第155話 ウォーク・ドント・ラン

「はははは、最強です!」


 高笑いしながら、シェリルがボスにとどめを刺し終える。

 翼の生えたトカゲのような魔獣は、そのまま落下して動かなくなった。


「さすがに竜よりはましだね」


「ワイバーンのほうが小さいしな」


 それでも、竜と共通した動きも多いようなので、今後竜と戦うようなことがあれば、この経験も活かせそうだ。


「ワイバーンも慣れたかあ。さすがは【超級】、対応能力がとにかく高いね」


「いえ、事前に色々と教えてもらえるおかげです」


 初見だと、いきなり飛んでしまって降りてこない相手との戦い方なんて途方にくれそうだったし。

 たとえ効いていなくても、翼に魔力を使った攻撃を当て続けることで、飛行能力を低下させるなんて、言われないとわからない。

 スライムは飛ばなかったけど、本当の竜なら飛びそうだし、これは覚えておこう。

 常に魔力を使って移動能力を向上させている魔獣は、大量の魔力で制御を邪魔できると。


「それにしても元気だねえ、シェリルちゃん。今日だけでいろんなダンジョンを踏破しているのに」


「やっぱり獣寄りの魔族は、体力が高いんだろうなあ」


「それなら、あなたもまだ余裕があるってことでしょ。サボらずに月宮さんについていきなさい」


「げえ……俺、後方支援のが得意なんだけど」


 たしかに、小田さんも獣寄りだよな。

 顔もライオンだし、なんならシェリルよりも獣度が高い。

 それなら、小田さんの体力もまだまだ有り余っていそうだ。


「勘弁してくれよ……。マンイーターにナーガにヒポグリフまで倒したじゃないか」


「すみません。なんか色々と付き合ってもらって」


 ちょっとハイペースすぎたか。

 この人たちから情報をもらってるので、さくさくとダンジョンの探索を完了できるので、つい次から次へとダンジョンをハシゴしてしまった。


「いいのいいの。慎一すぐ楽しようとするからね。少しこき使うくらいがちょうどいいんだよ」


 そのわりには、探索中もずいぶんと活躍している。

 本人のやる気があまりないはずなのに、パーティに探索できるというすごい人なのかもしれない。


    ◇


「お疲れ様でした。他のダンジョンでの噂を聞いていましたが、もうボスまで倒してしまうとは……」


「ニトテキアはもう【超級】だから、【上級】での踏破はあまり意味ないんだけどな~」


 小田さんはそう言うが、一応ボスを倒したという証明は刻んでもらわないとな。

 まだボスを倒していない探索者を優先しないといけないし、そのへんはしっかりと情報を登録してもらおう。


「それにしても、けっこういい感じだったんじゃない? うちとニトテキアの探索」


「まあ……さすがに上のチームなだけあるわね。邪魔にならないどころか、だいぶ楽はできた」


 石崎さんの言うとおり、こちらもやりやすかったことはたしかだ。

 魔獣の情報に、ダンジョン内部の進み方、連携や戦い方そのものまで参考になる。

 レベルこそ相変わらずいったりきたりだが、一緒に探索する前と比べて、俺も強くなれたんじゃないかと思える。


「そうだなあ。だけど、明日からはちょっと別行動にするか」


「……なんで? ようやく慣れてきたのに、別に動く意味なんてある?」


 岬さんは小田さんの発言に否定的だが、一つ思い当たることがある。

 今日の探索、楽だった一番の理由としては、事前に得ていた情報どおりだったということが大きい。

 もしも、その情報と違う魔獣と戦うことになればもっと苦戦していたはずだ。


 最近のダンジョンでは、何が起こるかわからなくなってきている。

 なので、あまり情報を過信しすぎるのもよくないだろう。


「俺たちが、予習なしでダンジョンに挑むためですか?」


「そういうこと。俺たちはわからないけど、【超級】なんて予想外の行動を普通にしてきそうだからなあ」


 慣れすぎてもよくないのだ。

 それでいいのなら、今ごろ大地に頼んでグランドタスクを乱獲しているだろうしな。


「……まあ、そういうことならいいだろう。別に、今後共に探索しないというわけではないだろうからな」


