第145話 厚井さんの感情がぐちゃぐちゃになった日
「オ前、どわーふダナ」
「は、はい。そうです」
帰ろうとしていたはずのヒナタは、今度は厚井さんに絡みにいった。
厚井さんは信仰している精霊が相手ということもあり、緊張しているようだ。
「鍛冶スルンダロ?」
「は、はい」
なんとか返事をするので精一杯といった感じだ。
憧れあるいは尊敬しているだけの存在と、こんな間近で会話するのは、さすがの厚井さんでも冷静ではいられないか。
「ンン? コレハ、すらいむカ?」
「いろんな魔獣とか人の姿に変化して、その能力を使える変なスライムの素材だな」
ヒナタは、コロニースライムの素材を手に取り、興味深そうに眺めていた。
「ヘエ、知ラナイ魔獣ダ。面白イ。剣ニスルノカ?」
どうなんだろう。
まだ試行錯誤の段階ということで、俺たちは厚井さんに呼ばれたし、きっとまだ用途も決まっていないだろう。
「どうなんですかね?」
「え、ええと……これは、烏丸の剣に使えたら、精霊様たちの魔力にも適応できないかなと思いまして……」
おお、なんかよさそうだ。
最近は火の魔法剣ばかりだけど、本来なら四つの属性を使えるはずなんだ。
俺がもう少し魔力の制御が得意なら、相手によって属性を切り替えてなんてできたかもしれないが、今は一つの属性でせいいっぱいだ。
だけど、剣のほうで様々な魔力に対応できるなら、俺の補助をしてくれるかもしれない。
「見セテクレ。オレケッコウ鍛冶ニハ詳シイゾ」
「え!? せ、精霊様の前でですか……?」
緊張するだろうなあ……。
だけど、俺たち素人に見てもらおうとするほどに、切羽詰まった状況だ。
それならヒナタは申し分ない。なんせ、鍛冶の神がドワーフだったころから、鍛冶を手伝っていたのだから。
「大丈夫ダ。邪魔ハシナイゾ」
「うう……わかりました」
きっと、他の鍛冶仲間や、偉い鍛冶師とかに見られるよりも緊張するんだろうなあ。
そんななか、うまくいってない素材を使って剣を作らないといけないなんて、厚井さんが気の毒になってきた。
◇
「うわぁ……きしょっ」
剣の核となる金属に、スライムの素材を合成するようにしていると、急にスライムの素材が様々な形へと変化する。
触手や魔獣の手足、角やしっぽと、ずいぶんと節操がない。
だが、それらはまだいい。問題は、探索者の指だけになったり、耳だけになったりと、体の一部へと変化することだ。
なんか、ずいぶんと生々しいグロテスクなものに見えてしまう……。
「だよなあ。気持ちが悪いほど、変化し続ける」
違います。俺は、見た目そのものが気持ち悪いと言ったんです。
厚井さんは、見た目は特に気にしていないのか、その変化の速度に気持ち悪いと言っているようだ。
「変ナ魔力ダナ。チーチャンドウ思ウ?」
「……自然ノモノジャナイ」
精霊すごいな……。魔力だけで、このスライムが人工の魔獣だとわかるのか。
なめていたわけではないが、改めてこの小さな少女たちが、自分とは別次元の存在だと認識する。
「コウイウトキハ、懲ラシメテヤルンダ」
「力関係ヲハッキリサセテカラ、魔力ノ流レヲ素直ニシテアゲル……」
火の精霊が両手をかざすと、厚井さんの炉の炎の勢いがとんでもないことになった。
厚井さんが驚きながらも、剣の核とスライムの素材を槌で叩く。
最初は暴れるように変化していたスライムの素材だったが、徐々に力がなくなっていくかのように変化がゆるやかになっていった。
「こ、こんな大量の魔力の中で……」
工房の中が、とんでもない量の魔力で満ちていく。
精霊二人が少し気合をいれただけでこれだ。
そして、これほどの魔力量がなければ制御できないとなると、あのスライムってファントムよりすごくないか?
