第152話 魔族のアイドル
「要はステータスで上回るっていうのが正攻法なんだろうな」
「シンプルに強いってタイプだったからね。負けてるうちは厄介だけど、こっちが上回ったら安定して倒せるとも言えるね」
そう。搦め手は使ってこないし、あいつよりも速くて強くなればいい。
そうすれば、あいつは魔獣ではなく獲物になるはずだ。
「レベルが足りてないっていうのはあるだろうね」
「大地たちはそれでいいだろうな。俺はスキルのほうを鍛えようと思う」
俺がレベルを上げたところで、あいつを上回るほどのステータスを一日で獲得するのは難しい。
ならスキルだろう。【剣術】と【魔法剣】を全開で使えば、あいつにも太刀打ちできそうだった。
残念ながら、今回は【剣術】の持続時間が足りなかったので倒せなかったが、もう少し長時間戦えたら結果は違ったかもしれない。
それに、【魔法剣】のほうも、もう少し練度が高ければ、より速く強く斬れ味のある一太刀をあびせることもできたかもしれない。
……やることはまだまだありそうだ。
「どうやら、方針はもう決まってるみたいね」
「ベッドで慰める必要はなさそうだね」
慰めるというか、何も考えられないようにされてしまう……。
あと耳元に吐息を吐きかけないでください。
「当面はあいつを倒すことを目標にしてみるか」
「いいと思うよ。僕は僕で、毒が通じない相手との戦い方も確立しておきたいし」
「となると、他の【超級】のダンジョンか……」
「それか、一度【上級】に戻ってみるのもいいかもしれないわね」
そっちのほうがいいかもなあ。
一応グランドタスクたち相手にレベルを稼ぐっていう方法もあるけれど、毒で動きを止めてる間に攻撃し続ける方法が安定すぎる。
経験値を稼ぐ分には今のところ一番効率が良さそうだけど、戦闘による経験を稼げているかと言われると微妙なところだ。
これでは、紫杏に任せてレベル上げをするのと同じで、ステータスだけが高くてスキルを使いこなせなくなる可能性がある。
「そうだな。しばらくは、【上級】の魔獣を相手してみるか」
よし、いろんな魔獣と戦ってスキルや戦闘中の動き方を鍛えていこう。
「……【上級】が妥協みたいな言い方してるな。お前ら」
「雲の上みたいな会話が隣から聞こえてきて怖い」
妥協じゃないぞ。油断していたら【上級】の魔獣だって怖い。
相性次第ではティムールのときみたいに、ただ逃げ帰るだけの結果だってあるだろう。
だからこそ、ちょうどいい相手を見つけたいものだ。
「あ、あの、ちょっといいですか」
「ん、俺たち?」
「は、はい」
もう慣れてきてしまっていたが、教室の外には相変わらず俺たちを見ている生徒が集まっている。
そのうちの何人かが、今日は珍しいことに話しかけてきたのだ。
「すみません。勝手に話聞いていました。色々なダンジョンに行くのなら、一緒に行きませんか?」
「聞いていたならわかると思うけど、僕たち【上級】ダンジョンに行くつもりだから、悪いけど一緒には無理だと思うよ」
大地が断ろうとするが、女生徒は首を横に振って否定した。
「ち、違うんです。私たちはまだ無理ですけど、私たちが所属している集まりには【上級】の探索パーティもいるので、よかったらと思いまして」
話を聞く限りでは、単なるパーティではなく複数のパーティの集まりということか。
その中の【上級】パーティとともに探索をしないのかという提案らしいが、ますます知らない相手との探索ってことになるな。
たとえ目の前にいる女生徒たちでさえ、俺たちはよく知りもしない探索者だというのに。
「なんで、そこまでして俺たちと探索を?」
だから、そんな疑問は当然のように口から出た。
「ニトテキアに協力したいんです。ほら、私たち見てのとおり魔族だから……」
女生徒は鱗で覆われた足を指さした。
魚っぽい足だなあとは思っていたけど、人魚の種族じゃないのか?
