第142話 意識がなくなるまでのチキンレース

「ちょっと全力出すんで、あとはよろしく」


「え、ちょっと善」


 要するにだ。

 こいつらは、潤沢な魔力を使っているからこそ強力な魔獣なんだろ。

 ついこの前まで、ダンジョンの魔力がスライムに吸いつくされるかどうかで騒いでいたというのに、当のダンジョンは魔獣を強化するどころか、俺たちに嫌がらせをするほど魔力が有り余っているようだ。

 それなら、猪共の前に俺がその魔力を消費してやる。


 周囲の魔力を燃料に魔法剣を展開する。

 【上級】のときよりも炎は勢いよく燃え広がり、それだけでもこの場所の魔力の多さを物語っている。

 あまり燃え広がると困るので圧縮。また燃やして、また圧縮して、途中から紫杏が後ろから抱きついてきて……。

 いや、なにしてんの。まあ邪魔ではないからいいけど。


「おお! 猪が見えます!」


 グランドタスクの姿が見えなかったのは、ダンジョンの魔力が原因だ。

 なので、こうして周囲の魔力を消してしまえばと思ったが、やはりそれで正解だったみたいだな。

 つい先程まで、俺たちと戦っていた一匹の猪しか見えなかったが、今では離れた距離にいる猪たちの姿までよく見える。


 おそらく、身を守る結界のほうはだめだ。

 あっちはすでに猪が魔力を消費し、発動してしまっているスキルだ。

 いまさらその魔力源を消したところで意味はない。

 だけど、少なくとも追加で結界を発動するってことはできないだろう。


「さあ、俺もダンジョンの魔力でスキルを発動したぞ。どっちが上か比べてみるか」


 元々この猪は俺を標的として定めていた。

 そのため、こんな言葉を聞くまでもなく、猪は俺に向かって突進してくる。

 回避すら難しいだろうな。あのシェリルでさえ回避しそこねる攻撃なのだから、俺では直撃する可能性すらある。


「なら、やっぱり来る前に斬るのがいいよな」


 魔法剣を振り下ろす。

 飛翔した斬撃は、やはり猪の本体に当たる前に遮られる。

 しかし、先ほどと違って弾かれたというよりは、ひび割れるような音が響く。

 二撃目でひびがさらに広がる音を鳴らす。

 六撃目までいくと、致命的な亀裂が発生したような音に変わった。

 そして、七撃目でガラスが粉々に砕けたような音が響き、猪は初めて困惑したような様子でうろたえる。


 だけど、もう遅い。

 まだ残っていた五本の刃は猪の体へと迫っていく。

 猪自身の体もかなり頑丈らしく、二本の刃は浅い傷をつけるだけだった。

 だがそこまでだ。

 残りの刃でグランドタスクは、体を両断され悲鳴を上げながら倒れていった。


「やっぱりな……ふらふらするから、あとはよろしく」


 紫杏に抱きとめてもらいなから、大地たちにそれだけを告げる。

 あ~、疲れた……。


    ◇


「無理しないように」


「いやあ、悪い」


 結局、あの後すぐに俺たちはダンジョンから帰還した。

 不甲斐ないことに俺の頭痛のせいだ。魔力を消費しすぎたのか、なんだか頭が痛くなったことを伝えると、全員即座に帰還することを提案した。

 まあ、俺がこんな足手まといでは、探索も魔獣退治も落ち着いてできないか。


 それに、強かったもんなあいつ。低レベルとはいえ、ダンジョンの魔力を一時的に枯渇させるほどの魔力で構築した魔法剣でさえ、あいつにはなかなか通用しなかった。

 もう少しレベルが上がっていたら、結界らしきスキルをもっと少ない斬撃で壊し、余裕を持って猪退治ができたのかもしれない。

 でも、今はこれが限界かもな。

 ……いや、猪を倒してレベルも上がったし、次はもっと効率よく


「なんか試したがってるみたいだけど、今日はこれ以上は探索禁止ね」


「ええ~……休んだしいけるって」


「さっきふらふらになったばかりでしょ。無理はよくないよ」


 次も紫杏に抱えてもらえばいいやと思っていたが、大地には、いや他のみんなにも俺の魂胆はお見通しのようだ。


「先生、無理はよくないですよ?」


 う~ん、そんなつもりはないんたけどなあ。

 シェリルにまで心配されるとは、いよいよまずいのかもしれない。

