第125話 ダーウィンへのため息

「いや、待てデュトワ。君、冷気上げすぎだぞ」


「そのようだな。すまなかった、もう少し魔力を抑える」


 赤木さんの指摘を受け、デュトワさんは魔力を調整し始める。

 しかし、ちょっと遅すぎたらしい。

 そのことに最初に気がついたのは大地だった。


「……なんか。スライム死んでない?」


「えっ? ああ、本当だ。寒すぎて死んだってことか?」


 壁の向こうにいたスライムたちがやけに動かないとは思っていたが、どうやらこの冷気には適応していなかったようで次々と死んでしまう。

 さすがは【超級】の探索者と言うべきか、それとも前回の掃討作戦では氷を扱う探索者が少なかったのか。


「おいデュトワ。君がスライムを倒してどうするんだ……」


「……ニトテキア。すまなかった」


 デュトワさんは反省したように、こちらに頭を下げて謝罪した。

 まあ、ここで何匹か倒したところで、探索者がいないときに魔獣に返り討ちにされる数と比べたら誤差だろう。

 もっとも、一条さんあたりが聞いたらデュトワさんが怒られそうだが。


「まあ、少年のおかげで繁殖こそしてないようだが……気をつけたまえよ、君」


 あの赤木さんのほうがまともなことを言っているという、なんとも珍しい光景を目にしてしまった。

 一方でスライムたちは、たしかに倒れて消滅こそしたものの、俺が直前に使った魔法剣の影響で繁殖していないようだ。


「ん? またワームが近づいてるみたいだね」


「ではしかたない。この件はこれ以上追求しないでおこう。これ以上彼らの邪魔するわけにもいかないからな」


 新たな魔獣の接近に気づいた大地の言葉で、俺たちは再び戦闘準備を行う。

 赤木さんは不承不承といった様子で、デュトワさんとともに戦闘の邪魔にならないように後方へと下がった。


「シェリル。そのスライムたちの真下からくるよ」


「ええっ!? どうすればいいですか? 私は強いからワームの攻撃も避けられますけど、スライムたちは雑魚だから食べられちゃいますよ!」


 手はずどおりに、ワームの囮を務めようとしたシェリルだったが、むざむざと目の前でスライムが大量に死ぬことに躊躇したらしい。

 だけど、どのみちこいつらもう死にそうだから大丈夫だと思う。


「シェリルはいつもどおりワームだけに専念してくれ。俺は念のためスライムが使う魔力を奪っておくから」


「わっかりました~!」


 まだ繁殖するほどの魔力は周囲にないかもしれないが、一応残っている魔力を追加で消費する。

 さすがにこのたありの魔力量もだいぶ減っていたため、たいした魔法剣にはならなかったが、今回は魔法剣はあくまでもおまけだからこれでいい。


「地を這うことしかできない魔獣たちよ! 私の身軽さに指をくわえるがいいです! まあ、指ないんですけどね! どっちにも!」


 ワームとスライムだからな。指どころか手がない。

 シェリルがドヤ顔で飛び上がると、ワームが地中から顔を出す。


 当然ながらシェリルは無事だ。

 しかし、ワームは動かなくなっていたスライムを大量に大口で飲み込んでしまった。

 きっと、普段もこんなふうに勝手に殺されては増えていたんだろうなあ。


 飲み込まれてしまったのでスライムの姿を確認できないが、きっとすでに消滅していることだろう。

 となれば、あとはワームを倒すだけだ。

 最初は散々苦労したプレートワームだが、さすがに他に気をかける必要もなければ、倒すことはそう難しくもない。

 パーティ全体があの頃よりもわりと成長できているなあなんて思いながら、俺たちは危なげなくプレートワームを撃破した。


「見事だな。しっかりと連携もできていて、それでいて地力も高い」


「どうだい! 私の今のイチ押しのパーティさ!」


    ◇


「でも、こいつってこれでも弱体化してるんだよな。ダンジョンの魔力がもとに戻ったら、今みたいに倒せるんだろうか」


「それなら、倒せるようになるまで善がそのへんの魔力消費しちゃえば?」


 いい案に思えるが、残念ながらそれはできない。

 できないというよりは意味がない。


「ダンジョンの魔獣は、一度産まれてしまえばあとはダンジョンの魔力そこまで関係ないからなあ……すでに存在している魔獣相手だと、ダンジョンの魔力を減らしても意味ないっぽいぞ」


「まあ、そう簡単ではないか」


 もちろんこのスライムみたいに、周囲の魔力を使う相手には有効なんだけどな……。

 このスライム?


「あれ、まだ生きてるスライムがいたのか」


「いや、違う……たった今、この場に産まれたスライムだ」


 見落としかと思ったが、デュトワさんの言葉はそれを否定した。

 ということは、ダンジョンの魔力がないにもかかわらず繁殖したということか? それとも、俺の魔法の制御が甘かった?


「すみません。次はもっと周りの魔力がなくなるくらいやってみます」


 そうデュトワさんに謝るが、赤木さんと二人顔を見合わせ何やら神妙な面持ちをされる。


「いや、空間内の魔力は、相変わらずよく制御できている。さっきも今もこの量であればスライムは繁殖できないはずだ」


 あまり魔力を減らしすぎるとみんなの邪魔になる。そう思ったら今度は減らしすぎた。

 それがスライムが増えてしまった原因と考えていたが、どうやら違うようだ。

 魔力のことだし、デュトワさんの言葉は間違いないのだろう。


「でも、現に増えてますよね?」


 さすがに倒した数ほどではないが、わずかとはいえスライムたちは新たに出現してしまっている。


「もしかして……これも、進化か?」


 俺の言葉に、みんな驚きながらも納得したような顔へと変わる。

 言った俺自身も嫌な想像だが、それならつじつまが合うのだ。


 ついさっきまで、周囲の魔力を減少させてスライムを倒しても、新たなスライムは産まれなかった。

 そして、デュトワさんは、そのときと今とで魔力量は変化していないと観測している。

 だったら、もうスライムのほうが変わったと考えるしかない。

 ただでさえ、通常の生物や魔獣と違いどんどん進化して、生態を変化させていく存在だ。

 もっとも重要であるはずの繁殖の生態が、環境にあわせて進化しても不思議ではない。


「嫌になるね。何をしてもすぐに対処されてしまうってわけかい。デュトワ、私や君どころか、あらゆる探索者より強くなるぞ。このスライムたち」


「それは困るが、ありえなくはないな」


 もちろん、赤木さんとデュトワさんの話は、今日明日といった近い未来ではない。

 だけど、そう遠くない未来かもしれない。

 この二人ですらかなわないスライムの群れなんて、想像したくもないぞ。


「今回は、少ない魔力でも繁殖できるように進化したってところかしら」


「だとしたら、善にいっそのこと魔力を完全に消費してもらってから倒せば、増えなくなるかもね」


「そうなると、大地も夢子もいずれ魔力切れでお荷物ですね!」


 なんでそんなにうれしそうなのかと思う間もなく、シェリルは大地にほおをひっぱられた。

 ついに魔法でちまちまと報復するのではなく、直接お仕置きするようになってしまったか……。


「おねえしゃま~!」


 助けを求められるも紫杏はにこにこと笑っているだけだった。

 さすがに言い過ぎたため、シェリルへのお仕置きが必要だと考えたんだろうな。


「えっと……とりあえず、もうちょっと周りの魔力を使ってみるよ」


 なんか楽しそうな仲間たちを背にしながら、俺は魔法剣を再び発動するために周囲の魔力をかき集めるのだった。

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