第154話 めいっぱいの戦い方

「いやあ、さすがは噂されるだけはある」


 ただのトカゲだった。

 煙のような息を吹きかけてきたときは、少しやばいと思ったけど、事前の準備が功を奏した。

 本来ならば、あそこで石化状態にされていたんだろうけど、すでに毒状態なので何も起こらず、反撃の剣の一振りで倒すことができた。


「……それが、あの常識外れな女の目を奪った剣技か」


「一応、あの人からやり方は教わっていますね」


 まあ、今回はそこまで集中して【剣術】は使っていないけど。

 気心知れた仲間と探索しているときならともかく、初対面の相手もいる中で無茶はできない。

 なので、しばらくは集中した【剣術】の持続時間を増やすのはお預けだ。


「さすがに、サイクロプスみたいな耐久はないけど、それでも逃げ足と硬さは面倒だなあ」


 石化という武器を封じてもなお面倒くさい。さすがは【上級】の魔獣だな。

 だけど、【超級】はそれ以上の魔獣ばかりのはずだ。

 【上級】の魔獣くらいならと言えるほどの実力と対応力を身につけたい。


「そう言いながら、けっこう簡単に倒すねえ。やっぱり噂なんてあてにならないってことだな」


「噂?」


 感心したような小田さんだったが、噂ってどんなのだろう。

 紫杏にふさわしくないとか、ニトテキアのお神輿リーダーとか、シェリルの飼い主とか、心当たりはけっこうある。

 ……まあ、紫杏にふさわしいのは絶対俺だけどな!


「パーティで唯一の人間だから、戦う力はないんじゃないかって話だけど、まあ所詮は噂だったってことだ」


 小田さんは納得したように頷いた。

 これは、一応実力を認めてくれたってことでいいのかな?


「……」


 一瞬ドヤ顔に変わったシェリルが、すぐに表情を戻した。

 さっきの紫杏の脅しが効いているんだろうな。

 ちょっぴりおどおどした様子で、紫杏に目線を向けると紫杏が微笑んだので、シェリルは安心しているようだ。


「それじゃあ、ボスまでささっと倒しちゃう~?」


 バジリスクにはもう慣れた。

 うちのパーティも全員単独で倒すことができているし、これ以上はここにとどまる必要はないな。

 逃げ惑う硬い敵との戦いにも慣れてきたし、勝手は違うがグランドタスクとも次はもっと上手く戦えそうだ。


    ◇


 逃げるバジリスクのサイズは、他のバジリスクと変わらない。

 これでもボス。なにもサイズが大きくなるばかりがボスではない。

 こういうところもグランドタスクに通ずるものがある。


 だけど、散々逃げられて追い回し続けることで、なんとなく敵が逃げる方向もわかるようになってきた。

 要するに、俺から逃げているのだから、俺にとって一番攻撃がしにくい場所へと逃げる。

 魔獣だから知能がないと思いがちだが、そのくらいの考えはあるんだよな。


「ああ、なんとなくわかってきた」


 だから、このへんに攻撃しようと攻撃の準備をすれば……。

 ほら、今攻撃しようとした範囲の中で、一番危険が少ない方向へと逃げていった。

 これを応用して……。


「よしっ、当たった」


 攻撃するふりをして相手の逃走経路を大まかに決めてしまう。

 そして、思った場所に逃げたら本当に攻撃をしてしまえばいいのだ。

 逃げるような魔獣は、特に俺たちを恐れている節があるからな。

 攻撃するふりがよく通じるみたいだ。


「ほう……目の前で他人の上達を見たのは初めてだ」


「悟史。まさか戦いたいなんて言うなよ?」


「わかっている」


 もしかして、この人も赤木さんと同系統か?

