第143話 叱られないための火気厳禁

「そういえば、グランドタスク一体を倒してどのくらいレベル上がったの?」


「50くらい」


「すごい効率ね……」


 だからこそ、大量に倒せるようになりたいんだよなあ。

 倒せなくはないが、一体倒してその日の探索が終わりでは、結局【上級】のほうが効率がいいということになる。


 ならどうするか。

 魔力を大量に消費してもふらつかなくなればいい。

 魔法剣の制御の特訓? それとも、スキルレベル上げ?

 悩んでいるところ、ふと昨日のドロップを思い出す。


「そういや、あの肉なんなんだろう」


 さすがは【超級】ということもあり、たった一頭倒しただけでドロップしたのはいいものの、中身は肉の塊。

 これまでも魔獣の素材は何度もドロップしたが、あんな直接的ないかにも肉ですという素材は初めてだ。


「厚井さんに渡せばいいのかな?」


「さすがに困るんじゃない?」


 なら、料理人が必要としているとか?

 いや、魔獣は食いたくないなあ。


「この前のスライムを使った装備のこともあるし、一度行ってみる?」


「そうするか」


 俺たちはダメ元で、厚井さんに素材を引き渡しに行くことにした。


     ◇


「飯屋に行け」


「ですよねえ」


 まあ、こんな肉を装備に組み込むなんて無理だとは思っていた。

 でも、飯屋ってことは、まじでこの肉食うのか。


「グランドタスクの肉だろ? 高級食材だぞ」


「食べられるんですか?」


「異世界人にも人気の食材だな。もっとも、そうそう狩れないから供給は足りていないが」


 意外なことに、この肉は人気があるらしい。

 それなら、しばらくあのダンジョンで肉を狩ろうかな。

 でも、そんなこと他の探索者がやっていそうなもんだけど、供給が足りないってことあるのか?


「誰もあのダンジョンで肉を狩り続けないんですか?」


「肉って言っちゃった」


 大地よ、獲物扱いはまだしてないぞ。

 なんせ安定した倒し方は、まだ確立できていないからな。


「グランドタスクの肉を所持してたら、透明なまま逃げられるぞ」


 なんと、そんなことが。

 仲間がやられたことを知って、危険な探索者から逃げるようになるのか?


「ちなみに、肉の運搬役をあてがって、そいつに肉を運ばせても無駄だ。どう判断してるかは知らねえが、肉を所持したパーティ自体を避けるようになる。翌日には忘れてるけどな」


 じゃあ、一日に一頭しか狩れないってことか?

 なんか、ずいぶんと効率が悪いなあ。


「それなら、一頭倒せば戦闘なくボスまでたどり着けるってことですね」


 たしかに、大地の言うことももっともだ。

 一頭倒してしまえば、次はボスと戦闘しておしまい。

 そう考えると、あのダンジョンは、【超級】の中でも楽なダンジョンなのかもしれない。


「……まあ、言ってもいいか」


 厚井さんは、わずかに逡巡してから口を開いた。


「あそこのボス部屋はたどり着いただけじゃ扉は開かねえ」


 ボス部屋にまで変なギミックがあるのか……。

 もしかして、鍵でも探せと?