「安定シタハズ……」
「ほ、本当だ……ありがとうございます」
「礼ハイイカラ、先ニ剣ヲ完成サセタホウガイイゾ」
「は、はい!」
厚井さんは、精霊二人と協力しながら、スライム相手に槌を振るい続けた。
◇
「ウン。悪クナイヨナ? チーチャン」
「ウン……イイ感ジ」
「あ、ありがとうございます」
どうやら、精霊たちも満足してくれるほどの剣ができたようだ。
しかし、本当に鍛冶に慣れているようだな。
「オ前、チョットのーらニ似テタカラナ。気ガ向イタラ、マタ手伝イニキテヤル」
「か、鍛冶の女神様に……え!? いいんですか?」
「気ガ向イタラナ~。ジャア、今度コソ帰ルゾ」
「バイバイ……」
行ってしまった……。マイペースな二人だったなあ。
それにしても、厚井さんが女神様に似ているか。
精霊のことだし、お世辞ってことはないだろう。つまり、俺はそんなすごい人に装備を作ってもらえているのか。
「ん」
「え? あ、はい」
厚井さんは、できたばかりの剣を俺に押しつけてきた。
くれるってことでいいんだよな? 俺の剣って話だったし。
「悪いが、今日は店じまいだ。感情が追い付かないから部屋にこもって整理したい」
「なんかすみません。俺のせいで、精霊たちが」
「いや! そこは感謝する。だけど、悪いな。今日は帰ってくれ」
まあ、厚井さんもいっぱいいっぱいだったんだろうな。
信仰している精霊と会い、話せただけではなく、一緒に鍛冶まで行った。
それこそ、まるで鍛冶の女神のノーラ様のようにだ。
いくら厚井さんでも、キャパシティの限界を超えたに違いない。
「杉田、お前もあがっていいから、ニトテキアを見送ってくれ」
「わかりました。では、失礼します」
杉田まで帰すとなると、相当の精神的な疲労みたいだな。
長居したら迷惑だろうし、さっさと帰ることにしよう。
「剣。ありがとうございました」
「おう」
こうして、俺は新たな武器を手に、厚井さんの店を後にした。
◇
「師匠平気かな」
「すごい緊張してたからなあ」
少し心配したように杉田がつぶやく。
だけど、精霊が認めるほどの剣を作れたのだから、きっと大丈夫だろう。
「お前も、できれば試し切りしたかっただろ。悪いな」
「いや、こうして武器をもらえるだけでもありがたいよ」
それに、試し切りならダンジョンですればいい。
まずは水と火か……そんなことを考えながら歩くと、目の前の地面が盛り上がってきた。
「な、なんだ……?」
幸いアスファルトではなく、土だったため道路を壊したりはしていない。
その土はだんだんと人の形へと変わっていくと、女の子へと変化した。
うん。どう見てもさっき別れた土の精霊だな。
「忘レテタ」
「え、なにを」
土の精霊が俺に向けて魔力を放つ。
すると、ヒナタのときと同じく、なんとなく土の属性に対するイメージ力が強化された気がした。
「魔法剣:土。使ッテモ、使ワナクテモイイ」
それだけ言うと、土の精霊は今度こそ俺たちの前から姿を消した。
「お礼を言う暇もなかった……」
「なんか、特にマイペースな子だったね~」
たしかに、精霊の中でもマイペースっぽいな。
だけど、こうして力を授けてくれるあたり、やはりありがたい存在には違いない。
新たな武器に、新たなスキル。
……今からでも、ダンジョンに行って試してみるか?
「じゃあ、今日はかえろ~」
「あ、おい」
紫杏が腕に抱き着き、ぐいぐいとひっぱっていく。
わかったよ。今日はちょっと無茶したから、大人しく家で休むって……。
「尻に敷かれてんなあ」
「ん? まあ、そういうときもあるかな~」
杉田よ。惚れた弱みなんだ。しかたないだろ。
あと、紫杏。それ以上はよくないから、黙ってくれると助かる。
◇
「……ノーラ様に似てるか。い、いやあ。まいったなあ」
ドワーフの女性は自室にこもり、にやつくのを抑えるのに苦労したらしいが、幸いそれを知るものは誰もいなかった。
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