第159話 僕らは百獣の捕食者

「先生との共闘ですね! 無敵です!」


 こちらを確認する余裕も、しゃべる余裕もある。それでいてしっかりとマンティコアの攻撃は避けている。

 単純なスピードだけならば、もはや紫杏にも匹敵しているんじゃないかとさえ思う。

 一方俺はけっこういっぱいいっぱいだ。なので、返事はせずに淡々とマンティコアの相手を務める。


「はっは~! 注意力が散漫になってますよ! 先生の恐ろしさに気づいたところで、もう逃げ場はありません!」


 君の中での俺はどんな存在だというんだ。

 マンティコアの動きはたしかに鈍った。だけど、俺という乱入者とシェリル、どちらを先に相手するか一瞬迷っただけだと思うぞ。

 そんなわずかな隙でさえも、シェリルにとってはつけ入ることができる大きな隙らしい。


「【斬撃】! むぅ……火力はやっぱり足りませんね」


 しっかりと攻撃を命中させて、相手が反撃することにはその場から消えている。

 シェリルに攻撃したということは、今なら攻撃を当てられそうだな。


 速度重視で風属性の魔法剣で斬りかかる。

 当たったことを確認した瞬間に水属性へと変更することで、硬いマンティコアの体もわりと簡単に斬ることができた。

 切れ味重視の水を選ぶか、破壊力重視の土を選ぶか。その判断が難しいところだが、今回は間違いではなかったと思う。


「さすが先生です! 見なさいライオン! 屈服するなら今のうちですよ!」


 されても困るのだが、向こうも当然そんな気はないらしい。

 真っ二つとまではいかないが、わりと大きな傷がついたというのに、相手はまだまだやる気みたいだ。

 だけど、そんなふうに俺の方を見ていたら……。


「【斬撃】!」


 シェリルに攻撃されるぞ。


「毒か?」


「ちょっと、この戦いにはついていけそうにないからね。止まってる間に、善やシェリルを強化するのでせいいっぱいだよ」


 ふがいなさそうに言うが、その毒のおかげシェリルの攻撃の威力がかなり上がっている。

 最初にマンティコアを倒したときは、向こうの攻撃はシェリルに当たらず、シェリルの攻撃は向こうにあまり効かずと、持久戦になっていた。

 しかし、大地の毒魔法によって強化されたシェリルは、俺がつけた傷に重ねるように攻撃を行うので、さすがのマンティコアもたまったものじゃないみたいだ。


 マンティコアが今度はシェリルのほうへと注意を向ける。

 なら、俺はその隙を逃さずに攻撃すればいい。

 二対一の優位を存分に活かさせてもらうが、なんだかいじめているような気分にもなってきたな。


「私はなんとか見えるから、邪魔だけはしないようにするわね」


 俺たちの戦いを観察していた夢子も目が慣れたのか、炎をマンティコアへと向けて飛ばした。

 勢いはあれど、そこまでの速度ではないのでマンティコアは悠々と避けるが、むしろそれが狙いみたいだな。

 炎に誘導されて、マンティコアがどう動くのかがわかる。


「これで終わりです!」


 移動先を読んでいたシェリルはすでに回り込んでおり、宣言どおりにマンティコアはついに倒れた。

 最初に戦ったときと比べると、かなり速く倒すことができたな。

 まあ、シェリル一人に任せるのと、俺たちも加わるのではさすがに違うか。


「楽勝でした!」


 たしかにずいぶんと楽に戦えるようになったなあ。

 同じような要領で戦えば、もしかしてティムールにもいい線いくんじゃないだろうか。


「さすがに魔の秩序の人たちほどではないけど、それなりに連携としての形になってたんじゃない?」


「そうだな。あの人たちの場合、石崎さんが全員の視力を強化してるから、その分連携を取りやすいっていうのもありそうだけど」


「視力の強化と共有ねえ……目の良さにはそれなりの自信はあったけど、あれは真似できそうにないわ」


 無理もないだろう。夢子と違ってあの人は、目の力に特化した魔族っぽいしな。

 よそはよそ、うちはうちの精神でやっていこうじゃないか。


「それじゃあ、最強の連携もできたことですし、ボスを倒しちゃいましょう!」


 ああ、また勝手に先に行こうとしている。

