第132話 最強議論上位入賞常連
「よいしょ」
とりあえず斬撃を飛ばす。多少の耐性があるとはいえ、さすがにまだまだ有効なはずだ。
目論見どおり、触手のように伸びていたスライムの体が切断されるのを見て、俺は満足してうなずいた。
「なにそれ、怖っ……」
ここまで体を斬られ、燃やされ、毒に侵されてと、スライムはいまだに一方的にやられているだけだった。
それに危機感を覚えたのか、スライムの巨体はそのサイズにふさわしい姿を模倣した。
なるほど、これは怖い相手だな。エルフのつぶやきもわからなくはない。
「竜か……。まさか、古竜じゃないだろうな」
異世界には、竜と古竜がいる。
基本的には、竜よりも強いのが古竜というわけだが、さすがにそんな存在はダンジョンにいないはず……と思いたい。
「各地のダンジョンで、スライムの完全消失が確認されました! おそらく、ここにいるスライムにすべての魔力が集まっているようです!」
それならわかりやすい。こいつさえ倒せば、ようやくこのスライムの問題が解決するってことだ。
……倒せればの話だけどな。
「情けないですね! 自分の姿に自信がないからって、誰かの真似ばかりですか! 所詮水たまりですね!」
シェリルはなおも臆さずに突貫する。
だけど、さすがは竜の模倣だ。スライムはこれまでで一番の速度でシェリルの攻撃を回避した。
「げえっ! 【板金鎧】!」
いつも自分がやっていることと同じように、回避されて無防備な状態を巨大な尾の横薙ぎが襲う。
なんとか防御が間に合ったようだが、スピードだけでなく、パワーも相当なもののようで、シェリルは砂の中まで吹き飛ばされた。
「だ、大丈夫ですか!? 今回復を!」
白戸さんが慌ててシェリルに駆け寄ると、砂煙とともにシェリルが勢いよく飛び出す。
「もう! 私じゃなければ、危なかったですよ!」
元気にそう叫ぶが、腹部は痛々しく青紫色になっている。おそらく尾の一撃で内出血をしたのだろう。
それに、口元には血が垂れているので、ダメージは決して軽いものではないはずだ。
白戸さんの結界に、【板金鎧】まで使ってこれか……。
「じっとしていてください!」
白戸さんが回復をしようとシェリルに近づくが、シェリルはそれを拒否した。
「大丈夫です。【再生】しているので。魔力を無駄に使わないでください」
たしかに、このわずかな時間でシェリルの傷は治りつつあるらしい。
すでに皮膚の変色は治っているし、体の中もきっと修復されていることだろう。
「まだいけるか?」
「無敵です!」
「無傷じゃないんですか……?」
念のために確認したが、元気な声が返ってくる。
どうやら、無理をしているわけでもないらしく、本当に大丈夫なようだ。
「というわけで二回目です! ぼけっと回復を見逃したのがあなたの敗因なんですよ!」
こちらが体勢を立て直す間も、余裕からか竜は動かなかった。
だが、さすがに無防備だったわけではなく、改めて突っ込んでいったシェリルの攻撃はやはりかわされてしまう。
「こっちですね!」
しかし、シェリルは最初の攻撃と違って、回避されることも織り込み済みだったらしく、すぐに方向を転換して竜を追う。
エルフの人の弓による攻撃に、夢子と悪魔の男性の魔術、俺の斬撃も加わって、竜はさすがにすべての攻撃を回避しきれなかった。
「チャンスです! 大地!」
「もうやってる」
逃げ道を塞がれた竜に、シェリルの一撃が届く。
その直前に、大地はしっかりとシェリルの攻撃に毒魔法をまとわせていたらしく、深々と突き刺さった爪からは紫色の魔力が確認できた。
竜の姿とはいえ、体はやはりスライム。
透き通った体の中に、どんどん毒が侵入していくのが視認できる。
「シェリル! 攻撃を当てたなら、すぐに下がれ!」
「ぶぎゃっ!」
忠告するのが遅かった……。
シェリルは、またも尾の一振りでこちらへと吹き飛んできたため受け止める。
「私じゃなければ、致命傷なんですけど!」
たしかに、たった一発でとんでもないダメージだ。
痛いの苦手なはずなのに、よくがんばってるな。
