第120話 良いニュースと悪いニュース、つりあいがとれたことはない

「つまりこの事件も現聖教会のしわざということ?」


「そうですね……。スライムたちを製造した責任は、現聖教会が負うべきです」


 管理人さんの指摘に、白戸さんはしっかりと相手の目を見て断言した。

 なんか前までと違うな。盲目的に理想のために行動しているわけではなく、しっかりと自分で考えているように見える。


「とりあえず、知ってることを話してもらったほうがいいんじゃない? 責任云々はそこから決めればいいし、そもそも管理局に任せるべきでしょ」


 管理人としては、そんなことよりも目の前の問題の解決を優先したいらしい。

 現時点で疲れが見えるほどだもんな。そりゃ、責任追及なんてしてる場合じゃないのだろう。


「資料では、コロニースライムと呼称されていました。名前のとおり、群体であることが特徴です」


「まあ、あれだけ大量につるんでるようならな。群れで活動しているんだろう」


「問題は環境への適応能力で、群れとして生きるために短期間で様々な進化をするみたいです」


 なんか嫌な予感が当たっている気がしてきた。

 黙って話の続きを聞いていると、俺たちにとっては当たってほしくない予想が語られていく。


「大量に仲間を失うようであれば、それ以上に増えるように進化し、それでも倒されるのであれば、仲間たちに自分を倒した攻撃の情報を伝えて、群れ全体でその攻撃に対処するように進化する。最終的には、あらゆる耐性と攻撃手段を得る魔獣らしいです……」


 ほらな。倒したら増えるし、倒した攻撃の耐性を得る。さらには、どんどん攻撃手段まで増えていく。

 しかも、そのスライムの子供だけでなく、コロニー全体でだ。

 俺たちは知っていたからいいけど、管理人さんたちはさすがに難しい顔をしてしまった。


「つまり……だ。俺たちはスライムを根絶するどころか、より強く、より多く、増えるようにしただけってことか」


「結果だけ見れば、そうなります……」


「一条とニトテキアの調査どおりか。しかも耐性は群れで共有しているとなると、調査報告以上に事態は深刻だな」


 調べるたびに悪い情報ばかりだからなあ。

 発見した俺たちだけでなく、報告を受けていた管理人たちも日に日に頭を抱えたくなっていたことだろう。


「一応聞いておくけど、対策はないの?」


「残念ながら、そこまではどこにも記載されていませんでした」


 どうやら、かなり苦労して情報をかき集めたようだ。

 新たな情報こそなかったが、俺たちの推測を裏付けることができただけでも、ありがたいと思う。


「そう……それじゃあ、スライムたちはなんでダンジョンにいるの?」


「それも……すみませんがわかりません」


 順当に考えれば、ファントムのしわざということになる。

 俺たちと戦う前に、ひそかにスライムをダンジョンに持ち込み、進化し続けたスライムを倒してスキルを得ようとしたのだろう。

 もっとも、その前にファントムは俺たちに倒されてしまい、スライムだけがひっそりと増え続けたようだが。


「ああ、そういうことか。わざわざ俺たちを集めた理由。ファントムを警戒したってことか?」


 デュトワさんくらい大きな身体の男性が尋ねると、一条さんは頷き答えた。


「ええ、ファントムはたしかにニトテキアに倒してもらいました。ですが、現世界のファントムと戦闘したことがあるならわかりますね?」


 わからない。現世界のファントムはなにかまずいのか?


「ええ……ファントムは分霊を作成できる。すべて倒さないと消滅はしない」


 そういえば、そんなことが書いてあったような……。

 どうやら俺はその可能性を無意識に排除していたらしい。

 あのファントムは会話が通じるどころか、人々を欺き裏で悪巧みをするほどの知性があった。

 そんなやつが分霊なんて作成したら、自分が複数存在することになる。

 それらすべてを操り、情報を統合するなんて無茶な話はないかと思っていたが……まさか、複数のファントムが活動していたのか?


