第140話 あなたへの愛は売り切れない

「はい、烏丸くん。チョコあげる~」


「ああ、ありがとう」


「木村くんも~」


「どうも」


「お礼はいらないから、今度楽なダンジョン教えてね~」


 手をひらひらとふってクラスの女子は去っていった。

 もらえる以上は、あまり変なけちのつけ方はしたくないんだけど、今みたいな渡され方が一番気楽で助かる。


「はっきりと義理で見返りも宣言してくれると楽だね」


「だよなあ……」


 本日はバレンタインデー。

 俺と大地は、過去一番といえる量の大量のチョコレートを抱えることになってしまった。


「か、烏丸さん! これ、受け取ってください!」


 勇気を出したように、気合を入れてチョコを渡してくれる女の子。

 どうしよう……本当に言っちゃ悪いんだが、一番対処に困る。

 それを察したというか、大地が女の子に尋ねてくれた。


「え~と、悪いんだけど、善には紫杏がいるってわかってる?」


「……い、いえっ! そんな畏れ多い! ファンとして渡しています!」


「あ、そうだったんだ。ありがとう」


 よかった。これならちゃんと受け取れる。

 しかし、ファンねえ……。偉くなったもんだな、烏丸善。

 ちなみに、今回は俺だけに渡されたので、大地がどんな理由か尋ねてくれたが、逆に大地だけが受け取ったら、俺が似たようなことを尋ねるようにしている。

 二人同時に渡されたときは、さすがに堂々と二股宣言なんてしないだろうから、これもまたわかりやすい。


「き、木村さん! こ、これを……お、おお、お納めください……」


「ええと……」


「ちょっとごめんね。大地は夢子と付き合っているって知ってる?」


「ええ!? そ、そうですよね……。株は安いうちに買うのが基本ですもんね……」


 知らなかったようだ。

 女の子は、チョコを片手にとぼとぼと歩いて行ってしまった。

 チョコ、渡さないんだな……。


「……なんか。最後とんでもないこと言ってなかった?」


「あはは……俺たちこの前まで底値だったみたいだな」


 でも、まださっきのように諦めの良い子ならマシだ。

 中には、どれだけ自分に自信があるのか、そんな子より自分に乗り換えるべきだと言ってくる女の子まで出てくる始末。

 いや、その時点で無理です。ごめんなさいという気持ちすらなくなってしまう。


「ところで……」


 改めて大量の箱や包みを持った大地を見る。


「なに?」


 その中にひと際目立った贈り物。朝から手にしていたので、俺と会う前にもらったのだろう。

 俺には、それがどうにも気になってしまっていた。


「その、バラの花束。どうしたんだ?」


「…………朝っぱらから、変態がきて真剣な顔で渡してきた」


 なにしてんだあの人……。

 真剣な顔でというのがまた怖い。どんな理由で花束なんて渡しているんだよ。

 深く考えたら気が滅入りそうなので、俺はそれ以上理由を追求しないことにした。


「……捨てないんだな」


「……花に罪はないから」


 おっしゃるとおりで。

 なんとも暗い気分になりながら、俺と大地は共に学校へと向かう。


「そういえば、僕たちはいつものことだけど、紫杏と一緒じゃないなんて珍しいね」


「ああ、自分が一緒だとチョコを渡しにくいだろうからって、先に行った」


「……え? 紫杏のことだから、私の善にチョコなんて渡すなって怒ると思ったんだけど」


「俺がいろんな人に慕われるのはいいらしい。どうせ、俺は紫杏のものだから、贈り物くらいは許すってさ」


「ああ、他の人から善が正当に評価されるのを、後ろで腕を組みながら眺めたいんだね」


 なんだそりゃ。たまによくわからないことを考えるし、それを理解できる大地もよくわからん。

 根っこの部分で似た者同士なのかもしれないな。


    ◇


「おはよ~善!」


 教室についた途端に抱き着かれて、前が見えないし良い匂いがする。

 もうこのままでいいか。


