第127話 ざんねんな魔獣の進化
「けっこう疲れるな……甘く見てたかも」
「そりゃ、自分の魔力はほとんど使ってないにしても、毎回毎回あれだけの魔術、魔法を使ってたらね」
「無理しないで、危なくなったらそこで休みなさいよ?」
俺は魔力を消耗しないから大丈夫だと思っていたけど、魔法として扱うだけでも疲労は蓄積されるようだ。
あと、夢子が指さしたそこって……紫杏だよな。
どうやって休ませようとしてるんだ、こいつ。
「いつでも空いてるよ~」
「行かねえよ」
ショックを受けたふりをするな。
というか、今日はダンジョンの中でも、やたらと抱きついたり手を握ったりとスキンシップが激しいじゃないか。
毎日あれだけ吸われてるのに、欲求不満とかじゃないだろうな……。
「でも、今のところ順調みたいだな。倒した後に産まれてこそいるけど、ちゃんと回数を重ねるごとに減っている」
全滅させて、最初より少ない数が復活して、最後は魔力不足で産まれた小さなスライムを倒す。
それの繰り返しで、今のところこのダンジョンのスライムたちを確実に減らすことができている。
「それにしても、検証にしてはもうずいぶんと倒してしまってますけど、大丈夫だったんですか?」
これって、スライムたちが強くなる速度を高めてしまっていないだろうか。
そう不安になり、デュトワさんへと尋ねる。
「……そうだな。このままではスライムたちの進化は止まらないだろう。だが、すでにスライムたちは攻撃手段を得てしまった。もはやあいつらは、他の魔獣にやられるだけの存在ではない。すぐにでも【初級】ダンジョンの魔獣を倒すかもしれん」
「そうなると、次は【中級】、そして【上級】、ダンジョンの終わりは、私たちが思っているよりずっと近い未来のようだね」
げ……すでにそんな危機的状況なのか。
それならば、こうやってスライムを倒して回るのもうなずける。
スライムをなんとかする手段は、こうして地道に確実に根絶する以外にない。
なにもせずにスライムを放置するよりは、少しでも減らしていくしかないってわけだ。
……ダンジョンっていくつあったかなあ。俺ひとりじゃないにせよ、いったいどれくらいかかるんだろう。
「ここもこれで終わりですね!」
俺と違って元気いっぱいなシェリルの声を聞き、次の場所へと向かう。
そして再び周囲の魔力を消耗しようとしたのだが、それをデュトワさんに止められた。
「あの?」
「もういいんじゃないか?」
どういうことだ?
まだこのダンジョンのスライムを倒しきっていないぞ。
現に目の前では、スライムの群れが蠢いている。
「……そうかもしれないね。少年、このあたりで一度検証してみるべきじゃないかい?」
赤木さんもデュトワさんに賛同しているようだが、検証って……なんかするべきことあったっけ?
「えっと……なにを検証するんですか?」
「ん? 少年、君まさかこの調子で、すべてのダンジョンのすべての場所を巡る気じゃないだろう?」
巡る気でした……。
だって、そうしないとスライムをすべて、ダンジョンから排除することなどできないじゃないか。
だけど、二人はそうじゃないらしい。なにかいい方法でもあるのか?
