第119話 おきみやげだけで満腹です

「当然、ここもスライムでいっぱいだな」


 前回来訪したときと同じくらいに増えてしまったスライムを見て、そんな感想が口をついて出てくる。

 増えたことは想定内だが、もう一つの予想は当たっていてほしくないなあ……。


 でもどうせこいつらにもあるんだろうな。耐性。

 なかば諦めつつ、俺は周囲の魔力を燃やしてスライムが使う魔力を消し去る。


「大地。頼んだ」


 ここにいるスライムたちは、俺もシェリルも夢子も倒してしまっている。

 それに、スライム掃討作戦でここを担当した探索者たちは、毒は使用していないという。

 そのため、ここのスライムたちが一度も受けたことのない毒による攻撃を試すことにした。


 これで、即死するようなら毒への耐性はないが、もしも生き延びるようなことがあれば、こいつらは食らったこともない毒への耐性を持っているということになる。

 ぜひとも、即死してもらいたいところだな……。


 スライムたちは、毒に侵されてからもしばらくは動き続けてから倒された。

 魔術を行使した大地には、そうなることがすでにわかっていたのだろう。

 赤木さんを相手にするときのように、面倒そうな顔でつぶやいた。


「ああ、残念ながらだめみたいだね」


「倒れるまでに時間がかかってたか?」


 気のせいと思えるくらいの小さな差だが、たしかにスライムたちは数秒間だけ毒に耐えているように見えた。


「それに、毒にかかるまでの抵抗もほんの少しだけ増えているみたいだよ。こうなると、スライム全体で耐性を共有しているという考えが正解っぽいね……」


 まいったなあ……。

 種全体で進化してしまうせいで、次々と新たな力を得ているってわけだ。

 ここのスライムを倒し終えたころには、別のダンジョンのスライムたちには、俺たちの攻撃が通じにくくなっているかもしれない。

 そして、その次のダンジョンでは、通じなくなっているかもしれない……。


 それに、今は耐性だけしか発見されていないが、攻撃手段とかはどうなんだろう。

 今でこそ攻撃なんかしてこない雑魚の魔獣だ。

 でも、例えば魔術を習得したスライムが現れたら?

 すべてのスライムが魔術で攻撃してくるようになるんじゃないだろうか。


「げぇっ! 今まで攻撃なんかしてこなかったじゃないですか!」


 悪い予感ほどよく当たるもので、シェリルの叫び声に目を向けると、そこにはたしかに炎の魔術を使うスライムがいた。

 まだ弱々しく、直撃したところで火傷にすらならないほどの小さな火だが、こいつらの進化する速度次第では夢子並の炎を扱うようになるかもしれない。


「きたばかりだけど、一旦逃げたほうがいいな」


「……また一条さんが頭を抱えそうね」


 情報は増えていってるけど、悪い情報ばかりだからなあ……。

 それでも、今見たことはすべて共有すべきだと判断し、俺たちは一条さんに連絡をとった。


『…………そう、ですか』


 なんとかしぼりだした。そんな声で答えられ、デバイス越しにも疲れが伝わってくる。

 一条さんの胃は無事なんだろうか。そう考えていると、向こうでなにかあったらしく、受付さんが一条さんを呼び出す声が聞こえた。


「なんか忙しいそうですし、通信を切りますね」


『ええ、すみませんが……』


 そうやって会話を終えようとしていた俺たちを遮るように、受付さんは大きな声で話を続けた。


『いえ! すみませんが、ニトテキアのみなさんも一度インプダンジョンまできてもらえないでしょうか!』


 俺たちも? なにか新たな情報でもあったのだろうか。

 まあ、これ以上コボルトダンジョンにいても仕方ないし、戻るのは別にやぶさかではないが。


『……そういうことみたいです。すみませんが、戻ってきてもらえたら助かります』


「わかりました。それじゃあ、すぐに向かいますね」


 今度こそ通信を終えて、俺たちは再びインプダンジョンへと向かった。


    ◇


「すみません。何度も往復させてしまって」


「いえ、ちょうど一区切りついたので」


 というか、移動している俺たちよりも疲れてる人を前に、文句など言えない。

 管理人の部屋まで行くと、出迎えてくれたのは疲れ切った一条さんと受付さん。

 それに、知らない人たちがたくさんいた。


「さて、ニトテキアも来たことだし本題に入ってもらえるかしら?」


「あ、すみません。俺たち待ちでしたか」


 知らない人ではあるが、なんとなく魔力やら佇まいやらで、この人たちが上位の探索者だということはわかった。

 なので、一応敬語は使っておく。シェリルも騒がないように紫杏に預けたので大丈夫だ。


「いや、むしろ使いっ走りのようにしてすまないな」


 俺の言葉に反応したのは、コボルトダンジョンの管理人さんだ。

 そういえば、帰るときに受付さんしかいなかったと思ったけど、こっちにきてたのか。

 ということは、もしかしてこの人たちは全員ダンジョンの管理人か?


「お気づきかもしれませんが、彼らは皆ダンジョンの管理者です。すみませんが、一人一人の紹介は省かせてください」


「ええ、わかりました」


 それだけ急いで本題に入りたいのか、わざわざ互いに紹介するほどではないからか、とにかくこの人たちは管理人だということさえわかればいいのだろう。


「それで、わざわざ集まってまで共有したい情報って?」


「今回のスライムの出処についてです」


「わかったんですか!?」


 さすが一条さんだ。疲弊しきった様子でも、もうそこまで調べ上げているとは。


「私が調べたのではなく、情報を提供していただきました」


 なるほど、俺たちみたいに調べてる人がいたということか。

 部屋に入ったときは、なんかすごそうな人たちがいると思ったけど、よく見れば全員疲れているようだしな。

 管理人たちは忙しいから、調査は別に依頼していたわけだ。


「件のスライムについては、彼女が知っているようです」


 そう言って一条さんが部屋に入るように促すと、俺たちも知っている相手、現聖教会の聖女が入室する。


「失礼します」


「……聖女」


「お久しぶりです、烏丸様。もう聖女ではないので、現聖教会の白戸美希です」


「ああ、悪かったな白戸さん」


 ちょっと不躾だったか。彼女にとっても聖女であった過去はあまり触れたくないだろう。


「美希でいいですよ」


「ああわかった。白戸さん」


「むぅ……手強いです」


 まだそこまで親しくないからな。

 夢子みたいに親しいとか、シェリルみたいに精神年齢が幼いとかでないのなら、そう簡単に名前では呼ばない。

 そうしないと紫杏が怖い。主に夜に怖くなる。


「現聖教会のリーダーがきたってことは、そういうことでいいのかしら?」


 一つ思い浮かぶのはファントムの人工魔獣事件だ。

 怪しげなスライムが様々なダンジョンに現れ、その情報提供者が現聖教会となれば、誰もがそれを思い浮かべるだろう。

 まさか、あのスライムたちも現聖教会が……?


「はい……大変申し訳ございません。母……ファントムの残していた資料の断片から、あのスライムたちはファントムが造った魔獣だと判明しました」


 先ほどまでの様子と変わって、白戸さんは心から申し訳なさそうに俺たちにそう言った。

 またかよ。樋道といいファントムといい、変な置き土産で迷惑かけるのやめてくれないかなあ……。

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