 リードでもつけたほうがいいのか? いや、誰かに見られたら虐待を疑われるな。

 なんか、本人は喜んでつけそうだし、この話は口にしないこととしよう。


    ◇


「ねえ、善」


「どうした?」


 ボス部屋の前で扉を開けようとしたとき、夢子に話しかけられた。

 どうやら、なにか考えがあるようだな。


「土の精霊のおかげで、周りの魔力を消費するときの負担減ったでしょ?」


「ああ。そのおかげで、けっこう魔法剣を使いこなせていると思う」


 あまり魔力を使いすぎると、俺の頭が疲れてしまうので、結局省エネ気味で戦っているけどな。


「倒したら帰還する予定のボスなんだし、ちょっと私たちも協力してみない? 大地とシェリルみたいに」


 なるほど。まだまだ探索が続く状態ならば、魔法剣を全開で使うわけにはいかないが、どうせ今日はこれで終わり。

 なら、久しぶりに倒れない程度には全開でもいいわけだ。


「私も火の精霊の加護をもらったからわかるんだけど、ダンジョンの魔力を使うよりも、火を使った方が効率が上がるわよね」


「……面白そうだな。ちょっと試してみよう」


 方針は決まったので、俺たちは改めてマンティコアのボスが待つ部屋へと踏み入った。

 うわぁ……気持ち悪い。雑魚のマンティコアの人面獅子の見た目にはもう慣れていたが、こいつ頭が三つもある。

 それに、体も大きいので、巨大な人間の顔が三つ並んでいるライオンのような見た目だ。


「不気味だね」


「顔だけ見たら巨人っぽいな」


 そんな感想を言い合っているうちに、夢子はてきぱきと魔力を放出して炎を出現させている。

 この炎。いつもの攻撃用のものとはだいぶ違うな。

 俺が吸収というか、利用することを念頭に置いているためか、炎よりも魔力の性質の比重が大きい。

 これならば、たしかにダンジョンの魔力なんかよりも、かなり効率がよさそうだ。


「それじゃあ、【魔法剣:火】で……」


 夢子が放った火の中心に剣をかざす。

 周囲の火を吸収するようなイメージと、俺と夢子の魔力を混ぜるようなイメージにより、魔法剣の魔力がどんどん強大になっていくのがわかる。

 おぉ……思っていた以上だ。魔力の効率もだけど、なによりも俺への負担がかなり少ない。

 これは、夢子が協力してくれているだろうか?


「先生! きます!」


 シェリルが叫ぶが大丈夫。ちゃんと魔力の動きは感知し続けている。

 他のメンバーはまだ動いていないため、マンティコアは俺と夢子を狙って一直線に走ってきた。

 もうちょっと……ギリギリまで引きつけて、少しでも多く魔力を魔法剣に……。


「ここだっ!」


 うん。完璧なタイミングだ。

 思えば遠距離攻撃をしてこない分、グランドタスクなんかと比べてもかなり戦いやすい相手だ。

 なんせ、攻撃のために近づいてくれるのだから、俺はそれに合わせて剣を振るうだけでよかったんだ。


 切れ味は水属性のほうが上だ。威力は土属性のほうが上だ。

 だけど、今俺が手にしている火属性の魔法剣は、そのどちらの属性をも上回った切れ味と破壊力で、巨大なマンティコアを一太刀で切り伏せた。

 いや、一太刀ではなく十二太刀だったが、まあそれは詮無きことか。


「す、すごいです! 一撃じゃないですか!」


「夢子の魔力。すごい楽」


「それならよかったわ。私だけだとあんな威力は出せなかったわ。それに、ちゃんと周りも見ていたのね」


「魔力がでかすぎたし、俺たちを狙ってるのは丸わかりだったからな」


 でも、この連携はいいかもしれない。

 火の使い手がこちらに協力してくれると、こんなにも魔法剣の性能が変化するのは朗報と言えるだろう。


「……大地。善は私のだよ」


「なんで僕に言うのさ」


「ダブルデートならぬ、ダブル浮気が目の前で発生しそうじゃない!」


「しないわよ。おバカ」


 あっさりと倒せてしまったためか、紫杏がそんな緊張感のかけらもない発言をする。

 ……実は、嫉妬されてちょっとだけうれしいのは内緒にしておこう。

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