第131話 それは無限の可能性
「これって、ゴーレム……だけじゃないわよね」
「ワーム? サイクロプス? さっきから形が定まってないのかな」
大地と夢子の言うとおり、巨大なスライムはプレートワームやサイクロプス、コボルトやインプの姿に変化している。
どれか一つの姿ではなく、常に様々な魔獣の姿に変わっていくのはなんとも不気味だ。
しかも、コボルトやインプは本来小さな魔獣なのに、元のスライムが巨大すぎるためにボスコボルトとかよりも大きい。
「どこにこんな力が残ってたんだ?」
「そうですね。小さなスライムが産まれるのならまだわかりますが、こんなに巨大なスライムを産み落とす魔力なんて一体どうやって……」
獅子の獣人も白戸さんも、予想外の強敵の出現に疑問を抱いている。
ダンジョンの魔力を使った、ということではないはずだ。
もしもスライムが再びダンジョンの魔力で繁殖できるようになっていたとしたら、受付さんや紫杏がとっくに気がついているはずだし。
となると、こいつらは相変わらず仲間同士で食い合って繁殖しているはず……。
「おっきいですね~! ボススライムってことですか! つまり、これを倒せば異変も解決ですね!」
そんな単純な……いや、もしかしてシェリルの言うことが正しいんじゃないか?
こいつが現れる前に、受付さんは他のダンジョンからスライムが消えたって言ってたよな……。
「もしかして、別のダンジョンにいるスライムの魔力を吸収したのか?」
ありえなくはない。同じダンジョンにいる仲間同士で魔力を奪いあっても、スライムは確実にその数を減らされていった。
このままでは、スライムが絶滅するのも時間の問題だったはず。
だから、土壇場で絶滅から逃れるような進化をしたんじゃないだろうか。
「そんな遠隔の仲間同士で魔力まで共有したっていうの? さすがにそれは……いえ、その可能性が高そうね」
エルフの女性もそれはありえないと言いたそうだったが、納得する材料のほうが多かったのだろう。
そもそもこいつらは、別々のダンジョンにいるくせに、仲間同士で同時に進化していたくらいだからな。
離れた場所にいる仲間の魔力を吸収してもおかしくはない。
「共食いした時と同じか……全滅するくらいなら、一匹だろうと生き残る。あきれた執念深さだ」
獅子の男性は、そう言いながらもスライムに感心しているかのようだった。
こいつらからしたら、ただ種を存続して増やしたいってだけなんだろうな。
それだけにここまで徹底しているのだから、たしかに賞賛の一つでもしたくなるほどに、生への執着がすさまじい。
「なるほど……それで他のダンジョンのスライムの反応が消えていたんですね。ということは、このスライムを倒せば、コロニースライムの完全な討伐ができるということですか」
「可能性は高そうですね」
受付さんの言葉にそう返す。
可能性は高い。というか、これで解決してくれないと、探索者はスライムに敗北してしまう。
「まずはあれを倒しちゃいましょう!」
だから、シェリルの言うとおり、すべてはこのスライムを倒してからだ。
「すぐに、他のダンジョンの探索者たちにも救援を求めます!」
「……いや、どうやらそんな暇はなさそうだ」
慌てて端末を操作する受付さんだが、悪魔の男性の言うとおり時間はないらしい。
俺たちの目の前で、スライムは周囲に残っていたゴーレムたちへと襲いかかった。
これまでの擬態と違い、そのダンジョンに生息する魔獣と互角などではない。
スライムは、ついに一方的な捕食者へとなってしまった。
ゴーレムは、大きな腕から振り下ろされた一撃で破壊される。
その衝撃で露出した核は、ワーム特有の巨大な口で飲み込まれた。
あれって、どう見てもゴーレムの魔力まで吸収してるよな……。
「あれを放置してたら、いよいよ手に負えないことになりそうですね」
白戸さんは、俺たちを守っていた結界にさらに魔力を込めたようだ。
この場にいる俺たちで倒すか、少なくとも時間稼ぎくらいはしないとまずそうだな。
「うわあ、また大きくなってますよ。いいですね! 食べた分だけ大きくなれる単純な生き物は!」
「シェリル。それにみんなも、あいつを倒さなきゃまずいことになりそうだ」
