第146話 三精一体

「無茶禁止」


「わかってるって……」


 まだ無茶しすぎて倒れたりしてないのに、大地と夢子が過保護だ。

 新たな武器とスキルを得た翌日。俺たちは再びグランドタスクを倒しにきた。

 一日経ったからか、昨日倒したことは忘れてしまったらしく、好戦的に突撃してくるのが見える。


 そう、すでに見えている。

 【超級】のダンジョンの魔力量が多すぎるのか、ダンジョンの一定の空間内の魔力をすべて消費すると、頭への負荷がちょっと大きかった。

 しかし、昨日もらえた力の一つ。土の精霊による魔力制御の効率化。

 そのおかげで、周囲の魔力を消費してもこうして問題なく、探索を続けることができている。


 だというのに、大地と夢子は俺が無理をしていていないか疑いのまなざしを向けている。

 ……いや、昨日は頭が痛かったけど、今日は本当に大丈夫なんだって。


「善なら、本当に大丈夫だよ~」


「まあ、紫杏がいうなら……」


「そうね」


 俺より紫杏のほうが信用されている。大地め、長年の友人だというのに薄情じゃないか。

 恨みがましい視線の一つでも送りたかったが、そんな余裕があるのもここまでのようだ。


「先生! 今日こそ猪よりも狼が上って見せてやります!」


「無茶しないようにな~」


 昨日の雪辱を晴らすべく、シェリルがグランドタスク相手に、足をバタバタと鳴らして注意を引く。

 【超級】といえど、魔獣は魔獣。あっさりとシェリルの挑発に引っ掛かり、そのまま猛突進を開始した。


「ちょっと大きめに、ちょっと大きめに、避ける!」


「おお~」


 シェリルは見事に突進を回避してみせた。

 勢いそのままに、グランドタスクは真っすぐと走り去っていき、かなり遠くまで行ってからようやく動きを止めた。

 そんな猪を見ながら、シェリルはにやにやと笑っていると、猪は再びシェリルへと突進する。


「はん! もう見切ったんですよ! これくらい距離を空ければぁああ!?」


 轢かれた。ここから見ていても、さっきと同じくらい大きめに回避していたはずなんだけどなあ。


「周囲にまとう魔力は、その気になれば量を変えられるっぽいね。だから、さっきよりも多くの魔力をまとうことで、攻撃範囲を広げたってところかな」


「大地せいか~い。シェリル、油断しちゃだめだよ?」


「は……はいぃ……」


 よかった。それでも、直撃というほどではなかったらしく、鼻血程度ですんでいるみたいだ。

 かわいそうだから、【再生】前に回復しておいてあげよう。


「次、俺が試していい?」


「無理しない程度にね」


「ああ。今日は大丈夫」


 一頭倒すごとに、こっちも行動不能になったら意味ないからな。

 なので、今日はちゃんと余力をしっかりと残せるように、というかぶっ倒れない程度にがんばろう。


 魔獣は相変わらずシェリルを狙おうとしていたので、俺はシェリルの前に立つ。

 さすがは猪というか、魔獣はそんなことはおかまいなしとばかりに、そのままシェリルに向かって一直線に突進してきた。


「【魔法剣:土】」


 昨日精霊から授かったもう一つの力。それを発動すると、手にしていた武器の刃の部分が武骨で分厚くなる。

 見ただけで重厚感のあるその刃。それをもって、俺はグランドタスクの突進にあわせるように斬りかかった。


 残念ながら、グランドタスク自身には攻撃は届いていない。

 しかし、バリアのような魔力にぶつかる音を確認し、それを剣の重みで無理やり叩き割る。


 今までの俺であれば、さすがにグランドタスクの突進を正面から受け止めようなんて、無茶な真似はできなかっただろう。

 だけど、この剣は見た目相応に、いやそれ以上に頑丈で重量もあり、なんと担い手の腕力まで上げてくれる効果がある。

 だからこそ、巨体かつスピードのある猪と、正面からわたり合えている。


 さすがの猪も、勢いがほとんど殺された今の状態では、これ以上の攻撃は無駄だと悟ったのだろう。

 距離をとるように、わずかに後ろへと下がった。

 ……後退できるんだな。今まで真っすぐに突っ込むしかないから、なんとなく意外だ。


