第134話 Shall we ソードダンス?

「ふ、二人とも大丈夫ですか!?」


 白戸さんが叫んだ。

 結界を張っていたこの人がここまで焦るということは、今の攻撃は結界では防げなかったということか……。

 シェリルは【再生】がある。獣人も白戸さんが回復できるはず……。

 だけど、そのどちらも間に合わないほどのダメージだった場合、まずいかもしれない。


 気がついたら二人のもとへと駆け寄っていた。

 あの巨体とスピードが地面に突っ込んだため、周囲はまだ砂煙で確認ができない。


「シェリル!」


「はい! なんでしょうか!」


 呼びかけたらすごい勢いでこっちにきた。

 ……ずいぶんと元気だな。もしかして、攻撃を回避していたのか?

 なら、獣人のほうはと見回すと、こちらも無事だったようで頭に手を当てながら、こちらへと歩いてきた。


「よかった。そちらも無事だったんですね」


「ああ……無事ではあるけど、結界がなかったら危なかった……」


 結界か。白戸さんはちゃんとあの竜の攻撃さえも防いでくれていたみたいだな。


「あ、あれ? 私の結界は完全に破壊されていたはずなのですけれど……え、なんで?」


 しかし、白戸さん自身は、無事な二人を見て誰よりも驚いているようだった。

 ということは、結界自体は破壊されていた? でも、結界がなかったらまずかったみたいだし……ああ、そうか。


「紫杏の結界か」


「超がんばった。今夜褒めて!」


 白戸さんと比べたら、紫杏の結界は未熟だったはずだけど、きっとこの戦いの間、白戸さんの結界を観察し続けてコツを掴んだんだろうな。


「ああ、あいつを倒し終わったらな」


「え、さすがにこんな大勢の前では……いいさ、やってやろうじゃない!」


「いや、待って。意気込んでるところ悪いけど、そっちじゃないから」


 さすがはサキュバス。覚悟を決めるのが早すぎる。

 変な意味じゃなくて、本当に褒めるってだけだから。


「いちゃついてるところ悪いけど、あいつまだ動きそうだよ」


「あ、ごめん……」


 いちゃついてないけどな。

 敵から注意をそらしたことは素直に謝罪しておく。

 それにしても、あれだけの攻撃の後も普通に動けるのか……。

 あとどれくらい耐え続ければガス欠になるんだ。こいつは。


「あれ? なんか小さくなってる?」


 竜の姿は先ほどよりも一回り縮んでいた。

 もしかして、ようやく魔力がなくなり始めたのか?

