第149話 武器:シェリル

「ボスなのにちっちゃいな」


 翌日、大地の作戦は見事にはまった。

 動けなくなった大量の猪を倒していく作業は、見る人が見たら非難してきそうだ。

 そんなわけで、無事に一定数のグランドタスクの討伐に成功し、俺たちはボス部屋へと入ることができた。


「はっはっは~! 図体すら縮んでしまって、あれでボスとはお笑いですね!」


 笑いながら駆け寄るシェリルだったが、ボスはそれを見て一目散に逃走した。

 あれ? もしかして、ボスも他のグランドタスクを倒したら逃げの一手なのか?


 速度は他の猪たちと同じだけど、そうなるとその小柄な体が逆に厄介だ。

 ただでさえ、めちゃくちゃに逃げ回って的が絞りにくいのに、その的まで小さくなってしまったら攻撃が当たらなくなってしまう。


「も、もう!! なんなんですか! ボスならせめて戦ったらどうなんですか!?」


 シェリルが元気に駆け回る。

 しかし、俺たちは、追いつくことは無理だと早々に判断した。

 遠距離からなんとか攻撃をしようと思ったが、これもまた有効とは言い難い。


「大地……毒でなんとかならないか?」


「当たる気がしない」


「だよなあ」


 通常個体を何頭同時に倒そうが、ボス戦で結局逃げ回る猪を相手にしなくてはいけない。

 これが、一条さんたちがボスのことを忠告してくれた理由か。


 いっそスピード主体で、なんか鍛えたりスキルを見直すか?

 そう考えていると、シェリルの悲鳴が聞こえた。


「きゃんっ! こ、この卑怯者~! 逃げるな~!」


 猪は、なんと逃げながらも、後方に魔力の塊を飛ばしてきた。

 幸いバリアと違って完全に見えないわけではないが、それでも限りなく透明に近いので注意しないと見落としてしまう。

 高速で動き回る猪を追い回すのなら、なおさら見えづらくなる。


「や、やりづらそう……」


「後ろから追いかけても、あの攻撃のせいでどうにもならないかもしれないね」


「シェリルもよく避けられるわね。あんなの、あの子以外無理なんじゃない?」


「元気だね~」


 しばらく観察するが、シェリルと猪の距離は一向に縮まらない。

 時折距離を詰めるのだが、その直後に後方へ飛んできた攻撃を回避して、また距離を離される。

 小柄だけど体力はありそうだし、このまま追いかけてスタミナ切れを狙うのも無理そうだ。


「シェリル~! このままじゃ埒が明かない! 一旦帰るぞ~!」


「くそぉ! 覚えてなさい! そんな脳みそもないでしょうけどねっ!」


 しっかりと捨て台詞を吐いて、シェリルは紫杏のもとへと帰ってきた。


「しかし、追いかけさえしなければ逃げないし、攻撃もしてこないとか、なんか調子狂うわね」


「ボス部屋というか、猪がいる休憩所みたいだね~」


 シェリルの耳や尻尾をふにふにと触りながら、紫杏はボスを前にくつろいですらいるからな。


「案外このまま一日過ごせば、他のグランドタスクみたいに仲間が倒されたことなんて忘れるんじゃない?」


 一瞬、それはありえそうだと思ってしまった。所詮は知能の低い魔獣。

 だけど、さすがに目の前にいる相手のことまでは、日数が経過しても忘れないだろう。


「夢子が、辺り一面を火の海にしたらいいんじゃない?」


「あんたじゃあるまいし、そんな魔力あるわけないでしょう」


 さすがに夢子でも、そこまでの魔術は扱えないか。

 でも、デュトワさんたちなら、なんとなくその辺全部を凍らせたんじゃないかと思えてきた。

 赤木さんは、普通に追いかけて倒しそうだな。

 厚井さんは、ボス用の備えと言っていたし、きっとこいつも罠でなんとかしたってことだろう。


「罠を仕掛けるのは無理だよな」


「ノウハウがないね。僕の毒にせよ、夢子の火にせよ、適当に使うだけじゃ、ボスには通用しないだろうし」


「遠距離攻撃も無理と」


「当たらないし、変な場所に当たっても元気に走り回るわね。小さいけど耐久力は他の猪以上じゃないかしら?」


「当然、走って追いかけても無理」


「私が、私があと少し足が速ければ! この足が悪いんですか!」


 そこまで悔しがるとは思わなかったので落ち着いてくれ。

 自信があった速度で負けたためか、シェリルはやけに悔しそうだった。


 八方塞がりだな。

 塞がりか。なら、いっそのこと逃げ道を塞ぐっていうのはどうだ?