「……たしかに、この方法でも確実にスライムは減っている。だが、この方法では数年はかかるため現実的ではない。浩一も言っていただろう?」
「う……でも、少しでも減らせたらと思いまして」
「その志は良いが、効率的にいくとしよう」
「と言いますと……」
俺と同じようなことができる探索者を集めるのだろうか。
「犬の嬢ちゃん。あのスライムたちを倒してみろ」
「はあ!? いまさら、あんなやつらに負けるわけないんですけど! 見てなさい! ささっと倒してやりますから!」
シェリルの扱い上手だな……。
と思っていたが、別に挑発したわけではなく、シェリルが勝手に興奮してしまっただけみたいだ。
気まずそうなデュトワさんの様子を見るに、うちの犬の沸点の低さは計算外だったのだろう。
「って、魔力をまだ消してない!」
スライムを倒すなら、周囲の魔力を消さなければいけない。
このまま倒してしまうと、豊富なダンジョンの魔力で新たなスライムを産み出すだけなのだから。
「いや、必要ない。それでは検証にならないからな」
再度デュトワさんに止められる。
ああ……シェリルのやつ、スライムを蹂躙してしまって。
仕方がない。次に産まれてきたやつらは、倒す前に周囲の魔力を消してしまおう。
そう思っていたのだが、スライムたちの数がおかしい。
たしかに全滅した。そしてたしかに新たなスライムを産み出した。
だけど、よくよく観察すると、最初にシェリルが倒した数よりも減っている。
これまでなら、最低でも同数。最悪の場合は倍ほどの数へと増えていたのに。
「順調ではあるが、まだ足りないみたいだな」
満足そうなデュトワさん。つまり、これが検証で結果も好ましいものだったと……。
ああ、そういうことか。冷静になって考えれば当然だ。
「周囲の魔力関係なく、スライムの魔力を優先して使うように進化してるってことですか?」
「ああ、進化したスライムの情報を群れで共有しているんだろうな」
たしかに、環境に適応したらそれは他のすべてのスライムへと共有していた。
そこに例外はない。物理耐性を得たスライムも、死に際にダンジョンの魔力を消費して繁殖できずに、やむを得ず仲間の魔力で繁殖したスライムも同じこと。
どちらも、今の環境への適応であり、進化だ。
スライムたちは、そうしてどんどん進化していってしまう。
そういう生き物だから、こいつら自身抗うことはできないだろう。
もっとも、そんなこと考える知性はないのだろうけど。
「?????」
ああ、シェリルの理解を超えてしまった。
同じようなことを大地やデュトワさんから説明されるも、シェリルは途中からお腹が空いたような顔をしていた。
「がんばってみんなでスライムを倒そう! ってことだよ」
「なるほど! さすがはお姉様ですね!」
まあ、納得したのなら何も言うまい。
「とりあえず、まだ足りないみたいだから、また周りの魔力をなくした状態で倒すか……」
「そうだね。シェリルは合図があったらスライムを倒せばいいと思うよ」
「ははははは! スライムなんていちころですよ! あ、でも耐性があるからにころですね」
◇
頼もしいんだか、そうでないんだか、よくわからないけど、シェリルはきちんと指示どおりにスライムたちを倒し続けてくれた。
スライムたちは身体の一部を鋭利な爪へと変化させて反撃をする。
シェリルの攻撃を学習して、また新たな攻撃手段を得る進化をしたってことだ。
だがあくまでも、まだまだ未熟な付け焼き刃。本家本元のシェリルの爪の前に、あえなく撃沈していく。
「そろそろ試すか」
デュトワさんの言葉に、一度魔法剣を消滅させる。
けっこう倒したからな。そろそろスライムたちにも変化が起きていることだろう。
急に俺が魔法を解除したため、シェリルはお預け状態のようにそわそわし始める。
「倒しちゃっていいぞ」
許可を出してやると、元気にスライムへと向かっていく。
ほんとに疲れ知らずだなあ。
「とりゃあ~!!」
まだスライムたちはシェリル一人で倒せる。
だけど、反撃の数もずいぶんと増えている。
かつての無抵抗でやられるだけだったスライムたちは、もうどこにもいない。
すでに、【初級】ダンジョンの魔獣程度の強さになっているんじゃないか?
スライムたちが強化されるのが先か、共食いする進化を遂げるのが先か、もはや時間との勝負だ。
だから、これで成果がなかったら、いよいよまずいことになる。
「たおしました~」
帰ってきたシェリルを紫杏が抱き寄せ、俺たちはスライムたちがどうなるかを見届ける。
「感謝するぞニトテキア。これならギリギリ間に合いそうだ」
スライムたちは再び産み落とされた。
だけど、その数は明らかに最初の数よりも少なくっているのだった。
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