第148話 脱兎は兎に追い詰められる
「透明なままでいいって?」
「相手が透明ってわかってるし、昨日と一昨日に散々観察できたからね。音で判断できるようになった」
散々の部分をやけに強調していたのは、逃げ回るグランドタスクへの恨みがこもっていたためだろうか。
「私も目を凝らせば、魔力の歪みくらいは見えるわね」
「はいは~い! 私も、もう匂いでわかります! 偉いですか? 賢いですか?」
そうか。うちのパーティ、俺以外はやたらと索敵能力高いんだった。
シェリルなんて、虫が嫌いという理由だけで、目を閉じて嗅覚だけで戦うこともあるしな。
「あ~、偉いな。というか、すごい」
なら、グランドタスクの可視化は必要ないな。
なんせ、今日はこの三人が戦うわけで、俺は控えみたいなものだし。
「バリアはどうする? シェリルの攻撃でも、そう簡単には壊せない気がするけど」
「う~ん。悔しいですが、それはそのとおりです。ここで調子に乗って無茶しないのが、超シェリルなのです」
「なら、私が試してみてもいい?」
超シェリル、偉いぞ。
それはともかく、夢子が手を挙げたが、たしかにこの三人なら夢子の火力が一番高いだろうな。
二人もそこに異論はないようで、俺には見えないグランドタスクへと向かっていった。
「夢子~。大丈夫なんですか? そんな指先だけの炎なんて、私のしっぽすら燃やせませんよ?」
「……」
夢子はシェリルの言葉になにも返さない。
額にわずかに汗を流しているので、どうやら相当な集中力を使っているようだ。
「先生~。夢子が無視します」
「シェリルも集中しろ~」
落ち着きがなく、他のものに気を取られるのは、やっぱり犬だよなあ。
それでも、一度言ったらしばらくはちゃんと集中するので、よしとしよう。
「……大地。シェリル。行くわよ」
夢子の指先に灯っていた小さな火種が大きく光を放ったと思ったら、一条の光となり虚空へと吸い込まれていった。
わずかな時間差で、ガラスの割れたような音が聞こえたと思うと、そこにいたグランドタスクが姿を現す。
「火のレーザーか?」
よく見ると、グランドタスクの右目が潰れていて、そこからは煙が上がっている。
「バリアごと貫通したってことか。すごいな夢子」
俺には絶対できないような魔力の制御だ。
その結果、見事に先制攻撃でグランドタスクにダメージを与えることに成功した。
バリアもすでに壊れているし、戦況はかなりこちらに有利といえるだろう。
「透明でもなく、バリアもない! もはやただの猪! いえ、豚です! 透明でも平気ですけどね!」
わんわんと吠えながら、シェリルがグランドタスクへと突っ込んでいった。
魔獣はうっとうしそうに、シェリルのほうへと顔を向けて突進する。
しかし、シェリルが言うようにすでにバリアは割れている。
そのため、これまでと違ってその巨体の突進をかわすことは、シェリルにとって難しいことではなかった。
「これです! これが本来の私の力なんです! これまでの情けない姿は、世を忍ぶかりそめの姿だったんです!」
なんのために忍んでいたんだろう……。
適当なことばかり言いながらも、シェリルはしっかりと猪の突進を避け続ける。
そのたびに、猪もムキになってシェリルへと突っ込んでいくため、大地と夢子は自由に動けることになる。
「夢子。さっきのもう一回できる?」
「ええ、コツは掴んだわ。それに、もう魔力の護りもないから、さっきほど貫通力は必要なさそうね」
「グランドタスクの体に穴が開くくらいの威力でよろしく」
二人はそれぞれ魔力を放出する。
夢子の指先に再び小さな火が灯り、大地がその火種に自身の魔力を混ぜていく。
すると、見るからに体に悪そうな、毒と火の合成魔術ができあがった。
「シェリル、離れていいわよ!」
「ば~か、ば~か。馬でも鹿でもないのに、ば~か。あ、はい!」
その口撃は必要なんだろうか。
だけど、熱中せずにちゃんと夢子の言葉も聞いているな。偉いぞ。