「一定数のグランドタスクを倒したら開くから、二頭目からは逃げ回るグランドタスクを倒すことになる」


「しかも透明なんですよね?」


「ああ、めんどくせえぞ。あそこ」


 透明で逃げ回るし、戦ったら強い。

 そんな魔獣を何頭も倒す必要があるとは、ずいぶんと意地の悪いダンジョンじゃないか。


「ちなみに、一定数って?」


「さあなあ。数というよりは倒した魔獣から漏れた魔力の合計量なんじゃねえの? 数はまちまちだったぜ」


 つまり、強い魔獣だったら倒さなきゃいけない数は減るってことか。

 一頭目ならともかく、逃げ回ってるやつらからそんなの選り好みはできないだろうなあ。


「まあそういうわけで、その肉で稼ぐのはあまりおすすめしねえぞ」


 だよなあ。俺も今の話を聞いたら、肉を稼ごうって気はなくなってしまった。

 それでも、割り切って稼ごうと思えば、結構な収入になるんだろうけど、そこまでして金銭を得るよりはレベルのほうが欲しい。


「そういえば、前のスライムの加工の話で来たんだろ?」


 そうだった。肉も用件ではあったけど、どちらかといえば本命はスライムだ。

 ちょっと待ってろと、厚井さんは奥の部屋から素材となったスライムを持ってくる。

 あれ? なにも変わってないように見えるんだけど……。


「悪いが難航している」


 厚井さんでも無理なのか……。しかし、それだけを言うためにわざわざ素材を持ってくるなんて、なんというか律儀な人だ。


「そうですか。それじゃあ、またしばらくしたら来ますね」


「待て待て、なんのためにこれを持ってきたと思ってんだ」


「まだできていないって、俺たちに見せるためじゃないんてすか?」


「んなもん、説明すりゃいいだけたろうが。違えよ。難航してるって言っただろ? なんか意見をくれ」


 そんな無茶な……。

 俺たちは鍛冶のド素人だぞ。鍛冶仲間とか、それこそ杉田にでも意見をもらったほうがいいんじゃないか?


「どうにも行き詰まってるからな。素人の意見でなにか閃くことに期待したい。ほら、お前そういうの得意だろ? 異変の解決は、お前の変な意見から始まるって聞いたぞ」


 変な期待はしないでほしい。

 というか、誰だそんな噂をしたやつは。

 本命赤木さん。対抗デュトワさんだな。一条さんに言いつけてやる。


「まあ、見ろって言うのなら見ますけど……期待しないでくださいよ?」


「おう、別に進展してなくても怒りゃしねえよ。変に気構えなくていいぞ」


 それならばと、俺たちは厚井さんの工房へとお邪魔する。

 今は火は消えているようだけど、稼働させるとものすごい熱気なんだろうな。

 無骨だけど頑丈そうなよくわからない設備や道具は、相当使い込まれているみたいだ。


「そもそも、スライムって炉に入れたら蒸発するんじゃないですか?」


「普通は、心鉄に混ぜるんだけどな。途中から、金属より硬くなって形を変えることすらできなくなる」


 心鉄はよくわからないが、要するに素材の核みたいなのに使おうとしても、性質が変わって上手く行かないのか。

 なんか、生きていたころのスライムの進化を彷彿させる。

 まさか、生きてないよな……。そのスライムの素材。


「とりあえず火を入れるぞ」


 厚井さんが魔導具を使い、炉を稼働させようとすると、小規模の爆発のような音の後に、炎が燃え盛り始めた。

 すごい迫力だな。厚井さんと杉田は、いつもこんな風に作業しているのか。


「な、なんだあ!?」


 違ったようだ。厚井さんは慌てた様子で、炎を観察している。

 うん? あの炎、勢いが収まってきたな。そして、ゆらゆらと人のような形に変化して……。


「コラ! だめダゾ! ヘッポコノクセニ、アンナ無茶シタラ!」


 現れた途端に、いかにも怒ってますよという態度で、俺に説教してきたのは火の精霊。ヒナタだった。

 さすがは精霊。周りのことなどお構いなしだ。

 大方魔力を使いすぎたことへのお叱りだろうけど、グランドタスクと戦ったのは昨日だし、いまさらじゃないか?


「もう回復したよ。なんでいまさら……」


「オ前ノ周リニ、強イ火ガナカッタンダロ! マッタク!」


 ああ、そういうことか。

 ヒナタは火の精霊。移動する場合は、火を媒介にしている。

 だから、広範囲の炎でもないと、簡単には俺のもとにくることができなかったんだろう。

 それで、厚井さんの工房の火を利用して、ようやくお説教に来たというわけだ。


 仕方ない……。素直に怒られておこう。

 結局、火の精霊が満足するまで、俺は工房で正座をしたまま、お説教されることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る