 松山さんのこの言葉も、俺たちのことをある程度は認めてくれたということだろう。

 組むに値する。そう評価されているということは、【上級】のベテランたちに近しい実力なのだと思いたい。

 よかった。トントン拍子で昇格していったため、分不相応ではないかと疑ってもいたけど、杞憂だったのかもしれない。


「それじゃあ、私たちの力を見せてやるとしましょう!」


「明日からな」


 ちゃんと話聞いてたか?

 力強く歩を進めるシェリルが少し心配になる。


「そもそも一緒に行かないから、見ることもできないしね」


「も、もう! わかってますよ!」


 大地の指摘にシェリルは、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 明日からの探索も、ちゃんと手綱を握っておかないとな。


「じゃあ、【上級】をまたいくつか踏破したら、戻ってきます」


「ああ、焦らずに探索してくれ」


「ちゃんと今日の経験忘れないでね~」


 たくさんの目をぱちぱちと見開きしてるけど、あれってウインクなのかな?

 概ね良好な関係を築けたとは思う。

 送り出してくれる魔の秩序のみんなを見ながら、そんな感想とともに彼らの拠点を後にした。


    ◇


「さすがに向こうのほうが経験豊富だったなあ」


「というか、僕たちの昇格速度がまともじゃないんだろうな」


「管理局……人手不足なのかしら?」


 それはありそうだ。

 コロニースライムのときは、一条さんや受付さんたちが大変なことになっていたし。

 ……もしかして、いずれ俺たちも、ああいう仕事をやらなきゃいけないんだろうか。


「大地と夢子は、一条さんみたいな管理者も得意そうだな」


「いや、僕たちは無茶しそうな相手の世話で手一杯だから」


 ……シェリルのことだな。

 普段はあんなやり取りだけど、大地と夢子も面倒見がいいからな。


「わかってないのよねえ……」


 俺か? 俺は最近無茶してないだろう。


「それで、明日はどのダンジョンに行こうか?」


「元々はティムールを倒せる力を得るためだったからなあ。やっぱりシンプルに強い魔獣と戦って、地力を上げておきたい」


「そうだね。幸い、連携の参考は間近で見れたし、明日はそのあたりを試そうか」


 となると……それにふさわしい魔獣か。


「マンティコアなんてどうだ?」


 突然後ろからそんな声が聞こえた。


「小田さん……?」


 なにか伝え忘れたことでもあったのか?

 わざわざ追いかけてきたので大事な話なんだろうけど、それにしては別に急いではいないようだ。


「いやあ、悪いな。盗み聞きするつもりはなかったんだ」


「それは構いませんけど、なにか用事ですか?」


「他の奴らには内緒だぞ。さすがに魔獣の情報を教えるのはためにならないから無理だけど、向かうべきダンジョンの提案くらいならと思ってな」


 そのために、わざわざこっそりと追いかけてきてくれたのか。

 それなら、無下にするのも心苦しい。聞くだけ聞いてみるとしよう。


「それで、マンティコアでしたっけ? そこがおすすめなんですね」


「ああ、詳しくは話さないが、さっきの話にぴったりだ。獅子の体に人の顔、背中には翼と、俺の逆みたいなやつだが、気にせず倒しちゃってくれ」


 魔族ジョークなのか、どう反応すればいいのかわからない。

 でも、詳しく話せないとは言うけれど、俺たちの話にぴったりってことは、どんな相手か想像ができてしまうな……。


「……それ、答え言ってるようなものじゃないですか」


「……あ。ま、まあ、一個くらいは大目に見てもらえるだろ。他にいくつかダンジョンを教えるが、こっちは完全にノーヒントだぞ。はい、これでセーフ」


 ばれたら岬さんあたりに怒られそうだな、この人。

 来たときの余裕な様子はどこへやら、小田さんは焦ってダンジョン名のメモだけを渡して立ち去っていった。

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