【再生】が使えるシェリルじゃなければ、危なかったかもしれない。
「その子ばかりに任せるわけにもいかないな!」
獅子の獣人がシェリルに代わって竜の前に立つと、攻撃を仕掛ける。
攻撃直後だったためか、竜は驚くほど無防備にその巨大な剣の攻撃を受けた。
「くそっ! 硬い!」
獣人はそう言いながらも、しっかりと竜の体に傷をつける。
たしかに硬いのだろう。最初のスライムのときのように真っ二つとはいかないが、それでも大きくえぐれている。
竜は攻撃を受け止めてから、獣人もシェリル同様に尾で振り払った。
剣で受け止めたため直撃こそさけたものの、大柄な獣人が一気に竜と引き離される。
スライムのくせにとんでもないパワーだな。あいつ。
「それだけ硬いなら、魔法剣じゃないと無理だろうけど……相性悪そうだよなあ」
魔法剣を発動する。通常のものではおそらく通用しないので、シェリルや獣人がスライムの相手をしている間に周囲を燃やしてたは圧縮してを繰り返してある。
ゴーレムやプレートワーム程度なら簡単に斬り裂けるだろう。
一つ懸念があるとしたら、こちらは火であちらは水。
他の魔獣に比べて、火が効きにくそうだがはたして……。
「まあ、やってみるしかないよな」
竜は相変わらずこちらに追撃することもなく、その場から動かない。
余裕なのか知らないが、ずいぶんとなめられたもんだ。
シェリルほどではないが、それなりのスピードで竜へと接近し、獣人ほどではないが、そこそこの力をもって竜に向けて剣を打ち下ろす。
俺の攻撃はあっさりと回避されてしまうが、周りには頼りになる探索者たちがいる。
回避した先にエルフの人が弓矢で攻撃をし、夢子は炎でスライムの体の一部を蒸発させる。
効いていないのか、攻撃した二人に頭を向けるが、それだけ隙だらけなら、さすがに攻撃も当たるだろう。
「はぁっ!」
先ほどよりも力を込めて剣を振るう。
よそ見をしていた竜の体には、炎を圧縮した刃が突き刺さるが……。
「硬っ!」
あの水のような体とは思えないんだけど!
プレートワームの鎧よりも硬い体のせいで、剣を持つ手が痺れてしまう。
「あ、でも効いてるかも……」
それでも少しずつ体の中に刃が沈んでいく。
このままいけば斬ることができる。そう思ったが次の瞬間、花火を水が入ったバケツに入れたときのような、火が消えてしまうあの音が聞こえてきた。
「げ……まじかよ」
刃はそれ以上進まなくなる。すでに火はまったくまとっていない、ただの剣に戻っていたのだから当然だ。
まずい。これ以上斬れないのは仕方ないにしても、剣を体から引き抜くこともできない。
俺の武器はスライムの体に取り込まれてしまった。
「先生! 危ないです!」
「ああ、もう!」
武器を失った俺に、竜は遠慮なく攻撃を仕掛けてくる。
シェリルも獣人も食らったあの尾の攻撃だ。
さすがにこのままここにいたら、無防備な状態であれを受けてやられてしまうだろう。
仕方がないので、俺は急いでその場から離脱する。
「くそ~……せめて剣返せよ」
「実際厄介だな。あの体。竜を模してるだけあって、とんでもない硬さなのに、スライムの特性で流体のようでもある」
硬い上に変幻自在。
もしかしたら、体の硬さだけなら本物の竜よりも厄介なんじゃないか?
「先生の武器は返してもらいます! 危なっ!」
シェリルが俺の剣を体から引き抜こうとしてくれるが、竜の体が変形し触手のようなもので叩かれる。
「いったい! このぉ!」
だが、シェリルは触手をすべて爪で斬り裂き反撃した。
どうやら、尾による攻撃ほどの威力はないらしい。
「先生! 取り返しました!」
「ああ、ありがとう」
シェリルから剣を受け取る。しかし、それすらもおざなりになるほど、一つ気になることがあった。
「なんで、尾で攻撃しないんだろう」
そうすれば、シェリルを倒せないまでも、自分の体から引き離すことはできるというのに。
……あいつ、動いたり動かなかったりするよな。
「もしかして、あの体うまく扱えないのか?」
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