第128話 整形だらけの体
「さて、こちらの理想どおりの進化を遂げてくれているといいのだが」
デュトワさんが、手にしていた槍をスライムの群れに一突きする。
すると、槍の周辺から冷気が発生して、スライムたちは完全に凍りついてしまった。
軽く攻撃しただけなのに、とんでもないことになってるな。
「あれ? もう倒してもいいんですか?」
状況がよくわかっていないシェリルが不思議そうに尋ねる。
「そうだね。まずはこのダンジョンのスライムを全滅させないと」
「そういうことでしたら、私にお任せください! 寒いっ!」
シェリルは、デュトワさんが仕留めようとしているスライムたちに襲いかかろうとするも、直前でこちらに戻ってきた。
スライムたちがあんなふうに固まるほどの冷気だ。
そりゃ、その中心に跳躍なんかしたら、寒いに決まっているだろう。
「おのれ~……サムサムトカゲ~……」
「犬の嬢ちゃん。急に走ってきたら危ないぞ」
「シェリルの出番は、次のダンジョンに行ってからだから、デュトワさんの邪魔しないようにな」
「は~い……」
他のダンジョンでも、まず俺が魔力を奪って、シェリルが倒しての繰り返しになるだろう。
だから、スライムたちがダンジョンではなく、仲間の魔力を優先して消費するように進化してからの殲滅は、デュトワさんや大地に任せたほうがいい。
じゃないと疲れるぞ。
「ふむ、問題なさそうだ」
スライムたちは、相変わらず倒されても復活している。
だけど、紫杏とデュトワさんが観測した限りダンジョンの魔力は減っていない。
復活するスライムの数が減っているので、こいつらは完全に仲間同士で魔力を奪い合うように進化してしまったようだ。
「あとはもう放置していても問題なさそうだねぇ」
「え? 他のダンジョンでも、同じことやるんじゃないんですか?」
一安心したような赤木さんの言葉に聞き返すと、彼女は驚きの面持ちで答えた。
「いやいや、少年よ。君、まさかすべてのダンジョンを巡る気だったのかい? やめておきたまえよ。さすがにそれは君の体が持たないぞ」
「烏丸、スライムたちはすでに進化した。それはなにもこのダンジョンのスライムだけではないはずだ」
ああそうか。勘違いしていたが、スライムたちはダンジョンごとに進化しているわけじゃなかった。
コロニースライムという種族丸ごとが、各地で得た力を仲間たちに共有しているんだった。
ということは、今ごろどのダンジョンのスライムたちも、魔獣に挑み敗北しては、仲間の魔力で復活を繰り返しているはずだ。
であれば、たしかに俺たちはこれ以上なにかをする必要はない。
放っておけば勝手に魔獣同士で潰し合う。というか、スライムが一方的に倒される。
そして、今までと違ってダンジョンではなく、スライムの魔力を使って復活しようとする。
ダンジョンには何も影響がなくなり、ただひたすらにスライムの魔力だけか消耗していくようになったのか。
「以前のように探索者たちが殲滅すれば、今度こそスライムたちを倒しきれるだろうが、もはやその必要もないだろうな」
よかった。あとは経過を観察していき、スライムが減っている確認さえできれば、今度こそ解決ということになる。
「それで、ニトテキアはまだ探索を続けるか?」
一条さんたちに、一刻も早くこの結果を報告したいのだろう。
だというのに、デュトワさんは護衛の役目からか、律儀にも俺たちを優先してくれているようだ。
「いえ、すぐに帰ってこのことを一条さんに報告しましょう」
「そうか。すまないな」
デュトワさんは帰還の結晶を取り出し、俺たちに渡してくれた。
ありがたく使用させてもらおうとしてそのとき、地面が大きく隆起して、何かが迫ってくるのが見えた。
「……間の悪いワームだな」
万が一、帰還の結晶を使用しているときに襲われても困る。
仕方がないので、近づいてくるプレートワームを倒そうと剣を構えるが、他のみんなは訝しむような表情でそいつを見ていた。
「……ワーム? いや、スライム? なんだこれは」
「水まんじゅうじゃない水まんじゅうの匂いがします! 先生! あれ、ワームなのにスライムです!」
ワームとスライムが?