シェリルが猪からわずかに距離を取った瞬間を見計らい、夢子は指先の魔術を射出した。
最初の魔術は流れ星のようだったが、大地の毒が混ざったことで黒っぽい禍々しい何かが飛んでいく。
それは、猪の巨大な鼻に突き刺さると、体内の奥深くまで沈んでいった。
小さな傷のように見えるが、体内に大地の毒が侵入してしまったのだから、猪もたまったものではないだろう。
大きく口を開けると、大量の黒ずんだ血を吐き出して動かなくなってしまった。
「うぎゃ~! ばっちい!」
少し離れていた場所にいたシェリルが、巻き込まれるほどの吐血だ。
致命傷か、少なくとも軽いダメージではないはず。
「あ、死んじゃった」
いや、その言葉はどうなんだ? きっとお前の毒が死因だぞ。
予想外だと言わんばかりの友人の様子に、俺は猪のほうがかわいそうになってきた。
「やたらと貫通力のある夢子の魔術と、侵入したら内部から破壊する大地の魔術。よく考えると、とんでもない組み合わせだよなあ」
「うん。バリアもあるし、肉体も強靭だったから、どうやって毒を内部に入れようか困っていたんだ。夢子のおかげで助かったよ」
「私は、まずは魔力の護りをどうにかできないかと思っただけなんだけど、大地のおかげで有効な魔術になったわね」
互いの長所が混ざり合って、とんでもなくえげつない魔術になってる。
この二人の相性のよさを物語っているようだが、どことなく物騒だ。
「え~ん。ばっちいです」
「なんかシェリルが、重症みたいだな。ほら、水で洗ってやる」
この前の竜もどきとの戦いでも、ここまで血まみれにはなってなかったぞ。
固まってしまう前に、しっかりと洗ってやらないと。
ちょうど魔力も満タンなので、俺は久しぶりの魔法剣以外の水魔法を使って血を落としてやった。
「洗いながらでいいんだけど、ちょっと聞いてくれる?」
「おう、なんだ?」
逃げ回るようになった他の猪を気にすることもなく、大地はこちらへ話しかけてきた。
改まってなんだろう。
「さっきはやりすぎちゃったけど、猪にも僕の麻痺毒が効くようになってる」
「ああ、そういえば倒れるまで動かなかったな」
相変わらず便利だな。大地の麻痺毒。
「だから、片っ端から先に麻痺させて、あとでまとめて倒せばいいんじゃない?」
「……それだ!」
便利だな大地の麻痺毒!
たしかに、それなら一頭倒した後に逃げ回ることもしないはずだ。
逃げようにも体が痺れて動けなくなっているからな。
「ああ、でも。大地のほうは平気なのか? 魔力の消耗とか制御とか」
「今までなら無理だっただろうね。そもそも【超級】なだけあって、毒が効くようにするのも一苦労だったし」
「そうね。私の火も本当なら効かなかったと思うわ」
それが、今ではあっさりと猪を倒すあたり、それだけ二人が強くなったということだ。
「精霊には感謝しないとね」
「ええ、厚井さんじゃないけど、信仰したくなる気持ちもわかるわ」
ああ、そっちか。
二人とも精霊のおかげで、一段上の魔術師となれたんだな。
思えば、俺も魔法剣で散々お世話になっているわけだし、お祈りくらいはしておくべきなのかな。
「むう……やっぱり、私も精霊に力をくださいって、お願いするべきだったんでしょうか……」
シェリルが少ししゅんとして、そう呟く。
だけど、シェリルに合う精霊が別にいるような口ぶりだったよな。
ということは、その精霊と会えたらシェリルも力を授かれるんじゃないか?
「へいきへいき。私ももらってないもん。仲間だね~」
「おねえさま~」
紫杏がなだめてくれたので、シェリルの元気を取り戻したが、今後シェリルも精霊の加護をもらえたらどうなるんだろう。
まさかとは思うが、紫杏が自分を仲間外れだと言って悲しまないだろうな?
その晩に、俺がなぐさめることになったりは……しないよな。うん、考えすぎだ。
なんか、紫杏が企んでいるような顔をしているけれど、きっと考えすぎだ。
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