第144話 ジュースをおごっている程度の感覚

「タシカニ、オレハ弱ッチイ火ダト言ッタ。ダケド、倒レソウニナルホド無茶スルノハ馬鹿ダゾ!」


「はい、なんかすみません」


 火の精霊が言うには、俺の魔力の制御はまだまだ下手くそらしい。

 そのくせダンジョン内の魔力を消費した魔法を使うもんだから、頭が痛くなるようだ。

 【剣術】を集中したときといい、どうにも脳への負担がかかってばかりだな。


 ヒナタが最初に教えてくれた火のイメージで、魔法剣の制御がしやすくなった。

 しかし、より大規模な魔力を使うので、結局危なっかしい魔力の使い方のままだったというわけだ。

 どうやら、ヒナタはそれにお冠のようだ。


 パーティメンバーたちは、ヒナタの言うことのほうが正しいと判断したのか、紫杏ですらかばってくれない。

 まあ、叱られるのもわかるけどさ。無茶をしないですむ方法を教えたら、それをいいことにさらに無茶したわけだし。


「トイウワケデ、今日ハチーチャンヲ連レテキタ」


 ヒナタが指さしたのは土の塊だ。

 厚井さんのところにあった粘土みたいな材料だろうけど、ヒナタの言葉を聞いてみるみるうちに姿は変わっていく。


「名前ハチサト。ヨロシク……」


 粘土が、ローテンションな美少女へと変化する。

 この子は土の精霊のチサトか。相変わらず四大精霊なのに、さらっと出てくるな。

 まあ、本人たちにはそんな自覚はないから、自由気ままに現世界と異世界を行き来しているだけだろうけど。


「ヒナタが教えてくれるわけじゃないんだ」


「コッチノ世界ナラ、チーチャンガ一番魔法ガ得意ダカラナ」


 そうなのか。魔力の質とかの問題か?

 でも、地球上にある火や土の量と考えると、水の精霊が一番得意そうな気もするんだけどな。


「マカセロ~……」


 覇気がない。というか感情もあまりないような。

 やる気があるんだか、ないんだかわからないが、一応は協力してくれるつもりのようだ。


「ン……」


 手を差し出される。これは、握手をしろってことか?

 とりあえず握ってみると、やっぱり粘土なんだなあという感触と、土の冷たさが伝わってきた。

 その直後に、体内の魔力が温かいなにかに抑えつけられるような気がした。

 魔力の通りがよくなるというか、循環する際の無駄を片っ端からなくしていくような……。


「ンン……?」


 明らかに俺の魔力の精度を上げてくれていた土の精霊だったが、途中から首を傾げだし、きょろきょろと周りを見回す。

 そして、紫杏のほうを見ると、俺から手を放して紫杏に近づいて行った。


「な、なに?」


 自分を見上げる土の精霊に、紫杏は戸惑い尋ねるも、土の精霊は紫杏の手を引いてこっちに戻ってくるだけだった。

 マイペースだ。というか、言葉が少ないな。なにがしたいのかがわからないぞ。

 なんか調子が狂う。そんな精霊は、俺と紫杏の手を互いに握らせて、その上から自分の両手で包み込むようにかぶせた。


「な、なんだろう?」


「わからないけど、悪いことはしないと思う」


 再び土の精霊は、俺の魔力をなにか調律しているかのように干渉してきた。

 今度は紫杏も同じだったようで、紫杏は戸惑いの声を上げている。

 精霊は無表情で、俺と紫杏の魔力に干渉を続ける。時間が経つにつれて、どんどん魔力の巡りがよくなっていく。


「デキタ……」


 しばらくして処置が終わったのか、精霊は俺たちから手を離した。

 俺も、自分の手を確かめたかったのだけど、紫杏の手が俺をつかんで離さない。


「……終わったみたいだぞ」


「もう少し善成分を吸収しておこうかと」


 精気だけでなく、そんなものまで吸収できるのかお前は。

 吸いつくされたら、俺は俺でなくなるんだろうか?


