第129話 教会の方から来ました

「というわけで、今すぐにスライムを殲滅すべきだ」


「……」


 デュトワさんの報告を受けて、一条さんは理解が追い付かないといったように止まってしまった。

 スライムをなんとかする目途が立ったのと同時に、スライムたちもまたダンジョンの魔獣と戦うことができる力を得てしまった。

 良いニュースと悪いニュースが同時に押し寄せ、さすがの一条さんも困ってしまったのだろう。


「各地のスライムを叩いておけば、ひとまずは弱体化することも確認できた。どうやら追い詰めすぎたせいで、ダンジョン内の魔獣を模倣するようになったが、そいつを潰してしまえば、しばらくは元の矮小なスライムになるようだからな」


 不幸中の幸いは、今デュトワさんが言ったように、スライムたちすべてがワームのような姿になれるわけではないことだ。

 かなり無理してあの姿になり戦う力を得ているらしく、あのワームの姿のスライムを倒した後は、ワームダンジョンにはもはやほとんどスライムは残っていなかった。

 その残ったスライムも、相変わらずワームたちに襲われるがままで、数少ない同胞たちを食い合いながらなんとか生き延びている状況だ。

 つまり、そのダンジョンに出現する魔獣を倒せるのであれば、今度こそスライムを根絶することができる。


「浩一よ。驚くのはわかるが、今は急ぐべきだ」


「そ……そうですね。いえ、デュトワ。なんであなたがニトテキアと一緒に探索しているんですか。ファントムや、旧現聖教会の残党から、護衛するよう頼んだはずなんですが」


「ダンジョンの中のほうが安全だからな。今ならスライムを監視するために、どこも受付と管理者が隅々まで見ている。怪しいやつがいたらすぐに連絡するように言っておいたからな」


