第121話 嫌なことからは目を背けよ
「それなんですけど……どうやら、あのスライムたちは統合に失敗したようなんです」
「なに?」
「たしかにファントムは、あのスライムをばらまき進化させ、最後は強力な魔獣として一つにまとめようとしていた形跡があります。ですが、どうやっても統合できない失敗作だったとあります」
「それで廃棄したということですか」
ファントムの企みはすでに失敗していたらしい。
それはいいことなんだが、その失敗作を嫌がらせのようにダンジョンにばらまくなよ……。
「なるほどね……思っていたよりは、新しい情報もあったわね」
「ファントムの置き土産か、あるいはいまだに生きのびているファントムの企みなのか、どっちにせよさっさと片付けないとまずそうだな」
「肝心の片付ける方法がなにも進展してないけどね……」
管理人さんたちは、一様にため息をついてその場はお開きとなった。
◇
「そういえば、これ以上スライムを倒すなとか、ダンジョンには立ち入るなとか言われなかったな」
スライムの凶悪性は、日々情報が更新されていってる。
そのため、そろそろ不用意な接触の禁止を言い渡されると思ったのだが、そういった話はでなかった。
スライムだけでなく、ファントムという脅威の可能性もあったため、それどころではなかったのかもしれない。
「たしかにあのスライムは厄介な魔獣だけど、だからといって放置するわけにもいかないからね。管理人たちは、ダンジョン内部の魔獣とスライムができる限り争わないよう監視するのに忙しいみたいだし、今後も僕たちが調査するってことでいいと思うよ」
そりゃなんとも大変そうな話だな。
ダンジョンの魔獣もスライムも、いつどこで戦いになるかなんてわからない。
それを四六時中見張って、可能な限りスライムを進化も繁殖もさせないようにするなんて、一条さんはちゃんと寝ているんだろうか。
「やあ、少年。斬ってるかい?」
各ダンジョンの管理人さんたちも帰ったので、誰もいないダンジョンの休憩所で話していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「げぇ、赤木さん」
「少年よ。ついに私の扱いが雑になり始めたな」
「日頃の行いのせいだ」
俺の言葉に特に傷つく様子もない赤木さんと、そんな赤木さんを呆れたように見るデュトワさん。
赤木さんだけなら、ただの奇行かもしれないが、デュトワさんもとなると、俺たちになにか用事だろうか。
「少年、君なんか私を蔑むようなこと考えてないか?」
「考えてません」
というか、あんた蔑んだら喜ぶじゃん。
助けを求めるようにデュトワさんに視線を向けると、それに気づいたのか赤木さんを止めるように口を開いた。
「凛々花、あまり迷惑をかけるな。若いやつらの時間を奪うもんじゃない」
「はあ……枯れてるねえ、君は。大体そんなことを言えるほど年食ってないだろ。君も、私も」
それはたしかにそうだ。二人ともせいぜいちょっと年上のお兄さん、お姉さんってくらいだ。
「今、お姉ちゃんって呼ぼうとしたかい?」
「してません」
このままではらちが明かない。そう判断したのかデュトワさんは、赤井さんを無視して要件を話しだした。
なんか、この変態いつも無視されてるなあ……。
「さて、用件だが護衛だ」
「護衛……ですか? 誰の?」
「ニトテキアだ」
護衛と言われたときに、てっきり俺たちに誰かを護衛してほしいと依頼されたのかと思った。
だけど、その対象が俺たちってことは、もしかしてこの二人が俺たちを護衛するってことか?
