第147話 おしりを向けた子 一等賞
「こら~! 逃げるな~!」
「ちょっと……待って……」
すごい逃げ足だな。こっちに向かってこないとあんなに倒しにくいのか。
三人がグランドタスクに向かおうとした瞬間、相手も接近に気づいて一斉に逃げ出した。
シェリルは元気に追いかけているが、逃げる相手には攻撃も当てにくいようで苦戦している。
大地と夢子は、すでに疲れ果ててその場にへたり込んでしまった。
「大地! 夢子! 休んでる場合じゃありませんよ!」
「いや、これもう無理でしょ……」
「シェリルは元気ね……」
しかし、これは厚井さんの言うとおりだなあ。
グランドタスクの肉で儲けようとする探索者がいないわけだ。
これだけ逃げに徹せられると、追いかけながら攻撃する必要がある。
走りながら攻撃したところで、こいつらの耐久を上回ることは難しいだろう。
ならば遠距離攻撃はどうか。接近するよりはましだけど、素早く動き回る的に攻撃を当てられて、遠くまで逃げる相手にも高威力を保てる攻撃が必要だ。
斬撃じゃ厳しそうだな。多少のダメージにはなるだろうけど、一度当てているうちに逃げ切られそうだ。
「うう~!」
悔しそうにうなりながらシェリルが戻ってきた。
息を荒げるほどに疲れているだろうに、器用にも恨みがましくうなり続けている。
「シェリルの体力と速さで無理なら、うちのパーティでは無理だな」
他の探索者たちは、どうやってこのダンジョンを踏破したんだろう。
今日はこれ以上ここにいても、走り回るだけだろうし、知り合いたちに聞いてみるか。
◇
「ああ、今はグランドタスクを相手にしてるのか。なに? もう一頭は倒せるのか。さすがだな。となると、逃げ回る連中の相手に苦戦してるわけか」
「私たちは、パーティが別々のグランドタスクを相手にしましたね。同時に複数を討伐することで、逃げ回る段階の前にボス部屋を開く条件を満たしました」
なるほど……うちと違って、パーティメンバーが多いとそういうこともできるのか。
俺たちでは無理そうだな。例え一人一頭を倒せるようになったとしても、同時に倒せるのは最大で五頭。
これでボス部屋が開くかと言われると、微妙なとこだろう。
「別のパーティと一時的に共闘する手もありますよ」
「ボスを一回限り倒すなら、そういう手もありますね。となると、狩り続けるのはやっぱり難しいと……」
「相変わらず魔獣を狩るのが好きなんだな」
笑われてしまった。
最悪の場合、一条さんの案を参考にさせてもらって、ボスだけ倒すことにするか。
「ただ……ボス部屋まで行った後も大変ですから、長い目で攻略したほうがいいかもしれませんね」
「……もう二度と行きたくないな。あそこは」
? どういう意味だろう。この二人が嫌がるほどの強力なボスってことか?
◇
「走って斬ればいいじゃないか」
「いや、追いつけないです。それに、走りながら攻撃しても、ろくにダメージを与えられないですし……」
「むう……鍛錬が足りていないと。どうだい? 一度戦ってみないかい?」
「結構です……」
この人は参考にしてはいけなかった。
いや、サイクロプスのときは大いに参考になったから、あわよくば今回もと思ったけどあてが外れたか。
「ふむ、だめかい。となると、次は薫子にでも聞きにいくのかい?」
「厚井さん? なんであの人が」
「だって、彼女は昔私と組んでいた【超級】探索者じゃないか」
まじか……。なんでそんな人が鍛冶師なんかに、いや鍛冶師を馬鹿にしてるわけじゃないけど。
「ええ!? なら、素材も自分で集めたらいいじゃないですか」
「鍛冶に集中したいんだろうね。あとは、まあ私の面倒をみるのが大変だなんて言っていたが、彼女なりの照れ隠しだろう」
いや、それって後者の理由がほとんどなのでは……?
「でも、赤木さんと組んでいたのなら、さっき言っていた頭のおかしい方法で、なんとかしたんじゃないんですか?」
「はっはっは、私ではなく世間がおかしいのさ。だけど、薫子のやつは私に頼り切りなのが嫌だったのか、別のアプローチでなんとかしていたよ」
つまり、この人に頼らずともなんとかできるほどの実力ってわけだ。
「鍛冶の腕がすごいのは知っていましたけど、強かったんですね。あの人」
「見ていただろう!? 私を一瞬で無力化したあの悪辣極まる手口を!」
そういえば、やけに手慣れていたな。赤木さんの対処に。
きっと、それだけ何度も赤木さんが周囲に面倒をかけて、厚井さんがそれを処理していたんだろう……。
「赤木さんは、もう少し厚井さんに迷惑かけないようにしたほうがいいですよ」
「あ、あれ? この流れでなぜ私の評価が下がるんだい?」
◇
「なんだ、またグランドタスクを狩ってたのか。肉以外ならうちが引き取るぞ」
「そのグランドタスクのことなんですけど……」
怪訝な顔で俺の話を聞いていた厚井さんは、ため息をついてから答えた。
「はあ……あいつが言ったか。別に隠しちゃいないからいいけどよ」
やはり、過去を詮索されるのはあまり気持ちのいいものではないよな。
「それで、ボスまでたどり着く方法だったな。あいつら、透明なうえ逃げ回って面倒だろ?」
それはもう、ただ体力を奪われるだけでなんの実入りもない面倒さだった。
透明でなくてもこれだ。他の探索者だと、余計に面倒な相手だろうな。
「だから、そこら中に罠を仕掛けた」
「罠……」
「対象の魔力を使って拘束力を上げる網で、捕まえたんだよ」
なるほど、それなら相手が強いほどしっかりと捕獲できそうだ。
でも、そんな効果の罠なんて値段もかなりのものになりそうだな。
「予算は足りたんですか?」
「いや、アキサメのやつら足元見やがって……ムカついたから、全部自作してやった」
それができるのは、厚井さんならではって感じだなあ。
少なくとも、俺たちがその方法を真似るのは無理だ。
「……もしも魔導具でなんとかするつもりなら、ボスのことも考えたほうがいいぞ」
まただ。赤木さんは言及しなかったが、厚井さんも嫌そうな顔でボスへの忠告をしてくれた。
それほど戦いたくない相手なのか。なんだか前途多難だなあ。
◇
「どれも難しそうだったな」
「一番現実的なのは、他のパーティと協力することかしら?」
「問題は、僕たちと共闘してくれるパーティがいるかどうかってことだね」
新参者なうえ、わりと色物パーティだからなあ。
あと、シェリルが吠えないか心配だ。
そもそも、そう簡単に【超級】と組むあてもない。
う~ん……どうやら、この手段もあまり現実的ではないようだ。
「赤木さんとかデュトワさんなら、協力してくれそうだけど」
「ええ!? 嫌です!」
まあ、そうなるよな。
シェリルの好き嫌いはともかく、あの二人に協力してもらったとしても、あの二人の力でダンジョンを踏破したことになりそうだ。
最初の魔獣とボスを倒せば認めてもらえるか? いや、ボスにたどり着くまでの過程も、ちゃんと評価対象として見られていそうな気もする。
「とりあえず、明日また行ってみて考えるか。昨日も一昨日も、俺のせいでみんな魔獣と戦えていないし、明日はみんなで戦ってくれ」
「まあ、たしかにどれだけ通用するか試してみたいけど、そこまで申し訳なさそうにしなくていいよ。別に魔獣と戦うのが趣味ではないから」
俺だって別に趣味ではないぞ。
レベル上げとか周回が趣味なだけだ。
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