「もしも、あのファントムが分霊を作成し、同じように生者のふりをして暗躍していたのなら、どこで話が漏れるかわかりません」


「面倒ね。こっちのファントムならそんなことは考えないから、ただ分裂するだけだったけど、知性があるなら保険として分霊を一体くらいは隠しておくでしょうね」


 つまり、その保険とやらも倒さなければ、ファントムが完全に消滅することはないわけか……。

 白戸さんを見ると、彼女も複雑な表情をしていた。

 自分を騙していたとはいえ仮にも母親だったやつだ。生きていることを喜ぶべきか、まだ脅威が残っていたことに危機感を覚えるべきか、難しいところだろう。


「ええ!? あの婆まだ生きてるんですか!?」


 場違いな大声が部屋に響く。

 うん。我が家のわんこの声だなこれ。


「シェリル」


「せっかく倒したのに、また悪いことしてるなんて、悪いやつです!」


「シェリル」


 一条さんの声はシェリルに届かない。

 きっと、シェリル自身、自分の大声で周囲の音が聞こえなくなっているのだろう。


「それによくわかりませんけど、分けてたってことは一つに戻せるんですよね! まずいじゃないですか! 私たちの戦法もばれてますよ、先生!」


「落ち着けシェリル。ファントムは元々死んでるから生きてないぞ」


「そこじゃないんだよなぁ……」


 ひとしきり興奮したのを見計らってシェリルをなだめる。

 興奮中になにか言っても、声は届かないことが多いからな。こうして一度落ち着いたタイミングでなんとかなだめるのが大事だ。


「たしかに……そこの獣人の子の言うとおりだな。ファントムは分霊を作るだけでなく、統合することもできる。そして、その時にすべての力が集約される」


 ということはなにか? 俺たちが戦ったファントムって、あれでまだ十全の状態ですらなかったってことか。

 まずくないか? 次に襲ってくるようなことがあれば、相手は油断しないだろうし、当然すべての力の集約とやらもしてくるだろう。

 そのときは、前回以上の強さってことになってしまう。

 ……はっきり言って、現時点では勝てる気がしない。


「……」


 そんなファントムの幻影にため息をつくと、一条さんが黙ってしまっていた。

 あの感じは……見覚えがある。悪いことを思いついてしまったときの様子だ。


「あの~、一条さん? なにか嫌な予感でもしましたか?」


「いえ、ファントムとコロニースライム。どうにも似た部分があると思いまして」


 似ている。そうかな?

 脅威であることには違いないが、それぞれ別方面からの脅威だと思うのだが。

 知性がなく本能というか、その生態でダンジョンを危機にさらしているスライムたち。

 知性があったため、現世界を支配しようと画策していたファントム。

 なんなら、真逆にすら思える。


「ファントムは自身を分裂させて、様々な場所で活動していました。それは、一つの意志のもとでの行動であり、分霊を含めたすべてがファントムという個です」


 そんなことしていたのなら、頭が破裂しそうな情報量だろうな。

 だからこそ無理と決めつけてしまっていたが、ファントムにはそれが可能だったんだろう。


「そして、コロニースライムもまたスライムすべてで一つの存在と考えられます。一匹でも生きていればそこから増えるでしょうし、末端のスライムが得た情報はすべて群れにフィードバックされてさらに進化していきます」


 たしかに、スライムはスライムで増え続けるという一つの目標のために動く群体だ。

 そういう意味では、目的は一つで操れる体がいくつもあるファントムに似ているともいえる。


「その特性が似ているからこそ、ファントムはコロニースライムを作ったのではないでしょうか?」


「はい、一条様の言うとおりです。ファントムは、裏で様々な魔獣を造っていました。そのため、自身が強くなることは後回しにしていたようです」


「それで、コロニースライムを利用しようとしていたということか。進化し続けたスライムたちを統合し、対処不能な凶悪な魔獣にする。そして、それに憑りつき自分の体として操ろうとしたってところか」


 じゃあ、今はまだスライムたちを強くしている段階ってことか?

 なんにせよ、あのスライムたちが強くなってしまうと、ファントムに利用されかねないということになる。

 ファントムがいるかどうかはともかく、どのみちあのスライムたちはなんとかしないといけないな。

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