第157話 風と共に去るのにも才能がいる
「はい。ついたよ~」
紫杏に呆れられてしまうという珍しい体験をしたものの、あの後はわりとスムーズに目的地まで行くことができた。
感覚が研ぎ澄まされたような気がするし、これでマンティコアにもティムールにも、もう少し食らいつけるようになるだろう。
「じゃあ、目を開けて~」
「いや、この感じだとどう考えても……」
言われた通りに目を開けると、紫杏の顔が目の前にあった。
そのまま顔が近づいていき、唇を奪われる。
「キスしたかっただけか?」
「いやあ、これはちょっとつまみ食いと言うか」
紫杏は悪びれる様子もなく、ごまかすように笑っていたが、咳払いをしてから改めて本題へと移った。
「いい場所でしょ。人も少ないし穴場スポットだよ」
「まあ、たしかに貸し切りって感じだけど」
緑生い茂る草原は絨毯のように柔らかそうで、寝転がってみるとさぞかし気持ちいいだろうな。
そして頬に当たる風も実に心地いい。
なんというか、自然を満喫できるというか、自然に癒されるような場所だな。
「じゃあ、今日はここでお昼寝でもしよう」
「ガス抜きってことか? そんなに気を遣ってもらうほど、余裕なかったとは思ってないんだけどなあ」
「いや、私が善を膝枕したい。へい!」
すでに正座した状態だった紫杏は、自分の膝をパンパンと叩いて催促してきた。
……まあ、いいけどさ。俺だって嫌いじゃないし、というか好きだし。
「でも、これだと俺だけが休むことになって、紫杏は休めないんじゃないか?」
「平気~。私は思う存分、この体勢で善成分を吸収するから」
「このまま精気吸いつくされて永眠しないだろうな……」
「そしたら私も死んであげるね~」
どうやら死後も紫杏に搾り取られることは決定しているらしい……。
紫杏を死なせないためにも、せいぜい長生きするとしよう。
そんなとりとめのないことを考えているうちに、すぐに睡魔は訪れた。
なんだろう……この場所って、やけに気持ちいい。なんでこんなにも……ああ、そうか魔力がやけに満ちているんだ。
◇
頭の中がずいぶんとすっきりした。
ちゃんと毎日睡眠をとっているはずだけど、完全に疲れが抜けていなかったのかな?
とにかく、この場所で休んだことで、ずいぶんと調子が良くなった気がする。
「おはよ~」
「オハヨ~」
「……ああ。おはよう」
目を開けると俺を見下ろす紫杏と目が合った。
後頭部に感じる柔らかさから、紫杏はずっと膝枕をしてくれていたんだと知る。
「どう? ゆっくり休めた?」
「ああ、おかげでな」
体内の魔力の循環も心なしか改善されている気がする。
体が本調子に戻ったおかげか、あるいはこの場所に満ちた魔力のおかげか。
それはそうと……。
「その子、やっぱり精霊だよな?」
「ソウダヨ~」
「おっ、さすがに目ざといね」
そりゃあ気づく。これまであった四大精霊たちなみの魔力の大きさに、なにより見た目が似ているからな。
しかし、なんでまた急に精霊が現れたんだ、という考えは意味がないか。
精霊なんて自由気ままが具現化したような存在だしな。彼女たちの行動にいちいち理由を考えてもきりがない。
「実は、ちょっと前からこの場所に大きな魔力の反応を感じてね。たぶん精霊だろうなあと思ったから、善にも会わせようと思ったの」
「なるほど……休ませるとか、膝枕とかは建前だったってことだな」
「いや? 休ませるのが最優先事項で、膝枕は二番目に優先。精霊はついでだけど?」
「それ……精霊の前で言うなよ」
欲望のままに生きているという点では、うちの彼女も精霊に近いのかもしれない。
当の精霊自身は、自分がついで扱いされても気を害した様子がないのは幸いか。
「紫杏チャンカラ、話聞イタヨ~。君ガミンナガ言ッテタ人間ナンダネ」