シェリルの言葉を理解するよりも早く、その魔獣は地中から俺たちの前へと飛び出した。
「間に合ったのは向こうのほうだったわけか……」
その魔獣は、たしかにワームと同じ姿だ。
しかし決定的に異なる点として、肉体は硬い鎧ではなく、水のようなものでできている。
まるで、スライムがプレートワームの姿を真似たような、そんな異形の魔獣が俺たちの目の前にいた。
「先生! 倒していいんですよね!?」
すでに臨戦態勢になっていたシェリルの声で、遅れながら俺たちも戦闘態勢に入る。
なにも考えていないのか、人狼としての本能か、なんにせよ頼りになるやつだ。
「ああ! まずはワームのときと同じように戦ってみよう!」
俺の言葉を聞いた瞬間に、シェリルはスライム? ワーム? を引き付けるために接近した。
「や~い! 自分の姿に自信がなくて、キモ虫の真似する雑魚雑魚饅頭~!」
音に反応しているのか、シェリルがうざいからか、ワームはシェリルへと狙いを定めて突進する。
だが、所詮はワームの真似事。本物のワームを相手に何度も囮を務めてみせたシェリルには、そんなものは通用しない。
「そんな攻撃当たるような私じゃないんですよ! 目を閉じても、鼻をふさいでも当たりませんね! さすが私です!」
途中から自画自賛に変わってるぞ。
まあ、それでもワームを引き付ける役割はしっかりと果たしているし問題ないんだろうけど。
「いいぞ、犬の嬢ちゃん。悪いなニトテキア。手出しする気はなかったが、事情が変わった。すぐに終わらせてもらう」
デュトワさんが槍を構えて魔力を練る。
大地や夢子もかなりのもののはずだが、それ以上の速度で体内の魔力を放出して槍にまとう。
すごいな……。魔力感知が得意ではない俺ですらわかる。
無駄なく、効率よく、正確な魔力の操作をこのスピードでとなると、相当な技術が必要なはずだ。
「嬢ちゃん離れろ!」
「むう……先生かお姉さまのお手伝いをしたかったんですが、しかたないですね!」
シェリルは文句を言いつつも、そこはしっかりとデュトワさんの言うことを聞く。
デュトワさんも、シェリルがそう動くことを理解していたらしく、シェリルが魔法の範囲から離脱した瞬間に槍を突き出した。
「うわっ、すご……」
「先生のほうがすごいです!」
いや、身内びいきにもほどがあるぞそれは。
デュトワさんが突き出した槍の先からは、周囲を一瞬で凍てつかせる魔力の冷気が放出された。
シェリルを追いかけていたスライムは、それを無防備に食らってしまう。
いや、そもそも身構えようが、無防備だろうが、そんなことは些細な違いだ。
突如現れた巨大な球状の氷の塊。スライムはその中で何が起こったかもわからずに固まってしまったのだから……。
デュトワさんは、魔術でスライムの周囲の空間を丸ごと凍らせてしまった。
こんなもの気づいていても防ぎようがないだろう。
「ふん、相変わらずつまらない戦い方だよ。君は!」
「すまんな。ニトテキアにも言ったが、倒すことだけを優先させてもらった」
赤木さんがふてくされたようにデュトワさんのすねを蹴る。
それを気にすることもなく、デュトワさんは疲労した様子も見せずに、あっさりとそんなことを言ってのけた。
これが、上の探索者たちか……。
ともかく、ワームの姿をしたスライムもこれで討伐完了だ。
これらの報告をするために、俺たちは残りのスライムたちの様子を確認してから、改めてダンジョンから帰還することにした。
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