「【魔法剣:水】」


 だけど、それはこちらにとっても好都合だ。

 土属性の魔法剣から、水属性の魔法剣へ、これまでにはできなかったスムーズな別属性への変換。

 そして、周囲の魔力を消費して、火属性のときと同じように魔法剣の魔力を圧縮していく。


 猪は準備ができたのか、あるいは俺をこのまま野放しにするのがまずいと思ったのか、再び突進をしてきた。

 だけど、もう遅い。すでに魔法剣は十分に魔力が満ちた状態だ。

 これまでは、出力の問題で火属性を多用していたが、一番切れ味があるのはこの水属性だった。

 なので、火属性と同じく魔力を大量に圧縮できるのであれば。


「ふっ!」


 こうやって、魔力による守りを失った巨猪の体程度斬ることができる。

 とはいえ、さすがに体を真っ二つにとまではいかない。

 顔をそれなりに深く斬ってやったというのに、猪はまだまだ好戦的にこちらに突っ込もうとしてくる。

 それなりに大きなダメージを与えたせいか、なんなら先ほど以上に俺への敵意みたいなものまで感じる。


 再び距離を取ったので、もう一度同じ要領で迎え撃ってやる。

 ……どうせなら、もう一つ試してみるか。


 ふとした思いつきと同時に、グランドタスクが血をまき散らしながら突進してきた。

 魔法剣は水属性のまま維持しているため、先ほど同様に顔めがけて剣を食い込ませていく。

 しかし、途中から明らかに抵抗が大きくなって剣は止められてしまった。


 この感触……こいつ、顔の周りにだけ魔力をまとったな?

 なるほど、無策に先ほどと同じく突っ込んできただけじゃないってわけだ。

 だけど、残念ながらそれはこちらも同じことだ。


「【魔法剣:火】」


 食い込んだ水の刃は、燃え盛る火の刃へと変わった。

 切れ味なら水属性のほうが上だ。しかし、火属性はどうやら魔力そのものを燃やすのに一番向いている。

 だから、一度割られてしまい、残っていたなけなしの魔力を使用したバリア程度、容易に破壊することができる。


「なんとかなったな」


 猪は、ひときわ大きな叫び声をあげてその場に倒れる。

 斬られた顔から燃え上がった炎に焼かれでは、さすがに限界だったのだろう。

 そして俺も限界だ。


「あ~、ちょっと無理そう」


「まさか……また無理してないでしょうね」


 夢子がジト目でにらんでくる。

 いや、昨日と違って頭痛とかはないし、自分の限界以上のことはしていないです……。


「魔力がほとんどなくなっただけだよ……」


「紫杏」


「嘘じゃないよ」


 紫杏に確認をすると、夢子はようやく信じてくれたようだ。

 信用ないなあ……。リーダーなのに。


「でも、一人でなんとかしちゃったね。レベルいくつで挑んだの?」


「え~と、50くらいだったはず」


 さすがに1では挑めない。なんなら50でも低いだろう。

 だけど、昨日新たにもらった武器に、精霊たちからもらった【魔法剣】のスキル。

 これらを駆使することで、なんとか【超級】でも戦えるとわかったのは収穫だな。

 あ、【剣術】も忘れてないぞ。ちゃんと覚えている。


「レベル50の善が、一人でも倒したなら、僕たちもがんばらないとね」


 そう言って大地は、シェリルと夢子と一緒に次のグランドタスクに狙いを定めた。

 俺は、残念ながらさっきのでガス欠なので、戦力外だな……。


「おのれ猪~。こんどこそ、華麗にひょいっと避けてやります」


「まあ、そこで紫杏に支えてもらいながら休んでたら?」


「紫杏。善が変なことしないように抱きしめておきなさい」


「おっけ~」


 みんな、行ってしまった……。

 そして、紫杏は夢子の言葉どおりに、俺を完全に拘束して離してくれない。


「なにもしないから、離してくれない?」


「やだ」


 次からはもう少し余力を残しておこう……。

 体のあちこちに当たるやわらかい感触に、まるで捕食されているようだと思いながら、俺はそう誓った。

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