「さっきまで、フウカちゃんとはお話してたからね。善のよさをアピールしまくったよ!」
「みんなっていうのが他の精霊たちのことなら、へっぽこな人間とは俺のことです……」
きっと精霊仲間の間ではそういう評価だろうし、もうへっぽこでもいいや。
紫杏が後ろで、へっぽこじゃないのに~と言っているが、紫杏がそう思ってくれていればそれでいい。
「アハハハ~。ミーチャンモ、ヒーチャンモ、心配シテルンダヨ~。チーチャンハ……私モヨクワカンナイヤ!」
本当かな? 呆れてるとかじゃないならいいけど。
あと、土の精霊のことは、仲間内でもよくわからないんだな。
「ソレデ。速ク動キタインダヨネ?」
「まあ、今の速度じゃ、魔獣たちに通用しなくなってきているからなあ」
「フ~ン。風ノ魔法ヲ使エルノニ、速ク動カナイナンテ変ナノ~」
風かあ……。風だけじゃなくて、俺って魔術全般がそんなに得意じゃないからなあ。
風の魔術を使うくらいなら、【剣術】をなんとか極めようと思っていたが、もしかして魔術のほうを使いこなせるようにすべきなのか?
「デモ、アナタ魔法使ウノ下手ナンデショ? 私モチョット手伝ッテアゲル~」
そう言うと、風の精霊は俺の魔力に干渉してきた。
思わず抵抗しようとするが、これまでのことを考えると悪いようにするつもりはないだろうし、大人しく身をゆだねることにする。
「マズハ、コウヤッテ~」
うわ、なんか体が風に運ばれる。
浮いているとか、飛行できるとか、そこまでではなく、周囲の風を集めて追い風にしたような感じだ。
少ない労力で簡単に体を動かせるような……。
「コウスレバ速イヨ~」
「ちょっ!」
背中に集まった風が、一気に爆発するように推進力を与える。
体が勝手に前へと進むほどのすさまじい追い風だ。
空気の抵抗のせいで、顔が強く抑えつけられているように感じる。
「ソレデ、邪魔ナ風ハコウスレバ~」
「ええっ!?」
その空気の抵抗が消滅した。風と言うか空気まで操ってないか?
抵抗を失ったことで、スピードはぐんぐんと増していき、俺はものすごい速度で前へと進む。
「ネ? 速イデショ?」
「止まった……」
本気の俺のスピードより速い……。
制御不能になる前に止まることができてよかった。
「アレ~? マダ走リタカッタ?」
「いや、もう大丈夫。ありがとう……」
高速の移動技術をややスパルタ気味に教えてくれている。そう思っていたのだが、もしかして本人にとっては遊んでただけか?
「ソウ? 秋人トハ飛ンダリシテ遊ンデタヨ~?」
「そんな神様と同じ尺度で語られても……」
四大精霊と男神様は仲が良かったらしいからな。
精霊たちのこんな無茶な遊びも、神様ならば付き合うことができたということだろう。
残念ながら、俺はそこまで無鉄砲じゃない。
この移動手段もまた今後の課題だな。しっかりと制御できるようになって、使いこなせれば大きな武器となるだろう。
まあ、少し慣れるまでには時間がかかりそうだが……。
そういえば、こんな移動が得意そうで、無鉄砲な子がうちにいたな。
「なあ。フウカだっけ?」
「ウン。フウカダヨ~」
「うちにさっきの移動が得意そうな子がいるんだけど、その子にも似たようなことしてもらえたりするか?」
「イイヨ~。一緒ニ遊ボウ」
やはり遊びだった……。
いや、いける。シェリルは強い子だからきっと大丈夫だろう。
慣れるまでに転んだりしそうだけど、あの子はあれで頑張り屋だしなんとかなるはずだ。
「じゃあ、またここに遊びにきてもいいか? 仲間を連れて」
「ウン! ミンナデ遊ボウネ!」
なんだか他の三人に比べて幼い気がする精霊は、嬉しそうにそう頷いた。
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