「ああ、ローレライなんだね。ということは、ここにいるみんな魔族ってこと?」
ローレライか。歌声で魅了みたいなことする種族だっけ?
女生徒は大地の言葉にうなずいた。さすがに大地は魔族のことに詳しいようだ。
「はい! 魔族でありながら、世間に実力を認めさせたみなさんを尊敬しているんです!」
「ふ~ん……全員が魔族じゃないけど?」
「も、もちろん知っています! そのリーダーを務める烏丸さんもすごいと思います!」
なんか俺への誉め言葉を強要したみたいになったじゃないか。
そこまで気を遣う必要はないぞ。
「……どうする? 一応、ダンジョンの情報は知っているみたいだけど」
「いいんじゃないか? 話を聞くだけでも、無駄にはならないだろうし」
「あ、ありがとうございます! それじゃあ、放課後にまた来ますね!」
ローレライの女生徒はそう言って去っていった。周囲にいた魔族らしき生徒たちもそれについていく。
時間を見るとすでに授業が始まる寸前だし、別棟の生徒なら急がないとまずそうだな。
◇
「つまり私の部下というわけですね!」
「違う」
「いえ、それであっています!」
放課後になりシェリルと合流した。
事情を説明すると、説明したのだが……シェリルはなんかとんでもない解釈をしてしまった。
そして、セイレーンはそれを否定するどころか肯定してしまったので、すでにシェリルの頭の中ではこの魔族たちはシェリルの部下になったみたいだ。
知らないぞ……。この子一度決めたら認識を改めないからな。
「それじゃあ行きますよ! 私たちニトテキアの部下になりたいという魔族に会いに!」
そんな話じゃないんだけどなあ……。
ふんふんと鼻を鳴らし前を歩くシェリルを否定する者は誰もいない。
このままじゃあなたたちの集まりが、シェリルの支配下に置かれるんだけど……。
「すごい自信ですね。さすがは月宮さんです」
月宮……。ああ、シェリルのことか。
そういえば、そんな苗字だったな。いつもシェリルと呼んでいるせいで忘れそうだった。
「魔族であっても、それを隠すことをしないニトテキアの皆さん……憧れます」
「僕と夢子は隠していたけどね」
「それでも、今は魔族であることを隠さずに活動しています。それは、私たち魔族にとって信じがたい在り方です」
じゃあ、最初から魔族全開だったシェリルはさぞ信じられない存在だったんだろうなあ……。
もしかして、そういうシェリルの何も隠さない生き方に感銘を受けたから、さっきの部下発言を否定しなかったのかもしれない。
「私たち魔族は、所詮日陰者でしたから……」
現世界に様々な種族が訪れるようになり、その中には魔族もかなりの数はいるらしいけど、どうしても魔族という名前は悪い印象で捉えがちだからなあ。
異世界の存在が発覚する以前、魔族は悪として認識されていたことが大きい。
そして、異世界と交流するきっかけになった男神様と、その伴侶の七女神様。
その中に魔族がいなかったためか、どうも魔族のイメージは根幹では旧時代のまま変わっていない気がする。
結果として、魔族であることを明かして暮らしているのは、シェリルのように自信家か、ごく一部の有名人のみというのが現状だ。
そう考えると、俺以外が魔族であり、それを明かしてそれなりの活躍をしているうちのパーティは、魔族という種族の意識を変えるのに貢献しているのかもしれないな。
「日陰が嫌なら、日向まで歩けばいいんじゃないですか?」
「そうですね。私たちも、歩み寄る努力が必要なのかもしれません」
……たぶん、シェリルが言ってるのは比喩とかじゃなくて、本当に日陰と日向の話です。
寒いのが嫌だから日向ぼっこするとか、そういう発想です。
シェリルの言葉に、なにやら感銘を受けているローレライの女性を見て、俺はなんだかいたたまれなくなってしまった。
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