「魔力ノ巡リヲ良クシタ。コレデ、少シノ無茶モ無茶ジャナクナッタハズ……」


 薄々は気がついていたが、本当にそんなことができるらしい。

 だとしたら、俺は経験値やスキルレベルとは無関係の強化をしてもらったってことだ。

 さすがは四大精霊。こんな加護のようなものを、あっさりと授けられるとは、男神様と共に生きていただけのことはある。


「トコロデ、ナンデソッチノ女モ一緒ニヤッタンダ? チーチャン」


「コノ2人、深クツナガッテル。ダカラ、片方ダケ干渉シテモ、モウ片方ノ影響デスグニ乱レル」


 さすがに、毎晩の話ではないよな……?

 なんか恥ずかしくなるが、精霊には魔力のつながりのようなものが、わかるのかもしれない。


「善! 土の精霊ちゃん、いい子じゃない!?」


「あ~……まあ、精霊はみんないいやつっぽいけど」


 あの口の悪い水の精霊でさえ、俺に協力してスキルをくれたしな。

 というか、紫杏の場合は、俺と紫杏を深いつながりだと言われて、うれしかっただけだろう。


「マア、コレデチョットハ無茶シテモ平気ダロウ。チョット以上ノ無茶ダッタラ、マタ怒ルケドナ」


 あ、やっぱり、そこは調子に乗ると脳に負担がかかるんだな。

 せいぜい精霊に叱られないように、もう少し負担の少ない立ち回りを考えないと……。


「ソレデ、オ前ハ……マダ、自分ノ魔力シカ使ワナイノカ?」


 俺への用はすんだとばかりに、火の精霊は夢子のほうを向いて問いかける。

 前に言っていた、周囲の魔力を使った魔術についてだろう。


「……ええ。いきなりやり方を変えると、逆に魔術の制御を失敗しそうだからね。精霊様の加護はありがたい話だけど、私は今のまま強くなるわ」


「ヘエ……強情ダナ。デモ、ソレモ面白ソウダ。ホラ、ヤルヨ」


「え……?」


 火の精霊が夢子に手をかざす。

 すると、夢子は俺の時と同じく、火のイメージを脳内に送り込まれたようだ。

 あのときは、火というものへの理解が深まり、おかげで魔法剣の制御も出力も上がった。

 ということは、夢子も同じように火の魔法がこれまで以上の精度になるのだろう。


「アナタハ毒? ジャア、ツイデニアゲル……」


「僕にもくれるの? ありがとう」


 土の精霊のほうは、大地に同じようなことをしている。

 土属性だから無縁かと思っていたけど、毒は土の精霊の管轄だったのかもしれない。


「……」


 大地と夢子へ加護を授けた精霊二人は、ついでとばかりにシェリルを見ていた。

 そのまま二人で少し考えていたが、首を横に振る。


「な、なんですか! やるっていうのなら、やってやりますよ!」


「オ前ハ、だめダ」


「なにおぅ!?」


「私タチジャ、アナタノ力ハ引キ出セナイ」


「おおぅ……?」


 けんかっ早いうちの犬は、四大精霊にさえも物おじせずに食って掛かる。

 しかし、精霊二人はそんなシェリルを気にすることもなく、ただ事実を告げた。


「フーチャンダナ」


「ウン。速サナラ、フーチャン」


「私はシェリルちゃんです」


 たぶんそういうことじゃない。

 ふーちゃんってことは、四大精霊の残りの一人。風の精霊のことだろう。

 もしかして、シェリルのことも強くしてくれるのか?


「ダカラ、犬ッコロハソノウチダナ」


「狼です!」


 人狼だよな……?


「なんで、うちのパーティにそんなに加護をくれるんだ?」


「加護? ナンダソレ? ナンカ面白ソウナヤツトソノ仲間ガイタカラ、チョット協力シテヤッテルダケダゾ?」


 どうやら、本人たちにとってはなんでもない些細なことらしいな。

 強化してもらえるかどうかは、精霊の気まぐれ次第。

 つまり、俺たちはただ単に運がいいパーティだったということだ。


「ラッキーでしたね!」


 シェリルは自分以外が加護を授かったというのに、自分のことのように喜んできた。

 良い子なので頭をなでておこう。

 そんな俺たちを後目に、ここから去ろうとする精霊二人だったのだが、ヒナタのほうが厚井さんを見つめている。


 なんかこのパターン前もあったような気がするな。

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