第141話 神々の餌

「さあ、さっそく【超級】に行きましょう!」


 まあ、待て待て。

 鼻息荒くして尻尾を振っているが、散歩に行くのとはわけが違うんだぞ。


「【上級】でもう少し経験を積むのもいいと思うけど、ダンジョン毎の特性とやらも一度体験しておきたいよなあ」


「大丈夫です! なぜなら、私たちは【超級】の探索者なのですから! そして私は超シェリルです」


 その理屈だと最後は神になりそうだな。


「どうする? 超シェリルの根拠のない自信はともかく、善も言ったとおり一度体験してみる?」


「そうだなあ。行くだけ行って、やばそうならすぐに帰還するか」


 なにごとも経験だ。

 帰還の結晶だけは、ケチらずいつでも使えるようにしておこう。


    ◇


「はじめましてニトテキアの皆様。先日の異変解決、本当にありがとうございました」


 受付さんに深々と頭を下げられる。

 なんだか、【超級】ともなるとダンジョン前の施設がやけに豪勢だ。

 受付や休憩所の内装一つとっても高そうで、小市民の俺には若干居心地が悪い。


「本日から、【超級】ダンジョンへ挑むのですね」


「ええ、超シェリルですから!」


「超……?」


 俺が内装に気後れしてる間も、わんこがぐいぐいと進んでいく。

 受付さん困ってるだろ。後で羊羹買ってやるからやめなさい。

 というか、場の雰囲気をぶち壊すほどの騒がしさは、他の探索者たちにも迷惑だし……紫杏に後でしつけてもらうか。


「ひぃ……なんか、悪寒が」


「大丈夫ですか? 体調が悪いのなら、無理はしないほうが……」


「い、いえ。大丈夫です。いい子です」


「そ、そうですか。偉いですね。では、念のため説明させていただきます。【超級】からは、ダンジョン毎に特性があり、残念ながらそれらは探索者に不利な内容です」


 だよなあ。もしかしたら、俺たちに有利な特性はないかと調べたけど、そんな美味しい話はなさそうだ。

 あるとしたら、もっと話題になっているだろうしな。


「このダンジョンの魔力は、内部の魔獣の姿を隠してしまいます。さすがに攻撃を仕掛けてからは、魔力を隠しきれずに視認もできますが、高い確率で不意をつかれてしまいますので、注意してください」


 これが、今回のダンジョンを選んだ理由だ。

 戦うまで敵の姿が見えない。それって、サイクロプスダンジョンと似たようなもんだろ?

 霧に隠されていたサイクロプスたちは、かなり近くまできたら視認もできたが、今回の魔獣はそれすらできないという違いはあるが。

 だけど、うちのパーティなら俺と夢子以外なら、そういうのは得意だ。


「ええ、忠告ありがとうございます」


 受付さんにお礼を言って、俺たちはダンジョンの中へと進んでいった。

 さあ、何事もなく終わってくれたらいいのだが……。


    ◇


「そういえば、ここにはどんな魔獣が出るんですか?」


 前を歩くシェリルが、振り向くことなく聞いてくる。

 受付さんはダンジョンの仕掛けだけ教えてくれたからな。

 魔獣のことくらいは、こちらが事前に調べていると思ったのかしれない。


「グランドタスク」


「なんて?」


 大地が答えたが、シェリルは覚えのない言葉だったのか聞き返した。


「グランドタスクっていう、でかい猪の魔獣らしいぞ」


「はえ~、なんか変な名前ですねえ」


 これまでのスライムや、ゴブリンのような聞き覚えのある名前ではないからな。


「異世界の中でも、倒すのに一苦労する魔獣は変な名前が多いらしいよ。だから、ここのはまだわかりやすいほうだよ」


 どうやら、【超級】になるとダンジョンに出現する魔獣は、異世界でも簡単に倒せる魔獣ではないらしい。

 裏を返せば、【上級】までは異世界では、大した脅威ではないということになるのか?

 う~ん……一条さんとデュトワさんが言っていたように、現世界の人間には危険な場所かもなあ。


「まあ、所詮は猪。狼の前では獲物にすぎないんですけどね!」


 地面こそぬかるみだけど、視界は良好なので霧で隠れているわけでもない。

 しかし、なにかがいそうな気配や、物音は聞こえるのに、なにも見えないというのは、なんとも不気味な状況だ。


「向こうからは、俺たちのこと見えてるんだよな?」


「だろうね。まったく、平等性のかけらもないダンジョンだよ」


 内部の魔獣を守る機能だったりするのかな?