 そのせいで、巨体を維持できないから小さくなっているのかもしれない。


「というか、今も小さくなってるみたいね」


 たしかに、こうしている間もどんどん小さくなっている。

 それに伴い、スライムの姿は竜とはかけ離れたものに変わっていく。


「あれは……人間?」


 シルエットだけなので誰かまではわからない。

 だけど、それは間違いなく人の姿だった。


「竜の姿を維持できなくなったか、あるいは探索者の模倣というさらなる進化なのか。微妙なところだな」


 獣人の言葉どおりだとしたら、前者でないとまずいかもしれない。

 もしもあいつが探索者の力まで学んでしまい、自由に扱えるとしたら下手したら竜よりも厄介だ。

 俺たちならともかく、デュトワさんや、赤木さんの実力まで模倣できるとしたら……勝ち目はない。


 スライムの変化が完了すると、片手には、こちらもスライムで作られた細身の剣を持っていた。

 そして、形が確定したと同時にスライムは戦闘体勢へと移行し、剣を構える。


「剣? それにあの構え……まじで赤木さんかよ」


 その見覚えある構えは、赤木さんのものと酷似している。

 竜の次は格上の探索者か。ぼやきながらも、俺は【剣術】を全力で使用することにした。


「赤木って……あの剣聖の!?」


 エルフが驚くけどたぶん人違いです……。

 俺が知ってる赤木さんは、剣聖の聖要素ない変態なんで。

 と冗談を思い浮かべてる暇もないか。


「速っ」


 赤木さんが獣人の首を斬ろうと剣を薙ぐ。

 十分に集中していた【剣術】のおかげで、俺はそれに反応して剣で受け止めることができた。

 が……本人も剣自身も軽いのに、一撃が重すぎる。

 ああ、こんなことなら、赤木さんともっと戦って慣れておくべきだったか。


 あちらの攻撃をさばくので精一杯だ。

 すでに標的は俺に変わったらしく、急所を確実に狙った剣撃が幾度も放たれている。

 白戸さんと紫杏の結界は、全身を守ってくれていたが、それすらも簡単に断ち切れるのは、さすがに反則じゃないか?


「この変態女! 先生に斬りかかるとは何事ですか!」


 いや、変態だからこそ俺に斬りかかってる可能性もあるぞ。

 しかし、まずいな。まだ【剣術】で対抗できているけど、長時間この状態を保つことはきっと無理だ。

 あっちはいつまで赤木さんの動きを模倣できる?

 俺の集中と向こうの魔力、先に尽きたほうが負ける……。


「あ、やばっ……」


 わずかに反応が遅れた。狙われたのは足だ。

 今まで急所狙いだけだったから、そちらも狙われたのは初めてで、反応ができなかった。

 足なら最悪命に影響はないし、まだ大丈夫か……?

 迫る剣を見ながら、訪れるであろう痛みにこらえる。


「私のものになにしてんの?」


 しかし、俺の足は斬られることはなかった。

 甲高い音で剣が弾かれ、スライムは大きく体勢を崩す。

 気づけば全身を守っていた結界が白戸さんのものだけになっていて、紫杏の結界は俺の足だけを集中して守っていた。


「なるほど、範囲を限定して硬度を上げたのか」


「速すぎてギリギリだったけどね! あんなのに、私のものを傷つけられるわけにはいかないのさ!」


 そう言いながら、紫杏は拳を振りかぶりスライムへと跳躍した。

 そしてそのまま、顔面へと拳が振り抜かれる。

 体勢を崩されたスライムは、避けることも受けることもできなかったらしく、首から上が弾け飛んだ。


「助かった……ありがとう」


 集中を切ると、一気に頭も体も疲れが押し寄せる。

 そんな俺を支えるためか、紫杏は俺を前から抱きとめた。


「はい。褒めて」


 そして、自分の頭を指さす。

 あ、これ俺を抱きとめるとかじゃなくて、褒められたいだけか……。

 まあいいか。この程度いくらでもさせてもらおう。

 頭をなでてやると、紫杏は満足そうに目を細めるのだった。


「ふふん」


 機嫌がよさそうな紫杏だったのだが、すぐにうんざりした表情に変わる。

 気持ちはわかる。現に俺だってもううんざりだ。


 頭部を失ったスライムは、全身がぐにょぐにょと動き回ったかと思ったら、再び体を変化させていった。

 竜に赤木さんと、身の丈に合わない力を使いすぎたせいか、それとも単純に体積が減ってしまったからか、今度のスライムは小柄な人間へと変わる。


 姿が定まり、最後に武器へと変化した肉体を手にして、再びスライムが俺たちに襲いかかった。


「弓矢か……でも、これだと」


 放たれた矢が結界に弾かれて落ちていく。

 さすがに竜や赤木さんほどの攻撃ではなく、白戸さんの結界を突破することはなかった。


「あれ、私?」


「たしかに、似ているがそれにしては速度も精度もお粗末だな」


 獣人が言うとおり、きっとスライムはエルフを模倣した。

 だけど、なんというかあまりにも出来が悪い。

 隣で矢を放っていたエルフを見ていたからわかるが、あの程度の矢では劣化もいいところだろう。


「今度は俺か」


 通用しないと悟ったのか、スライムは姿を変える。

 獣人を模倣しているようだが、エルフのときと同じくそもそものサイズが再現できていない。

 当然ながら、そんな体で繰り出される攻撃は……


「ひどいな……これで、俺の真似なのか」


 簡単に対処されてしまう。

 これは、もしかして……ついに魔力がなくなったか?

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