第126話 とある根絶プロジェクト

「嘘だろ……これで増えるならもう無理だぞ」


 デュトワさんと紫杏に周囲の魔力を観測してもらった。

 もはや、俺の魔法剣以外発動できないだろう。それほどまでに周囲の魔力は根こそぎ使い切った。

 その状態で先ほど産まれたスライムを倒したというのに、そいつはたしかに目の前で誕生してしまった。


「で、でも、ちっちゃいですよ!」


 落ち込みそうな俺を気遣ってか、シェリルは産まれたばかりの小さなスライムを指さした。

 たしかに、これまでのスライムよりもはるかに小さなサイズだ。

 それに一匹しか産まれてくることもなかった。でもなあ……小さくてもスライムはスライムだ。

 魔力がない状態で産まれるのであれば、もうどうすることもできない。


「でも、なんで増えたんだろうね?」


「私たちだって、いまだに魔力を取り込めないくらいには、周りには魔力がなくなってるわよ? スライムだけが繁殖のために、魔力を使えるのはおかしくない?」


 たしかに、二人の言うとおりだ。

 この場の魔力はすべて俺の魔法剣に使用してしまった。

 魔力の供給にせよ、魔術やスキルの行使にせよ、ダンジョンの魔力を消費する行為はできなくなっているはず。


 少ない魔力で繁殖できるように進化したというのはまだわからなくない。

 だけど、まったく魔力がない状態で繁殖できるようになったら、それはもうダンジョン以外でも無限に増えるということになる。


「ダンジョンを安全化するとか言って、無責任に持て囃している連中に言ってやりたいね。このスライムは下手したらダンジョンどころか、現世界の魔力を吸い尽くしながら増え続ける最悪の外来種かもしれないと」


 再生や繁殖にダンジョンの魔力を使用しないというのは、要はそういうことなのだ。


「うう……数ばかり多くて、まるで私を裏切ったあの憎っくき狼のようです」


 まだ根に持ってたのか。

 シェリルが思い浮かべているのは、ウルフダンジョンの狼たちのことだな。

 そういえば、あいつらも現聖教会のせいで、本来なら同族で間引くところを、ボスが統率してしまいえらい数になってたな。

 おのれ現聖教会の元お偉いさんどもめ。


 …………間引く?

 いや、それよりは共食い?

 試す価値はあるか。


 周囲の魔力を使おうとするも魔法剣は発動しない。

 つまり、まだこのあたりの魔力は枯渇したままということだ。

 俺はそれを確認してから、小さくも忌々しいスライムに斬撃を飛ばした。

 小さいながらもしっかりと耐性はもっているようで、一撃目には耐えられてしまったが、同時に襲いかかる十一の斬撃の前になすすべなく消滅する。


「善、気持ちはわかるけど八つ当たりは……」


「いや、たぶんあいつはもう繁殖できない」


 大地が心配したように声をかけてくれるが、俺は大丈夫だ。

 仮説が正しければ、こいつらもきっとギリギリの状況のはずだから。


「…………ほう、たしかに、烏丸なにか気づいたのか?」


 魔力を感知できるからか、デュトワさんは早々にスライムはもう増えないと判断し尋ねてきた。


「こいつら……と言っても、もういませんけど。魔力を外部から取り入れなくても繁殖できるようになったんじゃなくて、仲間の魔力を喰い合って繁殖するようになったんじゃないですか?」


 気になったのは数がどんどん減っていったことと、最後にはその大きささえ保てなくなっていたことだ。

 環境に適応したというには違いないだろうが、かなり無理して繁殖しているからじゃないだろうか?

