第122話 燃費は増やすもの
「スライムを忘れて探索しようと思ったんだけどなあ……」
こうもスライムだらけだと、さすがに忘れるのは無理だ。
気分転換すらさせてくれないとは、やるじゃないかゼラチンどもめ。
「ふむ……まだ脅威とは言い難いが、たしかに明確に攻撃してくるようになっているな。魔術が多いのは、広範囲の殲滅で多用されたからか?」
デュトワさんが、魔力の塊を撃ち出すスライムを見ながら、興味深そうに言った。
「学習して進化するとは、なかなか面白いスライムじゃないか……もしかして、私好みのショタを並べたらショタの形になるんじゃないか?」
同じスライムを観察している上位の探索者なのに、こうも違うのはなぜだろう。
そんな提案をするだけに留まらず、赤木さんは大地の方を向く。
「とりあえず、スライムに観察されてみないかい?」
「あなたこそ、スライムから学習能力をわけてもらったらどうですか?」
「はははっ、手厳しい!」
それにしても邪魔だなあ……。
いや、赤木さんじゃなくて、スライムがだが。
火の精霊やら魔法の扱い方、剣術の扱い方、せっかく自己を強化する手段を得たというのに、このスライムが現れたせいでほとんど試せていない。
今日くらいはそれに注力しようと思ったが、こうもスライムだらけの中、スライムを無視して戦うこともできない。
「スライム邪魔……」
「目に見える範囲だけでも倒す?」
「う~ん……倒したら強くなるからなあ」
大地の提案にどうするべきか悩む。
スライムたちはもう無害ではない。放置すると戦闘中に思わぬ事故の要因となりかねない。
だけど、倒すと耐性やら攻撃手段を学習してしまう。
「そこは悩む必要はないぞ。ニトテキアが手を出さずとも、どのみち魔獣との戦いで、今も強化はされているはずだ」
ああ、それもあった。
こいつらがこれ以上強くならない方法としては、探索者とも魔獣とも戦闘させてはいけない。
……無理だな。そんなことは。
いっそ開き直ってしまおうか。そう思った矢先、地中からこちらを目指しているそいつの重厚な音が、耳に届いた。
「きたよ!」
紫杏の声を聞き、敵に備える。
役割はすでにわかっているらしく、シェリルだけは俺たちの前へと出た。
「とりあえず今はこいつに集中で!」
「了解!」
なんせ前回はギリギリの勝利だったし、紫杏が攻撃を防がなかったら負けてただろうからな。
スライムにかまけてる暇はない。それに、ちょうどデュトワさんと赤木さんもいるのだから、スライムに何かあれば対応してくれるだろう。
さあ、プレートワームとの再戦といくか。
「出てきましたね! もう以前の私ではないんですよ! 今ならあなたなんか……」
目を閉じていたシェリルは、鼻をひくひく鳴らして不思議そうな表情を浮かべる。
「先生~。なんか、違う匂いがするような……」
そう言って、思わず目を開けて相手を確認しようとしたシェリルは固まった。
「うげぇ……虫っぽいきもさはなくなってますけど、もっと気持ち悪くなってません?」
俺もそう思う。というか、俺は普通のプレートワームの見た目のほうが断然いいと思う。
シェリルに食らいつこうと地中から出てきたプレートワーム。
それは、以前見たときとはまったくの別物のようになっていた。
「どういう状況だ? 寄生? いや、食われてる?」
デュトワさんが興味深そうに呟いたとおり、プレートワームの顔当たりはスライムで埋め尽くされていた。
スライムに寄生されているようにも見えるし、口の中に大量にスライムが入っているので飲み込まれているようにも見える。
「先生、どうしましょう?」
シェリルは余裕をもって敵の攻撃を避けている。
相手が弱くなっているせいか、シェリルが強くなっているせいか、少なくとも以前のような戦いにはならないはずだ。
このまま倒すか? 目の前の魔獣がスライムなのか、ワームなのか、どっちにせよ倒す以外の選択肢はなさそうだ。
「とりあえず、スライムが増えないように周りの魔力根こそぎ使ってみる! 俺はそれに集中することになるから、みんなで倒してしまってくれ!」
「先生に任されました! いきますよ、大地! 夢子! 頭をなでてもらうのは私ですけどね!」
「なでられたがってるのは、シェリルだけだから」
「……もう完全に犬ね」
張り切って突っ込んでいったのでわりと心配だが、大地と夢子が見てくれているから問題ないだろう。
俺は俺で急いで魔術の準備をしないとな。早くしないと、興奮状態のシェリルがスライムもワームもなぎ倒しそうだ。
「へい大地! 毒を貸しなさい!」
「もう、うるさいなあ……」
「でもわりと最適な行動なのよね」
とりあえず、おなじみの火の魔法剣を展開した。
そして周囲の魔力を消費して炎を燃やしていく。そのままでは周囲が炎だらけになるので、すべてを剣へと凝縮する。
お、これはいい感じかもしれない。魔獣とかを気にせずに魔法剣の火を育てることだけに注力できているからか、なんかいつもより魔力の制御が楽だ。
「おぉ……少年よ。この短期間で君はそこまで」
「邪魔するなよ。斬り合いもなしだ」
「わかっているとも、だから邪魔にならないよう叫んでないだろう」
「たしかに、いつもなら興奮して叫びそうだな」
問題はスライムたちが、ワームにへばりついてるってところだ。
いつもなら、スライムの周囲の魔力を根こそぎ奪えばいいだけだった。
あいつら、移動速度が本当に遅いからな。魔力が豊富な場所に移動する前に殲滅することも簡単にできた。
だけど、今回はあの巨体とスピードのワームとともに、常に高速で移動している。
これでは、さっきまでいた位置の魔力を奪おうと、ワームとともにすぐに別の場所に移動してしまう。
そうなると、スライムたちは繁殖に必要な魔力をすぐに確保してしまうことだろう。
「【両断】!」
「へえ、善の斬撃じゃないと傷一つつかなかったのに、シェリルでもなんとかなるもんだね」
「ほめていいですよ! どうぞ! 思う存分ほめてもいいです!」
「サイクロプスの倒し方が活きたわね。鎧を切り裂くと同時に傷口に毒が入っているから、前よりずっと楽に戦えてる」
じゃあ、このあたり全部の魔力を燃やすような感じでがんばってみるか。
だいたい、スライムごときが枯渇させることができるのなら、俺だってがんばれば一帯の魔力を枯渇させられるはずだろう。
赤木さんも言ってたように、もっと貪欲に成果を欲することにしよう。
自分のできることに勝手に天井を設けるべきではない。
「また死にかけが暴れそうです! ふっふっふ、ですがそれはもう知ってるんですよ! 遠くに逃げればそんな最後っ屁届きません! 残念でした~!」
「煽りながら全力で逃げてくるんだけど、あれ知性がある相手にやったらさぞうっとうしいだろうね」
「相手の攻撃ひきつける才能ありそうね。この子」
ワームは、みごとにシェリルと大地と夢子が、たった三人で倒してみせた。
なら、もうスライムたちもワームに便乗して高速で移動はできないはずだ。
あのあたりの魔力さえ消費してしまえば、繁殖することもなくなるんだろうな……。
そのほうが確実に繁殖を防げるし、わざわざこのへんの魔力すべてを消費する必要はなくなった。
だけど……せっかくだし、試してみたいなあ。
「いいと思うよ? なにか試したいんでしょ。善の好きにやっちゃいなよ」
俺を見守ってくれていた紫杏の言葉に、俺は一帯の魔力をすべて使い切ることを選択した。
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