瞬で周囲の状況を把握しないと危険そうだしな。

 嗅覚だけで、ワームの位置をすべて完璧に把握していたシェリルならではということか?

 いや、昨日棚ぼたで俺も魔力の感覚をつかめたし、似たようなことができれば……。


「あれだ。目を開けてると情報が多すぎてわかりにくい」


「また変なこと言いだした」


 目を閉じる。周囲の魔力を感じる。

 いけるいける。お前は紫杏の彼氏だぞ。紫杏ができるように、お前にもできるはずだ。


 え~と……この一番大きいのが精霊だな。なんか風や自然に近い魔力って感じだ。

 それで、次に大きいのが紫杏のはず。はいかわいい。俺の彼女は魔力までかわいい。

 ……いや、わからないけどそう思っておこう。

 大地と夢子の魔力もけっこう大きい。シェリルはシェリルですごいな。あまり魔力がないはずなのに、あそこまで精霊の加護を使いこなしてるのか。

 それで、この半端な魔力が俺で……周囲の魔力もなんとなくわかった。


「あとは……主観じゃなくて、もっと遠くから周りの魔力ごと俺を見るイメージで」


 神様視点というやつだ。目で見てると当然正面のものしかわからない。

 だけど、俺の周囲ごと魔力で知覚してしまえば、俺の後ろから覗き込むように見えるはずだ。


「あとは、こうやってスピードに身を任せれば」


 今度は風に逆らわずに動く。危険だから下手にブレーキをかけるせいで、バランスを崩しやすくなるんだ。

 遠くから見えてしまえば、このスピードで動こうと対処は可能だ。

 目じゃなくて魔力で見てしまえば、ほらこの通り……。


「先生~!!」


 突然顔に衝撃が襲いかかってきた……。

 なるほど、木があったんだな。うん、油断していた。

 ここにいる人物たちの魔力だけ見て安心していた。

 そうかあ……実践では、もっと障害物も多いし、その辺まで完璧に把握しないとな。


 課題は多そうだ……。

 だけど、昨日よりは幾分か使いやすくなったし、これもまた成長したといえるだろう。


「鼻血出てるよ。はい、回復」


「ありがとう」


 しばらくは探索と練習を両立してみるか。

 今の状態が、上位の魔獣たちにどれくらい通用するのか楽しみになってきた。


「モウ帰ルノ?」


 今日はこれで終わりにしよう。そう思ったら風の精霊に尋ねられた。


「ああ、昨日よりはましになったからな。続きはまた明日だ」


「明日モクルノ~?」


「そのつもりだけど、もしかして都合が悪いか?」


「ソッカ~。ウン! マタ明日モ遊ボウネ~!」


 遊びのつもりではなく訓練のつもりなんだけどなあ……。

 これを遊びと言ってしまう精霊が恐ろしくもある。


「ソウダ。私モコレアゲルネ」


 風の精霊の魔力が俺の剣を包むと、剣は風の魔力を帯びた魔法剣へと変化した。

 おお……ついに風属性の魔法剣まで教わるとは、ありがたい。


「ありがとな。じゃあ、また明日」


「ウン! マタ遊ボウネ~!」


 精霊は手を振って俺たちを見送ってくれた。

 どの精霊も見た目は幼かったけど、風の精霊は中身も特に幼い気がするな。

 そう考えると、きっと本当に遊びたいだけなのかもしれない。


 昔話で語られるように、男神様が精霊と遊んであげていた理由を理解できたような気がする。


    ◇


「はははははは! 風神シェリル! 私を止められる者などいません!」


 我が家の犬が神になった。

 いや、だめだろそれは。女神ソラ様と男神アキト様に謝れ。


「待て」


「はいっ!」


 すでにマンティコアは討伐済みのため、紫杏の一言でシェリルはぴたっと止まった。


「だめだよ? 勝手に神様を名乗ると罰が当たるからね」


「すみません調子に乗りました……」


 さすがのシェリルも神を名乗る不敬はまずいと思ったのか、いつにも増して素直に紫杏に従った。

 まあ、マンティコアを翻弄できるほどの速さを得たし、テンションが上がってしまったんだろうな。

 紫杏もそれをわかっているからか、シェリルの頭に手を置いて撫でまわしていた。


「それにしてもすごいな。あそこまで使いこなせるなんて、俺も見習わないと」


 ん……。俯瞰視点でダンジョンを見ていたからわかる。マンティコアがもう一匹近づいてきたな。


「マンティコアがまたくるぞ」


「え……ちょうど今知らせようとしたけど、なんでわかったの?」


「なんか魔力の感じで」


「すごいね。紫杏の魔力感知みたいだ」


 まあ、紫杏のおかげで習得した技術だからな。

 そうか。大地の耳の良さと同じくらいには、遠くの様子がわかっているのか。

 それなら、この技術は十分使い物になるな。


「えっ、善が私みたい? つまり、私と善は一心同体? よしっ! やろうか」


「夜にな~」


 男らしく誘うな。もしかして、サキュバスにも発情期ってあるのか?

 ……一年中発情してる気がするな。


「夢子~。旦那様がつめたい~」


「はいはい。もうすぐ魔獣がくるから終わってからね」


 敵が近づいてくるのがわかるので、先に攻撃をあわせることがずいぶんと楽になった。

 というわけで、相手がくる方向とタイミングに合わせて斬撃を飛ばす。


 属性は風。四つの中で一番速度が速い斬撃は見事にマンティコアに命中した。

 ……というか、風以外はあいつら見てから避けるんだよなあ。

 そういう意味でも、【魔法剣:風】を教えてもらえたのは、良いタイミングだったと言える。


「スーパージェットシェリル行きます!」


 その言葉を置き去りにするかのように、シェリルは風と共にマンティコアに接近して爪を振るった。

 速すぎてわからないが、一撃ごとに【両断】のスキルを使用している。

 スキルと速さが相まって、【上級】の魔獣であるマンティコアといえど、確実にダメージが通っている。

 マンティコアもやられるままではないが、反撃をしようにもシェリルにまったく追い付いていない。

 だからこそ、シェリルも反撃の心配はないと判断して【両断】を使っているのだろう。


「んじゃあ。俺も混ざるとするか」


 シェリルとマンティコアの戦いはちゃんと知覚できている。

 なら、次は実際にこの攻防についていくための練習といこう。

 俺は風を体にまとってから、高速で動く狼と獅子の戦いに乱入した。

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