第118話 バッドニュースにぶぶ漬けを

「それは……いえ、まずは報告をしますね」


 俺たちの報告を受けて、一条さんは頭を抱えたそうにしながらも報告を優先した。

 ダンジョンの魔力が日々減っていくだけではなく、その原因のスライムたちはどんどん強くなっている。

 普通なら原因を倒せばいいのだけど、倒すとさらに強くなって増えてしまうなんて、どうすればいいのか見当もつかない。


「大変そうですね。アンパン食べますか?」


「いえ、ありがとうございます……」


 あのシェリルが気を遣う程度には、傍から見ても一条さんは参ってしまっている。

 しかし、しっかりと仕事はこなしているようで、管理局への報告もすでに済ませたみたいだ。


「シェリルって餡子好きだね」


「まあ、森の中にはなかったし、初めて食べたときに感動したみたいだね」


 そういえば、いつも休憩のときは洋菓子ではなく和菓子ばかり食べてるな。

 まあいいや。今はシェリルのことよりもあのスライムのことだ。


「しかし、物理攻撃耐性に魔法耐性、それに状態異常までですか……」


 額を抑えながら一条さんは、そう呟いた。


「まだ軽度な耐性だったみたいだけどね。でも、いずれは僕たちの攻撃が通用しないように進化するかもしれない」


「そうなってしまえば、スライムたちを根絶するのは不可能になるかもしれません……」


 俺たちでも倒せないとなれば、俺たち以上の力を持った探索者でないと相手にならないということだ。

 つまり、最低でも【超級】の探索者でなければ対処できないということになる。

 当然、そのレベルの探索者たちも協力してくれるだろうけど、スライムたちの数が多すぎる。


「でも、親世代が自分の死因の耐性を子供に付与してるなら、なんか変じゃない?」


「どういうこと?」


 夢子が疑問を口にし、紫杏がその言葉の意味を尋ねる。


「だって、私たちが今日倒したスライムたちって、みんな斬撃にも魔法にも毒にも耐性があったじゃない。前にスライムを倒したときは、どんな攻撃でも一撃で死んでたのよ? だとしたら、どれか一つの耐性しか子供に引き継げないんじゃないの?」


 たしかに、今日の検証でどのスライムにも必ず耐性があった。

 たまたま俺やシェリルが攻撃したスライムすべてが、物理攻撃耐性持ちだった。

 そして、夢子が倒したスライムは魔法の、大地が倒したスライムは毒の耐性があった。

 そんなスライムたちを引き当てたとは考えにくい。

 それよりも、すべてのスライムたちにすべての耐性があったと考えたほうがいいだろう。


「もしかして……直接の子供だけじゃなくて、群れ全体に耐性の情報を共有してるとか?」


「だとしたら、相当まずいことになっていますね……。前回のスライム掃討作戦は、多くの探索者に強力してもらっています。当然、それだけ様々な方法でスライムが倒されているはずですから」


 もしかしたら、あのスライムたちが持っていない耐性はないんじゃないだろうか。


「急にスライムたちが耐性を引き継ぐようになったのも、大量に倒された危機からなのかもね」


 大地の言うとおり、あの作戦までは耐性を持ったスライムなんかいなかった。

 あそこで死にすぎたことで、繁殖能力だけでは絶滅しそうだったため、スライム自体も進化したのかもしれない。

 だとしたら、ますます不用意にスライムたちを追い込むことはできないかもしれないな……。


「俺たちも、これ以上はスライムを倒さないほうがいいですよね?」


 たしかに、今のところスライムは増えていない。

 だけど、もしも俺たちが倒したスライムの情報が他のスライムに共有されているのなら、繁殖はしなくても耐性を得ることになるはずだ。

 当然、これ以上は倒すべきではない。止められるだろうと思ったのだが、一条さんからは真逆答えが返ってきた。


「……いえ、このまま放置してもスライムは増え続けます。それに、耐性を得るようになった以上は、ダンジョンに生息する魔獣との戦いでもそれは同じこと。でしたら、せめて繁殖しないように少しでも数を減らしたほうがいいでしょう」


 それがあったか……。もう今までとは違う。魔獣に敗北してもただ増えるだけじゃなく、その魔獣の最も得意な戦法に対する耐性を得て増える。

 しかも、スライムは各ダンジョンに生息している。

 もしも、別のダンジョンにいるスライム同士でも、耐性に対する情報を共有しているとしたら……あらゆる魔獣の戦い方に対応できるスライムが増殖する。


「まずは、スライムたちが本当に群れ全体で耐性を共有しているか、確認してみたほうがいいんじゃない?」


「そうだな。あくまでも推測にすぎないし、たまたま俺が倒したスライムは斬撃の、夢子が倒したスライムは炎の耐性があっただけかもしれない」


 可能性は限りなく低いけどな……。でも、紫杏が言うとおり、まずは検証したほうがいいだろう。


「一条さん。俺たちもう少しスライムの情報を得ることにします」


 この問題を解決するためにも、情報は正確さがものを言うだろう。


「ええ、すみませんがお願いします。うちのメンバーにも烏丸さんと同じように、スライムを増やすことなく倒せそうな者はいますが、下手に彼女の力への耐性を得られるとまずそうですので」


 たしかに、俺たちの攻撃手段への耐性だけならまだいいけど、【超級】パーティの攻撃方法への耐性なんて得られたら、たまったもんじゃない。

 であれば、この件の調査は俺たちが適任だろうな。

 頭を下げて見送る一条さんと受付さんに挨拶をし、俺たちは今度はコボルトダンジョンへと向かうことにした。


    ◇


「ああ、一条から話は聞いている。好きに使ってくれ」


 珍しくここにもダンジョンの管理人さんがいた。

 普段は受付さんに任せていられるけど、今はそうもいかない状況のためだろう。

 初めて出会うコボルトダンジョンの管理人さんは、一条さんよりもかなり年上の男性だが、やはり一条さんと同様にどこか疲れた様子だった。

 きっと、どこのダンジョンも今は大変な状況なんだろうなあ……。


「しかし、お前らも大変だな。管理局から直接依頼されたわけでもないのに、こんなわけのわからないスライムの調査をさせられて」


「いえ、こっちも探索したいので、それは別に……」


「そうか? まあ、お前らがいいのなら、余計なことは言わないが」


 たしかに、すでに俺たちの行動は管理局からのお墨付きを得ている状況だ。

 だけど、管理局とはなにかを会話したというわけではなく、あくまでも一条さん経由でいろいろと融通を利かせてもらっているだけにすぎない。

 管理局は管理局で忙しい状況だから、俺たちと話している余裕もないのか、一条さんがそれだけ信用されているのか。両方っぽいな。


「まあ、気をつけてくれ。スライムがどう変化するかは誰もわからんからな。当然コボルトだろうと油断はしないように」


「ええ、ありがとうございます」


 どこか投げやりな様子な人だったが、それでもダンジョンの管理人としてこちらに忠告をしてくれた。

 ほんの少しだけ疲れた様子の受付さんと二人で見送る姿を見るに、ダンジョンの関係者たちは肉体的にも精神的にも参ってしまっているようだ。

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