 仕方ない。本当に顔見せ程度で終わってしまったけど、今日は一匹倒せただけでよしとしよう。


「お、いたいた。調子はどうだ?」


 ちょうど帰ろうとしたそのとき、入口から大柄な獣人が入ってきた。

 最近やたらと縁のある爬虫類の顔にもすでに慣れてきたなあと、デュトワさんに挨拶をしながら思った。


「こんにちは。デュトワさん、それに一条さんも」


 探索にきた。というわけではないよな。

 なにしろ二人しかいない。探索なら、他のパーティメンバーも連れているはずだ。

 もしかして、様子を見に来てくれたんだろうか。


「ふふん! グランドタスクを倒しましたよ。先生が!」


「ほう、そりゃあすごい。不可視の姿に、不可視の守りは厄介じゃなかったか?」


「二回轢かれました!」


「なにしてんですか。あなたは……」


 やっぱりデュトワさんは、グランドタスクのこと知ってたみたいだ。

 俺にも倒せたし、わりと手頃な魔獣なんだろうな。


「まあ、次からは不意打ちもされないだろうし、がんばろうな」


「はい! ついに、先生との連携技ですね!」


 透明な結界はともかく、ダンジョンの効果による不可視化は対応可能とわかった。

 それだけでも、今日は収穫があったといえるな。


「さすがですね。もう、グランドタスクに適応できたんですか」


「……例のスライムみたいな対応速度だな」


 あれと一緒にはしないでほしいかもしれない。

 厄介だったことも加味すると、俺への評価が高いって意味だろうけど、素直に喜びづらい。


「ダンジョンの魔力全部消しちゃえばいいですからね」


「…………それは、どうなんでしょう」


「……まあ、いいんじゃないか? スライムと違って常にダンジョンにいるわけじゃないし、さすがにダンジョンの魔力の回復速度が上回るだろう」


 ああ、たしかに。

 今の発言だけでは、俺がダンジョンすべての魔力を使うみたいだった。

 それじゃあ、コロニースライムと変わらない。ダンジョンが魔力不足になってしまう。

 でも、あれと同じことをするつもりはないぞ。


「さすがに、ダンジョン中じゃなくて、1フロアくらいですよ?」


「それも大概なのですが……大丈夫ですか? 体に異変とかは? 過剰な魔力の扱いは、負荷がかかりすぎますよ? 魔力の暴走なんて事例もありますからね」


「浩一、落ち着け」


 なんか、一条さんがすごい心配してくれた。

 そして、デュトワさんが止める側というのも珍しい。


「……失礼しました。ですが、本当に気をつけてくださいね?」


「は、はい。無理はしません」


 勢いに負けて、俺はそう返事をするしかなかった。

 なんか、俺に対して心配しすぎじゃないか? そんなに危なっかしく見えるのかなあ。


「それにしても、そんなことができるのなら、ダンジョンの特性は無視できますね」


「だが、すべてのダンジョンが、ここのように魔力により発動しているわけではないだろ? あまり、それに頼りすぎるのもよくない」


 あ、やっぱそう簡単じゃないのか。

 あわよくば、すべてのダンジョンのギミックを無視してやろうと思ったが、そう甘くはないらしい。


「それでも、その技能はかなり特異ですからね。【超級】でも、烏丸さんは引く手数多でしょうね」


「なんなら、うちにも欲しい」


「え~と、ありがとうございます?」


 ダンジョンギミックを打ち消す置物としての人気だろうけどな。

 ともあれ、俺はニトテキアの烏丸さんなのだ。

 ありがたい話でも、他のパーティに入る予定はない。


「うう~!」


「わかってますよ。唸らないでくださいシェリル」


「はははは、犬の嬢ちゃんのご主人様を奪う気はない。まあ、上手くやってるようでよかった」


 威嚇するシェリルを二人でなだめるが、最後は食べ物を与えているあたり、シェリルのことをよく理解している。

 一応、この二人から見ても、俺たちは危なっかしくないと判断してもらえたのかな?

 であれば、今後も今の調子で探索していくとするか。

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