煽りというよりは、いくらかの妬みも含んだ言葉でシェリルはスライムを口撃する。
スライムはというと、そんなシェリルの言葉に反応したためか、はたまた食事が終わって俺たちという新たな獲物を襲うためか、ゆっくりとこちらに振り向いた。
「はい! 倒しちゃいましょう! ニトテキア伝説の20ページ目くらいに刻んでやります!」
やだなあその伝説……。知らないうちに19ページ目まで、できあがってしまっているのか。
それはともかく、シェリルは意気揚々とスライムへと向かって行ってしまった。
相変わらず行動が早いし臆することもないところは頼りになる。
「これはワーム!」
スライムが、本家のプレートワームよりも一回り巨大なワームの姿になってシェリルを呑み込もうとする。
しかし、その変化にすばやく対応して、シェリルはいつもの要領でワームの攻撃を回避した。
「今度はゴーレムですね!」
回避こそされたものの、スライムはシェリルに接近している。
空中に飛び上がったワームの姿から、今度は巨大なゴーレムの姿へと変化し、その体でシェリルを押しつぶそうとした。
だが、それもあっさりと回避される。
「すごいな。ああも攻撃が当たらないとなると、魔獣もさぞやり辛そうだ」
「シェリルは強いですからね」
「さて、あの子が引きつけてくれている間に、攻めさせてもらおう」
そう言った獅子の獣人は雰囲気が変わった。
これは魔力か? なにかを身にまとっているような、近くにいるだけで圧力を感じるような、そんな気がする。
「せいっ!!」
獣人は大きな剣を振り下ろすと、巨大なスライムの体を真っ二つに断ち切ってしまった。
剣のサイズと切れた部位のサイズが釣り合わないけど、やっぱりなんかオーラみたいなのをまとってたんだろうか。
それで、目に見えない範囲も含めて強力な攻撃をしていたのか?
「やっぱりこれくらいじゃだめか」
普通の魔獣ならこれで終わりだろう。
だけど、獅子の獣人はあれだけの一撃をいれた後も、油断せずにスライムに向き直る。
その直後にスライムは何事もなかったかのように、半分になった体をくっつけてまた蠢きだす。
「じゃあ、蒸発させちゃえばいいのよね」
夢子は、獣人がスライムに攻撃している間も魔術の準備を行っていたらしく、すでに指先には巨大な火球が出現していた。
夢子の言葉を聞いた獣人とシェリルは、それを見てすぐにスライムから距離を取る。
シェリルのやつやけに慌てていたけど、さすがに夢子もこのタイミングでお前を燃やさないと思うぞ。
「だめだったらフォローよろしく!」
「炎なら、俺も手伝わせてくれ……」
夢子の指先から放たれた火球は、スライムに近づくにつれて大きく燃え上がっていく。
それに重ねるように、悪魔の男性は黒みがかった炎を飛ばすと、火球はさらに大きくなった。
いいなああれ。ダンジョンの魔力使えば、ものすごい大きさの火球になるんじゃないか?
俺にはそんな技術ないから無理だけどな。
「やった~! あれは効きますよ! 夢子にいつも燃やされてる私にはよくわかります!」
「……あなたたちのパーティ大丈夫なの? 虐待とかじゃないわよね?」
「違います。大丈夫です」
エルフの女性が、シェリルの発言にぎょっとして心配そうに尋ねてきた。
虐待じゃなくてしつけなんです。たぶん。
そして、夢子にもそれは聞こえていたらしく、たぶんそれなりに怒っている。
今回の異変が解決したら、きっとまた燃やされるんだろうなあ……。
「いくらかは蒸発したみたいだけど……だめね。あれを全部蒸発させるには骨が折れる、というか魔力が先になくなりそう」
「ただの巨大なスライムならともかく、炎に適応してしかも再生か……自信がなくなりそうだ」
炎と水蒸気の中からスライムが現れる。
だけど、ワームやゴーレムの姿じゃない。きっと、まだ俺たちが見たことのない魔獣なんだろう。
巨大なヤドカリのような姿へと変化しており、夢子と悪魔の炎は周囲の水の膜のようなもので防がれていた。
「まったく……簡単には倒せなさそうだね」
様々な魔獣の姿と力、それを使いこなせるまでになったスライムか。
大地の言うとおり、こいつは中々苦戦しそうだな……。
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