第135話 彼女は一級調教師
「もう、なんですか! あのちっちゃいくせに、すばしっこくて、こっちを馬鹿にしたような動きの探索者は! 絶対ろくな探索者じゃありませんよ!」
スライムが模した探索者の動きに苦戦し、シェリルはいらいらとした様子で叫んだ。
だけど、あれってどう見ても……。
「あれ、シェリルじゃない?」
「シェリルね」
「シェリルだね」
「シェリルだな」
いつも見ているシェリルの動きにそっくりだ。
素早さで翻弄して、敵の動きを引きつけてくれる。そんな彼女の戦闘スタイルをスライムは模倣していた。
「大地と夢子はともかく、先生にお姉様まで!?」
「敵にすると厄介だな。味方だと頼りになるんだけど」
ああも動かれると斬撃は当てずらい。剣術で接近戦に持ち込んでも至近距離で回避されそうだ。
俺があれをなんとかするとしたら、魔力をため込んだ魔法剣で、広範囲を燃やし尽くすしかなさそうだが……今は難しそうだ。
「仮に私だとして、なんで私の真似は上手いんですか! 私のこと好きなんですか!」
煽り合うシェリルとスライム。なんか大変なことになっている。
スライムのほうは喋れないのに、動作だけで相手を挑発できるというのもすごい話だ。
だけど、これまで模倣してきた半端な探索者と違ってかなり厄介だ。
シェリルのほうが速いんだろうけど、頭に血が上っているのかスライムをいまいちとらえきれていない。
スライムのほうは、感情がないのかシェリルの煽りは効いていない。
奇しくも互角の戦いとなってしまっている。
いや……俺たちの援護さえ対処できているぶん、スライムのほうが優勢なのか?
「食べ物でも投げたら注意を引けるんじゃないの?」
「失礼な! 落ちてるものは食べたらいけないんですよ!」
投げやりになった大地の発言に食いかかるが、落ちてなかったら通用するのか……。
そんなことを考える余裕があるほど、ずいぶんと気の抜けた状況ではあるが、実際は手に負えないなこれ。
せめて【剣術】を集中して使えたらいいけど、赤木さんのときに全力を出したので、これ以上使用したらまずいことになるだろう。
周囲の魔力をすべて使って炎の魔法剣を使うのも危険だ。
万全の状態じゃないので、どうせ制御を誤って周囲が火の海になるぞ。
どうしよう……。消耗さえしていなければと思うが、無い物ねだりしても仕方がない。
ふと横を見ると、紫杏もさすがにシェリルもどきが相手で困っているのか、真面目な顔でなにやら考え込んでいる。
「やっぱり、偽物とはいえやりにくいよな」
「え? いや、お仕置きすると思えばそこは別に」
違った。
仲間の真似をしているからやりにくいとか、そういうことではないようだ。
「なら、何を考えていたんだ?」
「う~ん、変なこと思いついちゃって……でも、さすがにこれはないかなあと思ってたところ」
変なことか。まあ、今の状況が大概変なことだし。これ以上一つくらい変なことが増えても問題ないだろう。
「状況が悪化しないなら、試してみてもいいんじゃないか?」
「そうだねえ……やってみようか」
そう言うと、紫杏は息を吸い込んだ。
「シェリル!! お座り!!」
「はいっ!!」
珍しく大声で叫んだ紫杏の言葉は、シェリルを一瞬で止めてみせた。
本物だけではない。偽物のシェリルもピタッと動きを止めてしゃがんでいる。
嘘だろ、お前……。
「どうやってるのか知らないけど、真似しすぎたみたいだね」
止まった瞬間を逃さないように、大地は毒魔法をスライムへと叩き込んだ。
紫杏の言葉に思わず反応してしまっていたスライムは、再び動き出そうとするもすでに遅い。
水のような体の中に毒がどんどん侵入していくと、スライムはついに人間の姿を保てなくなった。
「ひえっ……」
シェリルがお腹を押さえている。
きっと、自分が毒を食らったような気がしたのだろう。
「まったく……最後まで面倒だったね」
「私を見ながら言わないでくれます!?」
ともあれ、これでようやく窮地は去った。
スライムは他の姿に変化できるほどの魔力を失った。
それに、体の大きさも最初の巨大なスライムではなくなっている。
今では普通のスライムよりも、ほんの少し大きい程度だ。
「や、やりましたね皆さん。これでファントムが原因の異変は、今度こそ終わりですよね?」
白戸さんが、ほっとした様子でその場にへたり込んだ。
戦闘中、常に結界と回復をこなしていたからな。
さすがに魔力を消耗しすぎて疲れたんだろう。
一応、これで終わりだよな?
他のダンジョンや、ここの魔力ってどうなってるんだろう。
受付さんに聞いてみるかと思い、受付さんを探すと彼女は少し離れた場所で連絡をしているみたいだ。
「はい。ええ、わかりました。それでは、もうこのスライムさえ倒せば問題は解決と……はい、では逃さないよう、確実に仕留めます」
うん。話の内容からするに、やはり今回の異変はこれで対処できたようだな。
受付さんはデバイスを片手に通信をしながら、スライムのほうへと近づいていく。
そして、杖をスライムへと振り下ろすと、杖の先から雷の魔術が放たれて、スライムは焦げたまま力尽きた。
なんかすごそうな攻撃だったな。やっぱり、この人たちって下手な探索者より強いみたいだ。
「あ……すみません。話しながらだったもので、つい。とどめだけ奪うような真似してすみません……」
はっとした様子で、受付さんは俺達に謝った。
「いや、どうせ経験値やドロップなんてなかっただろうからな」
「還元できるだけの魔力も全部戦闘で消費していたっぽいしね。そう考えると、このスライムって魔力の扱いだけはすごかったのね」
小さいスライムのときから経験値なんてなかったしな。
というか、これでようやく解決したという思いのほうが大きい。
これで万が一にでも逃がしてしまったら、魔力が回復したスライムがまた増えそうだし……。
「いまので、スライムは完全に消滅したんですか?」
「そのはずですけど………ねんのため、もうしばらく様子を見てから、ダンジョン中を確認してもいいですか?」
そのほうがいいな。
下手なとりこぼしや、時間差で産まれたやつを放置するのはもうたくさんだ。
◇
「はい、完璧です! お疲れ様でした」
受付さんだけでなく、紫杏や白戸さんも含めて念入りにスライムの魔力を調べた。
今回は見落としもなく、スライムはついに消滅したらしい。
……見落としないよな?
「それにしても、最後がシェリルとは」
「生き汚いからね。真似すれば生き延びれると思ったんじゃない?」
「言い方!」
まあ、言い方は悪いけど一理ある。
魔力を大量に消費しないし、回避主体なので攻撃も当てにくい。
そして、本来なら【再生】持ちと、うちのパーティで先陣切って囮役として活躍してくれるだけのことはある。
スライムにとっては残念ながら、さすがに【再生】を学習まではできなかったようだけどな。
「各ダンジョンでも、数日様子を見た後にまた入場可能とするみたいですね。はあ……やっと、残業から解放されます」
「なんというか、お疲れ様です……」
ダンジョンの管理人さんたちも、受付さんたちも、とにかく今は休んでほしい。
仕事を失いかけていた探索者たちと、仕事に忙殺されていたダンジョン管理者たち、この異変ってはたしてどちらが不幸だったんだろう……。
活躍をねぎらうように、紫杏と二人でシェリルをなでながら、俺はそんなことを考えてしまった。
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