「なあ、紫杏」


「え? 愛してるって?」


「まあ、それはそうなんだけど、紫杏って結界の制御上手くなってたよな?」


「まあね。常日頃進化を忘れないスーパー紫杏ちゃんなのさ。惚れ直した?」


 超シェリルと同レベルな名前はさておき、直すも何も惚れ続けてる。


「直すまでもない。その結界であの猪の逃げ道を塞げたりするか?」


「う~ん。いけるかな?」


 ならば、今回は紫杏にも手伝ってもらおうか。

 魔獣を倒す役割ではない。元々本人が希望していた結界によるサポートだし、特に問題はないだろう。


「じゃあ、シェリルに追いかけてもらって、逃げた先を囲むように結界を張ってみてくれ」


「シェリルとの連携技だね~」


「ま、任せてください! 地の果てまで追いかけてみせます!」


 なんだかんだで相性はいいし、この二人ならすんなりと決めてくれる気がする。

 そこからは俺たち三人で仕留めればいいだろう。


「じゃあ、さっそくやってみよ~」


「ふっふっふっ、そうして余裕でいられるのも今のうちですよ。私はともかく、お姉様がいますからね!」


 シェリルは勢いよく駆けていった。

 猪は、シェリルから逃げるように再び直進する。

 だけど、そこはすでに紫杏の結界の射程範囲だ。


「ざんね~ん。行き止まりでした~」


 猪の進路を結界が遮る。横に逸れようとしても、そこも結界が張られる。

 前と左右を結界に囲まれ、後ろからはシェリルが追いかけている。

 一応後方への魔力攻撃も行っているが、逃げる猪を追っているときでさえ避けられたシェリルであれば、回避することは容易だった。


「私も強くなっているんだよね。だから、その程度じゃ絶対に壊せないよ。その結界」


 逃げ場がないため、猪は正面突破を選択した。

 勢いつけて結界に頭をぶつけるが、紫杏の結界はあの白戸さんお墨付きだ。

 ちょっとやそっとの攻撃では壊すことはできない。


「前門のお姉様! 後門の私! いや、狼! つまりお姉様は虎? 先生が飼い主で、素敵な家庭の出来上がりです!」


 なにが言いたいの? 結論はなんだったのかわからない言葉とともに、シェリルは猪に追いついた。

 結界に囲まれた逃げ場のない空間で、猪はシェリルを正面に見据える。


「結界デスマッチですね! まあ、デスるのはあなたなんですけどね!」


 いかん。ボケっとしていないで、シェリルの援護をしなければ。

 【斬撃:水】、【斬撃:火】、【斬撃:土】……。あ、できた。

 試しに魔法剣の属性を変えて【斬撃】を飛ばしたら、ちゃんと三つの属性をまとって飛んでいった。

 いいなこの武器。本当に属性変化がやりやすくて助かる。


 水の刃が猪の体の深くまでを抉る。火の刃がその中を燃やし傷を広げる。土の刃が猪の体をよろめかせる。

 なるほど、土の場合は斬撃よりも打撃に近くなっているな。


「お姉様との連携! 先生のアシスト! トドメは私! 【両断】!」


 土の刃によるダメージはなかったが、ちゃんとシェリルのアシストにはなったらしい。

 隙だらけの体にシェリルは、爪を食い込ませ……たと思ったけど、あれ爪が抜けなくなってないか?


「おのれ~!」


 猪はそのまま走り出した。紫杏もこの状況は予想外だったらしく、シェリルが先程まで立っていた場所にまでは結界を張っていない。

 そのため、猪はまんまと逃げてしまった。


「ごめん。油断した!」


「いや、俺も攻撃が甘かった」


 すぐに我に返った様子の紫杏が謝罪し、新たな結界を張ろうとするが、猪はシェリルを体につけたままあちこちに走り回る。


「ぉ~~の~~れ~~!」


 爪がまだ抜けないらしく、シェリルはそのまま猪に連れて行かれた。

 さすがに見失うことはないが、シェリルに当たらないようにと考えると、先程以上に的を狙いづらいな……。


「大地~~! 毒くださ~~い!」


「もう、僕たちがくるまで待たないからだよ!」


 大地はシェリルの要請に答えて、毒魔法を準備した。

 でもどうするんだ? さすがの大地でも、シェリルをかわして猪に当てるのは難しくないか?

 事の顛末を見守っていたら、なんと大地はシェリルに毒魔法を当てた。

 えっ……。


「だ、大地? シェリル、今日はそこまで悪い子じゃなかったよ?」


「いや、お仕置きとかじゃないから。ごめん、ちょっと集中する」


 紫杏の抗議に反論すると、大地は集中を高めた。

 すると、シェリルをくっつけて走っていた猪が、突然吐血してその場に倒れた。


「ふぅ……これでわかったでしょ? 調子に乗ったら面倒なことになるって」


「むぅぅ……仕方ありません。すみませんでした」


 猪が倒れたことで、シェリルはようやく突き刺さっていた爪を、体から引き抜くことができたようだ。

 しょんぼりしながら戻ってくると、素直に大地に謝った。


「なにをしたんだ?」


「シェリルの体中の毒を爪先だけに集めて、猪の身体の中に入れた。すごい疲れた……」


 そんなことまでできるのか……。

 それも、ボスであるはずの猪にまで通用するとは、やっぱり大したやつだな。

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