 ……それはともかくそろそろ敵は近いみたいだな。

 大地ほど耳がいいわけじゃないけど、なにか大きな物が突進してきている音は俺にもわかる。

 これじゃあ、姿が見えなくても不意打ちになりやしない。

 まあ、これだけの音はするのに姿が見えないっていうのが、やりにくくはあるけれど。


「猪風情が! 先生の前に私を倒してから、うぎゃっ!!」


 倒されたな。

 え、シェリルでも避けられないほど速いのか?

 シェリルに攻撃をしたことで、その姿はようやく俺にも見えるようになった。

 見た目は牙がやたらと立派で巨大な猪だ。

 巨大と言っても猪なんて見たことないから、通常のものより大きいかはよくわからないけどな。


「いや、それよりシェリルは無事か!?」


 きりもみ状態で空中でくるくる回ってたけど、怪我とかしてないだろうな?

 慌てて駆け寄って確認すると、シェリルはすでに【再生】で治療を終えていたらしい。

 厄介だな……。シェリルの【再生】が自動で発動するほどの一撃か。

 つまり、あの攻撃はファントム以上であり、竜のときと同じような状況というわけだ。


「避けたのに~! 避けたはずなのに、ずるいですよ!」


「え、見えないから当たったんじゃないのか?」


 地団太を踏むシェリルは、たしかに魔獣の攻撃を避けたと主張していた。

 てっきりあいつの巨体が猛スピードで突っ込んでくるから、回避し損ねたと思っていたけど、それだけじゃないらしい。


「もう一回行ってきます! あんな直進しかできない、猪頭なんかに負けるもんですか!」


「シェリルもわりと、一直線だけどね」


「うるさいですよ! 素直なんです! 腹黒な大地と違ってね!」


 大地が指を一本立てた。

 たぶん、あとでシェリルに食らわせる毒カウンターが貯まったんだろう。


「さあ、きなさい! 私に攻撃を当てられるもんなら……速いですって!」


 喋っている途中だが、グランドタスクはお構いなしにシェリルへと突進した。

 速いな。もしかすると、今までの魔獣の中で一番速いんじゃないか?

 だけど、シェリルならかわせる速さのはず。

 シェリルは、ギリギリではあるが頭から突っ込んでくる猪の攻撃を回避し……。


「ぐええっ……」


 回避できてない? おかしい。俺から見ても、シェリルと魔獣は接触していなかったはずだ。

 まずい。よくわからないまま守勢に回るのはよくない。


「足斬れば止まるだろ」


 魔法剣。剣術。斬撃。それらを一瞬で展開し、十二の刃が猪へと飛んでいく。

 赤木さんもどきと戦ってから、わりと調子がいい。

 さすがにまだ【剣術:超級】にはなっていないだろうが、ステータスに記載されない練度みたいなのが上がったのかもな。


「げっ……効かないのかよ」


「というか、当たる直前で弾かれなかった?」


 たしかに、猪本体に届く前に見えない壁に阻まれたような感じだったな。

 近い感覚としては、ファントムが使っていた白戸さんの結界術だ。

 もしかして、見えない結界みたいなので体を覆っているのか?

 だとすれば、避けたはずのシェリルに攻撃が当たっていたのも、見た目以上に接触する範囲が大きかったからかもしれない。


「紫杏。あいつの魔力どうなってる?」


「えっと……なんか一回り以上に大きい魔力をまとってるっぽい?」


「じゃあ、見えない魔力のせいで、避けたはずの攻撃が当たるし、こっちの攻撃が防がれてるっぽいな」


「なるほど。鼻に頼ってたシェリルじゃ、魔力まではわからなかったってことだね」


 見えない猪が見えるようになったと思ったら、その実まだ見えていない部分があったとか、意地の悪いダンジョンだな。

 だけど、種が割れたのなら、こっちもなんとかできるかもしれない。

 弾いたとはいえ斬撃を見舞ったからか、グランドタスクはこちらに顔を向けて攻撃の準備をしていた。


 やってやろうじゃないか。【超級】ダンジョンの魔獣。まずは、その洗礼に打ち勝ってやる。

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