 まるで一匹を産み出すために、複数のスライムたちが犠牲になっているかのようだ。

 こいつらの目的がスライムを一匹でも生かすことであれば、そんな生態に進化したとしてもおかしくはない。


「善も悪もなく、ただ種を存続させることが目的か……徹底しているな」


「私たちのように個というものがないようだね。だから、自らが犠牲になったとしても、一匹でもスライムを残せばこいつらはそれでいいというわけか」


 ゴブリンや狼たちでさえ、群れのためにそんな自己犠牲はしないだろう。

 だけどやはりスライムは他の魔獣とは違うみたいだ。


「だが、まずはその仮説が正しいか検証するべきだな」


「ん? え~と、先生の超最強魔法剣を使っても、スライムは復活するようになったんですよね? じゃあ倒したら増えちゃうし、他のスライムが進化しちゃわないですか?」


「しちゃうね。でもそれでいいんだよ」


「はあ!? 今までせこせことスライムだけ倒さないようにしてたのは、進化したらだめだからじゃないですか!」


 シェリルが大地に食ってかかる。

 まあ、今までどおりなら無駄に進化させるなんて、愚行にもほどがあるからな。

 だけど、たぶん事情が変わった。

 スライムたちには、ぜひとも進化してもらうべきだ。


「もしかしたら、スライムたちが共食いして減るように進化するかもしれない」


「先生が言うのなら正しいと思います!」


 ちゃんと自分で考えて言ってる? 俺と紫杏の言葉ならと、なんでも信じるようになっちゃだめだぞ。

 デュトワさんは、すんなりと言うことを聞くようになったシェリルを楽しそうに見ていた。


「それじゃあ、スライムたちの群れを適当に探して倒そうと思うんですけど、いいですか?」


「ああ、言ったろ。ニトテキアの行動を邪魔することはない。もしも失敗したら、あとで浩一に謝ればいい」


 そうはなりたくないものだ。

 ただでさえストレスが溜まってそうな一条さんに、スライムで遊んでたら増えましたなんて言おうものなら、怒るか倒れるかするかもしれない。


    ◇


「そこら中にいますね! これから倒されるとも知らずに!」


 スライムたちは、わざわざ探す必要すらないほどダンジョンのいたるところに、大量に生息していた。

 もはやワームよりも数も総重量も多いと思う。

 そう考えると、すでにどこのダンジョンもスライムたちに支配される直前といえるのかもしれない。

 ……だからこそ、今回こそ成功してもらわないと困るな。


 ある種の願いを込めながら、俺は周囲一帯の魔力を根こそぎ使用した。

 スライムもワームたちも異変に気付く様子もなく、俺の手元には魔法剣が造られる。

 紫杏が親指を立てているし、デュトワさんも頷いているので、今回も魔力は無事消耗しきれたようだ。


「さあ、我が物顔でダンジョンに居座れるのもここまでですよ! 大体赤って色がだめなんですよ! もっとこう、水まんじゅうみたいな見た目になって生まれ変わってください!」


 ……お腹すいたのかな。いや、さっき水まんじゅう食べてたから、そのせいかもしれない。

 というか、そんな見た目でも食べたらだめだぞ。


 シェリルの攻撃にスライムたちはほとんど無抵抗に倒されていく。

 まだまだ耐性は軽いもので、一撃こそ防ぐものの二撃目を食らうと倒されてしまう。

 ならばと魔術で反撃もするが、いまやプレートワームの攻撃さえ悠々と避けるシェリルにはかすりもしない。


「先生!」


 シェリルが跳躍し、こちらへと急接近する。

 そして勢いをそのままに頭をこちらへと向けると、俺の手前ギリギリのところで着地した。

 ああ、うん。わかったよ。


「ふわ~~」


 一仕事を終えたのでほめられたかったようだ。頭をなでてやると満足そうに脱力した。

 最近紫杏にほめられてばかりだったから、たまには俺にほめられたくなったんだろうな。


 さて、スライムたちの様子はというと……。


「やっぱり、次のスライムが産まれること自体は防げないけど、数は確実に減ってるな」


「うん。それに魔力の流れはわかった。善の考えどおりだよ。シェリルにやられる直前で、他のスライムたちの魔力を吸い取ってた」


 どうやら、成功したようだ。

 あとは、これを各ダンジョンにいるすべてのスライム相手に繰り返しか……。

 はやく進化してくれないかなあ……。

 俺は、これまでスライムに思っていたことと、真逆のことを考えるようになってしまった。

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