 でも小田さんの言葉に素直にうなずいているし、ぐいぐいこないから赤木さんよりだいぶましか。

 やっぱりあの人が少し……かなりおかしいだけだな。


「そんじゃあ、ニトテキアも全員ボスにも慣れたみたいだし、俺たちもまともに戦えるってところ見せちゃうか」


「待って。北原さんはいいの?」


 ああ、そうか。紫杏は別に攻撃の練習をする必要はないと言い忘れた。

 というか、紫杏ならすでに、逃走するバジリスクとかグランドタスクを仕留められそうなんだよなあ。

 ということで、問題ないことを伝えないと。


「いらねえだろ。勝てる気がしないよ。北原さんには」


 小田さんが岬さんにそう言った。

 もしかして、わかるのだろうか。紫杏が実は支援するタイプではなく、ぶん殴るのが一番得意だということが。


「そう……ニトテキアもそれで納得しているのなら、私はいいけど」


「平気です。すみません気を遣ってもらって」


「……別に。そんなに気を遣ってもいないし」


 そっぽを向いた岬さんは、姿を徐々に変化させていく。

 体格は女性から男性へ、服装も装備もまったくの別物へと変わっていく。

 この感じ、本当にコロニースライムの模倣に似ている。


 変化が完了したとき、岬さんはどこにもいなくなっていた。

 代わりに松山さんが二人。岬さんは、剣と鎧を装備した首なしの騎士に完全に変わっていた。


「みんな~。目を共有するね~」


 ゲイザーの石崎さんの能力か、全員の額に三つ目の瞳が現れる。

 石崎さんは、肩や首にも目が出現して見開いている。

 三つ目族みたいな魔族かと思っていたけど、もしかして体中に目があるのかな。


「んじゃあ。二人ともがんばってな~」


「あんたもがんばりなさいよ」


 ひらひらと手を振る小田さんに、岬さんが不満そうに口を開く。

 口調や性格は変わらないんだな。男性の姿で女性らしい口調なので、ちょっとだけ違和感があるな。

 二人のやり取りを気にした様子はなく、松山さんがバジリスクへと走ると、岬さんも不満を飲み込みながらそれに続いた。


「よっと……病気になあれ」


 小田さんが適当な口調でつぶやくと、急にバジリスクの動きが鈍くなった。

 目には見えていないけど、もしかして大地の毒みたいにバジリスクを蝕んでいるんだろうか。


「悟史」


「ああ」


 追い付いた岬さんがバジリスクを斬ろうとするも逃げられる。

 しかし、それも作戦のうちだったようで、先回りしていた松山さんの強烈な一撃はもろに受けてしまった。


「おつかれ~い。私の目がなくても問題なかったね~」


「いやいや、鈴のおかげですばしっこい魔獣の動きもとらえやすくて助かるぜ~」


 なんとなくわかったが、小田さんと石崎さんはどことなく適当そうなところが似ている。


「ボスも一撃なんてさすがね」


「いや、ニトテキアが削っていたのが大きい」


 そして、バジリスクを退治してこちらに戻ってきた二人は、先の二人とは真逆で堅物っぽい。

 似た者同士の男女二組のパーティって感じだな。

 それにしても、連携がしっかりできていて戦うのが上手いパーティだ。

 ……まあ、うちだって負けないけどな。


「おっと、悪い悪い。はりきりすぎてボスを倒してしまった。悟史のやつ手加減が下手だよな~」


「別にいいですよ。踏破が目的じゃなかったので」


「そうか? 悪いな~。あとで悟史が謝るから」


「いえ、大丈夫ですってば……」


 小田さんの無茶ぶりに松山さんは困った顔をしている。

 このままほうっておくと本当に謝罪されそうなので、俺ははっきりと断った。


「さっきのは状態異常ですか? ボスにも簡単に効いていたみたいですけど」


「おっ、似たようなスキルだし気になる? でも、残念ながら俺の病魔法は、木村くんの毒魔法より弱いよ」


「そうですか? 僕は、ボス相手にあんな短時間で毒状態にできませんけど」


 状態異常使い同士ということもあり、大地は小田さんの戦い方が気になっているようだ。


「そこはほら。この目だよ」


「石崎さんのスキルですよね? 視力を強化して、敵の速度についていくためじゃないんですか?」


「これが、もうちょっとよく見えるんだよな。どこを狙えば状態異常になりやすいとか、だから鈴は怖いぞ~。本人も状態異常使えるから、怒らせたら基本的に麻痺る」


 その言葉は実体験に基づいた発言のように、やけに感情が込められていた。

 怒らせたんだな。きっと。


「なるほど……視る力か……」


 大地は納得したのか、そうつぶやいていた。

 しかし、ゲイザーである石崎さんだからこその芸当っぽいし、うちでは真似ることは難しそうだな。


「むう……終わってしまいました。先生~、早く次に行きましょ~」


 他のパーティの戦いを目の当たりにして、色々と思うところがあったがそろそろシェリルが限界だ。

 ボスとも最後まで戦えなかったし、不完全燃焼っぽいな。

 それじゃあ、うちの愛犬のために、次のダンジョンへ向かうとするか。

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