「そう! 話は聞かせてもらっている! ……進化するスライムの群体に、倒し漏れていた可能性があるファントムだろ? さすがに、君たちにすべて押しつけるわけにはいくまいよ」
あ、そこはちゃんと小声で話すんだ。
一条さんの管理するダンジョンで、周囲に人はいないけど、わりと徹底してくれているんだな。
その気遣いを、もっと他にも回すべきなんじゃないだろうか。
「浩一はダンジョンの管理や、管理局との連携に忙しそうだからな。知人である俺たちが、お前たちを守るようにと言われている」
「チェンジでお願いします!」
あ、シェリルが嫌がってる。
落ちつけ。赤木さんはともかく、デュトワさんはまともだぞ。
「だそうだ。デュトワ、別の者を派遣したらどうだい? できれば見た目だけでも幼い者がいい」
「むぅ……薫子に頼んでみるべきか」
「いや、そこの犯罪者のほうを別の人に変えてもらいたいんですけど」
なんか、このままだとデュトワさんだけ変えられそうだ。
しかも赤木さんが欲望のままに好き勝手言ってるので、さすがに大地が止めに入った。
「安心したまえショタよ! 別の幼い者がこようと、君の幼さがかげることはない!」
「じゃあ、厚井さんと交換で」
「そうか。どのみち薫子には、連絡が必要ということだな」
「聞いてくれないか?」
相変わらずにぎやかな人だな。
でも、この人がいると話が進まないし、悪いが俺たちも見なかったことにしておこう。
「でも、いいんですか? デュトワさんって、【超級】パーティのリーダーだから、忙しいんじゃないですか?」
「いや、俺たちも不用意にダンジョンには入れなくなったからな。ダンジョンを管理していないメンバーは、暇を持て余している」
デュトワさんは管理人ではないようだから、暇なほうのメンバーらしい。
しかし、改めて異常な状況だな。【超級】パーティでさえ、下手に探索できないとは。
「というわけで、俺と……薫子は、お前たちについていくだけだ。こちらに気を遣うことなく、これまでどおり調査をしてくれ」
「あれ、私が消えてるな。まだ薫子も承諾していないだろう。私で我慢しておきたまえよ」
我慢って言っちゃったよ。
厄介者だと自覚があるのなら、もう少し自重してほしいものだ。
「じゃあ、厚井さんに迷惑かけるのもあれなんで、赤木さんで我慢します」
「はっはっは、さすがは少年だ。我慢強さも強くなるためには必要だからな」
自分のことなんだと思ってるんだろうこの人……。
なんだか先行きが不安になりそうだけど、実力だけは本物だし護衛してくれるというのであれば、受け入れることにするか。
「それで、これからどうする?」
大地にそう尋ねられるが、すぐには答えられなかった。
そもそも俺たちは呼び出しがかかるよりも前に、あのスライムたちをこれ以上強化してはいけないと思って引き返してきたわけだし。
「スライムは下手に関わっちゃいけなさそうだし、ファントムでも探すか?」
それも、スライムの問題を先延ばしにしているだけなので、あまり気が進まないけどな。
「そもそも、ファントムが生き延びているかもわからないけどね。あれ以来噂の一つも聞かないじゃない」
そうなんだよなあ……。だからこそ、今日もしかしたらまだ生きているなんて聞いて驚いたのだから。
どうにも、行き詰ってしまっている気がする。
スライムの問題も、ファントムの問題も、まるで解決できる気がしない。
「そんなときは、どっちも忘れちゃおう」
うんうんと唸っている俺に、紫杏が明るい声でそう言った。
「だって、善だけで解決しなきゃいけないわけじゃないでしょ? なら、今日は探索でもレベル上げでもすればいいよ」
「いや……まあ、そうなのか?」
たしかに、俺たちだけで解決しないとなんて思っていたけど、管理人さんたちや管理局のほうでも、何か考えてくれているかもしれない。
ここで、無駄に考え続けるよりは、その報告を待つというのもいいかもしれないな。
デュトワさんのほうを見ると、表情を変えることもなく頷かれる。
「俺も同感だ。俺たちはニトテキアを護衛しろと言われたが、尻を叩けなんて言われていない。お前たちだけにすべてを押し付けようなんて思っていない」
決まりだな。なんか勝手に自分だけで解決すると気負いすぎていたようだ。
たまにはスライムのことなんか忘れてしまい、純粋に探索をしてみようじゃないか。
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