 なるほど……そんなことまでしてくれていたのか。

 さすがに、色々と考えてくれているんだな。

 てっきり、俺の気晴らしに付き合ってくれただけかと思っていた。


「……本音は?」


「ニトテキアとの探索楽しかった」


「この、トカゲ野郎……いや、ちゃんと守れているし、結果も出していますけどね」


 わりと個人的な理由からだった。

 というか、俺たちと一緒に行動して楽しんでくれていたのなら何よりだ。


「ほら、急いで管理局に連絡したほうがいいぞ」


「くっ……あとでお説教ですからね」


 デュトワさんはどこ吹く風といったふうだ。

 なんとなく、氷鰐探索隊での関係もうかがい知れる。

 一条さんって、きっとどこでも苦労人な性分なんだろうなあ……。


「浩一が怖いから、しばらくニトテキアに入るか……」


「いえ、あなたパーティのリーダーでしょうが」


 そうやって自由気まますぎるから、一条さんに怒られるんだと思う。

 一条さんは、今も大変そうに、通信で管理局らしき人に事情を説明している。

 せめて、シェリルを紫杏の家で預かって、自宅くらいでは休めるようにしてあげようかな。


    ◇


「管理局から、各管理者と上位の探索者へ通達をしてもらいました。何人かの管理者からは、すでにスライムの減少を確認したという報告も受けています」


「ずいぶんと速いですね」


「それだけ、管理者はもちろんのこと、管理局さえも頭を抱える問題だったということです。烏丸さん、本当にありがとうございます」


「い、いえ。俺はただ探索していただけなので……」


 それにしても、スライムは別のダンジョンでも減っているのか。

 増えるときと一緒で、減るときもすごい速度なのかもしれないな。

 どこまでも、自分たちが進化の過程で得た生態のままに生きるだけの存在ってことか。


「あれ? でも、他のダンジョンでは、別の魔獣の姿のスライムは出ていないんですか?」


「ええ、それもわずかに確認されています。デュトワの言うとおり、減りすぎると最後のあがきとして、そのように変化するようですね」


 じゃあ最低でも、そのダンジョンに生息する魔獣を狩れる探索者が必要だな。


「前回と違って準備してる暇はないかもしれません。管理局は、戦える者からダンジョンに向かうべきだと判断しました」


「じゃあ、俺たち【中級】以下を適当に回ってきますね」


「ということだ。引き続き俺たちは、ニトテキアの護衛も兼ねてスライムを退治してくる」


 ああ、そうか。

 俺たちについていかなきゃいけないとなると、デュトワさんに赤木さんという戦力が【中級】に向かうことになるのか。

 それだと過剰戦力すぎるし、人材を無駄に使っていることになる。

 この二人は、もっと上の難度のダンジョンのスライムを対処すべきだ。


「あの、俺たちは大丈夫なので、デュトワさんと赤木さんは、【上級】とか【超級】のスライムを倒しちゃってください」


「いや、それはさすがに……」


「少年。君、私たちが何のためについていったか忘れてないかい?」


 忘れてはいないんだけどな……。

 だけど、急なスライム殲滅となったので、ただでさえ人手が足りない。

 それなのに、俺たちの護衛に戦力を割いている場合ではない。


「困りましたね……さすがに、外部の脅威を考えると、ニトテキアだけで行動させるのも危険ですし……」


 だめか。デュトワさんと赤木さんだけでなく、一条さんも俺たちだけでダンジョンを巡るのは反対らしい。

 となると、あとは俺たちが【上級】以上のダンジョンについていくってことになるが、そっちはもっと反対されそうだな。

 ここで意見が平行線のままでは、時間がもったいない。

 諦めて最速で【中級】以下のダンジョンを回ろうかと考えていたとき、受付さんが部屋に入ってきた。


「失礼します。その護衛、私たちではだめでしょうか?」


「あなたは……いえ、あなた一人なら、たしかに魔獣に後れを取らないでしょうが、ニトテキアを守りながらとなると難しいのではないですか?」


 受付さんの申し出に、一条さんは困ったような顔で返した。

 たしかに、受付さんたちは十分な実力者だと、前回のスライムたちとの戦いで十分思い知った。

 だけど、一条さんが言うように、受付さんたちはパーティというよりかは、徹底的にソロでの活動に慣れているようにも感じた。

 自分の身を守りながら、俺たちのことや周囲の不測の事態にまで気をかけるのは難しいのかもしれない。


「はい。ですが、彼女たちも協力してくれると申し出ています。これで、いかがでしょうか」


「あなたたちは……」


 受付さんが扉を開けると、そこには様々な人種がいた。

 いかにもベテランらしい貫禄の獅子の獣人。目に大きな切り傷の痕が残っているエルフ。角が折れた男性は悪魔か?

 そして、そんな人たちの前に立っているのは、現聖教会の聖女。いや、リーダーの白戸さんだった。


「私、こう見えて結界が得意なんです。どうでしょうか一条様? 私が、ニトテキアを守るので、赤木様やデュトワ様は、もっと難度が高いダンジョンを担当するというのは」


 これが今の白戸さんのパーティなのか。

 前に会ったときは、白戸さん一人しかいなかったから知らなかったが、以前とは全然違うんだな。


「……そう、ですね。あなたの守りと回復の力は、たしかに【上級】どころか、もっと上でも通用します」


 そうなのか。すごいな白戸さん。

 気づいたら【超級】の探索者とかになってそうだな。


「それに、見知った顔も何人かいるようですね……わかりました。ニトテキアの皆さん。それに、現聖教会の皆さん。スライムの殲滅をお願いします」


 獣人やエルフの人たちを見て、一条さんは納得したようだ。

 ベテランっぽいなあと思っていたけど、もしかしてすごい探索者だったりするんだろうか。


「聞いていましたね? デュトワ、赤木さん。あなたたちは、別行動です」


「ふむ、たしかにあれなら問題なさそうだな」


「私のほうが、少年やショタのことをわかってるんだけどねぇ……」


 納得したようなしていないような、そんな様子で二人はすぐにダンジョンへと向かった。

 そうだな。時間をかけると今度はスライムたちが、ダンジョンの魔獣の魔力を使って繁殖しそうだし、俺たちも急いだほうがいいだろう。

 こうして、俺たちは再び現聖教会と手を組み、ダンジョンへと向かうのだった。

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