「善。戻ってきて」


 大地の声でなんとか意識を戻す。

 危なかった……。おのれサキュバス。不意打ちで魅了するとは。


「それで、なんで紫杏は発情してんの? シェリルじゃあるまいし」


「善と会えない時間が長かったからね!」


 いや、会えないって言っても、1時間にも満たない時間だぞ。

 それはもはや、俺中毒とか依存症なので、がんばって治していこうな。


「ふむふむ、かなりもらえたみたいだね。大地も」


「気軽なのから邪念がこもったのまで、バリエーション豊かなのがね」


「聖女に浄化してもらったら?」


「ちゃんと消滅してくれるかなあ。あの人」


 赤木さんのが強そうだし、たぶん無理だ。


「大地まで馬鹿なこと言ってたら、私の負担が大きいんだけど」


「いや、けっこう本気だよ」


「なお悪いわよ。ほらこれ。善も」


 夢子が渡してくれたのは、なんだか高い店で買ったんじゃないかってくらい、しっかりと包装されたチョコだった。


「ありがとう。すごいな、プロみたいだ」


「言っとくけど、私はまだましだからね」


 うん? どういう意味だ。

 褒めてるのになんだか返しがおかしかったような。


「紫杏は渡さないの? 僕はともかく、善に」


「う、う~ん……後でね!」


 唯一事情を知っているであろう夢子が、苦笑いしているのが気になるが、別に問題ないだろう。

 荷物にならないように、帰ってから渡すつもりだったのかもしれないしな。


    ◇


「先生~! お姉さま~!」


 寒いのにシェリルが元気に走ってくる。

 あれ、よく見るとシェリルもなにか荷物を持っているようだ。


「今日は好きな人にチョコをあげる日だと聞きました!」


 シェリルはそう言って、紙袋の中をごそごそとまさぐる。


「というわけで、先生とお姉さまにきんつばをプレゼントです!」


 きんつば……。

 ほぼほぼ、餡子の塊のような和菓子だっけ?

 変化球できたな。いや、シェリルにとっては直球か。


「仕方がないので、大地と夢子にもあげましょう」


「チョコじゃないのね」


「? チョコより餡子のほうがおいしいですよ?」


「シェリルらしいね。ありがとう」


 たしかにシェリルらしい贈り物だ。

 お返しに、あんみつでも買ってやれば喜ぶことだろう。


「それじゃあ、行きましょうか!」


「ダンジョンか? 荷物があるから、今日はちょっと……」


 そうなる可能性を指摘されて、早朝からダンジョンでレベルを上げておいたしな。

 シェリルには悪いが、ダンジョンはまた明日だ。


「いいえ! お姉さまのおうちです!」


「紫杏が私たちにチョコを作ったんだけど、ちょっと気合入れすぎてね。これから、家まで行って食べることになったのよ」


 なるほど。シェリルだけでなく、紫杏も、そしてきっと夢子も、パーティメンバー全員に贈り合ったわけだ。

 ん……? 気合入れすぎたこととなにか関係あるのか? まあいいや。行けばわかるだろう。


    ◇


「……」


「……」


「わあ~、すごいです!」


 俺たちの目の前には、まるでウェディングケーキのようなチョコレートケーキがそびえ立っていた。

 シェリルは無邪気に喜んでいるが、これ……この人数で食べきることができるのか?


「ま、まあ。手分けすれば食べきれるはずだな」


 なんせ、紫杏の手作りだぞ。

 なんとしてでも、俺が食べきるに決まっている。


「あ、善はみんなとは別で、こっちね」


 ……ウェディングケーキが増えた。

 え? 向こうは三人で協力して完食を目指すけど、俺は一人で完食しなければいけない?


 紫杏の愛が重い。しかも物理的に……。

 ええい、やってやろうじゃないか!


 その晩の紫杏は、俺とのキスが甘い気がすると言っていたが、きっと比喩とかじゃないんだろうなあ……。

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