第117話 弱者の生存戦略

「僕のフォローはいらなかったみたいだね」


 ちょっと疲れたので、その場にへたり込んだ。

 案外うまくいったな。サイクロプスは、さすがに再生する間もなかったようだ。


「ずばー! びしゅー!」


 どうやら俺の魔法剣を気に入ったらしく、シェリルは自分の爪を剣に見立てて振るっているようだ。


「ほらほら、そんなことしてたら、スライムに当たるでしょ」


 夢子に手を引かれる姿は、もはや幼い少女のようだ。

 俺たちに近い年齢じゃなかったっけ……。


「でも、スライムも倒せるようになったんですよね?」


「そのたびに善が魔法を使う必要があるけどね」


 まあ理屈ではいけるはずだ。

 インプが倒したスライム相手に検証してうまくいったし、シェリルが倒したスライムでもうまくいくだろう。


「インプごと焼いてたけどね」


「いや、あれは魔獣相手だったからであって……さすがに、味方を巻き込んだりしないぞ?」


 だからそんなにびくびくするな。

 そうだ。せっかくだから、スライムを倒して改めてなにか案はないか考えることにするか。


「というわけで、スライムを一匹倒してくれ。シェリル」


「どういうわけですか!? 一緒に焼くからですか!?」


 そんなことしないというのに。

 やたらと警戒しているのは、火や毒を散々食らってるせいだろうか。

 なんとか言い聞かせると、シェリルはスライムへと向かっていった。


「魔法剣!」


「剣でも魔法でもないけど、とりあえずあのスライムの周りの魔力を消すか……」


 シェリルが爪でスライムを攻撃する。

 それとほぼ同時に、スライムの周囲の魔力をすべて使い切る……あれ?

 俺は魔法剣の発動を中断した。


「どうした、シェリル。倒していいんだぞ」


「むぅ〜?」


 シェリルは、自分の攻撃を受けても健在なスライムを見ながら、不思議そうに首をかしげた。

 てっきり加減したからかと思ったが、違うみたいだな。

 そもそも、いくら加減しようと簡単に倒れてしまうし、どうやらシェリルが原因ではないようだ。


「紫杏。あのスライムの魔力は今までと同じか?」


「……うん、特に変わりないよ。だけど、おかしいね」


 魔力が同じというのなら、基本的には強さは同じはずだ。

 なら、どうしてシェリルの攻撃で倒されていない?


「先生〜! こいつ、いつもよりしぶといです!」


「とりあえず周りの魔力奪っておくから、もう一回攻撃してみてくれ」


 紫杏は……すでに魔力を観測してくれているようだ。実に頼りになる。

 再び周囲の魔力を奪ってからシェリルが攻撃する。

 すると、今度はそのまま消滅してしまったようだ。


「繁殖は?」


「してないっぽいよ」


 ひとまずは安心だ。これでまた増えられたら、見つけたばかりの対処法に適応されたことになる。

 じゃあ、シェリルの攻撃には? もしかして、適応したってことか?


「シェリル、次はこいつも頼む」


「お任せください!」


 先ほど以上に気合を入れて、シェリルの爪はスライムを斬り裂いた。

 だけど……ほぼ死にかけだが、まだ生きている。


「これ……耐性がついたってことかな」


 たしかに、大地の言うとおりかもしれない。

 魔力に大きな変化がないのなら、ステータスもきっとこれまでと大差はないだろう。

 まさか魔獣が新たなスキルを習得するわけはないだろうし、もしかして次世代で耐性持ちのスライムが産まれたか?


「シェリルの攻撃への耐性なのか、爪なのか、斬撃なのか、物理攻撃なのか……とりあえず試してみるか」


 斬ればわかると思う。

 ということで、今度はシェリルではなく俺がスライムを倒すことにした。

 大地と夢子がなにか言いたそうな顔をしていたが、ちゃんと繁殖しないように倒すから大丈夫だ。

 

「魔法剣。燃やす。斬る」


 ちゃんと工程を間違えないように対処する。

 するとスライムは、やっぱり一撃だけだと生きていた。


「なるほど……次は、大地か夢子に魔法で倒してもらうか」


 もう一度スライムの周囲の魔力を燃やしてから斬ると、今度はちゃんと倒せた。

 斬撃か物理攻撃への耐性はできているっぽいな。


「毒はまた別に試したほうがいいから、先に夢子が試してみたほうがいいんじゃない?」


 たしかにそうだな。

 魔法による攻撃への耐性はあるか。毒のような状態異常への耐性があるか。

 どちらも検証してみるとしよう。


    ◇


 結論から言うと、魔法による攻撃にも、毒にも耐性があった。

 ついでに言うと、打撃に対しても耐性があることは確認済みだ。

 紫杏に頼んだら一撃で倒せたので、打撃への耐性はないと思ったけど、大地が杖で殴ったら一撃じゃ倒せなかった。

 大地の攻撃が弱いというよりは、紫杏の攻撃が強すぎて生半可な耐性とか意味なかったんだろう。

 

 そして、それらの耐性は当然すべてのスライムに備わっているのだろう。


「……進化してるってことよね?」


「納得もできるけどね。ただ無意味に次代につなぐだけじゃなく、しっかりと死因への対策を備えているのなら、次代はその脅威から生き延びる確率も高くなる」


 しかし、今までのスライムたちは、どいつもこいつも一撃で死ぬ脆い魔獣だった。

 それがなぜ今になって急にそんな特性が現れたんだ。


「もしかして、いろんなダンジョンで倒しすぎたせいで、絶滅の危機から次代へ耐性を残すようになったのか?」


「ああ……ありえそうだね、それ。あの日、何匹のスライムが倒されたかわからないけど、種の存続の危機であったことは間違いないだろうし」


「……あれが原因ってことなら、もしかしてあの時の探索者たちの攻撃方法をすべて克服してるんじゃ……」


「ええ!? まずいですよ! 最強候補の私ですら倒せない、無敵スライムになっちゃうじゃないですか!」


 今はまだ脆弱な魔獣ということにかわりない。

 だけど、次の耐性はいつ得る? そもそも、この耐性もどんどん強まっていく可能性さえある。

 下手したらシェリルが言うように、あらゆる攻撃への耐性を持った無敵のスライムたちになる危険性があるということか……。


「でも、それならそのうち他の魔獣にやられることもなくなるんじゃない?」


「それはそれで問題がありそうだな」


 紫杏の言葉ももっともだが、スライムが他の魔獣に負けなくなるとなれば、別の危険性がある。


「そっか。そもそもスライムは他の魔獣に襲いかかってるんだったね」


「ああ、今は一方的に返り討ちにあってるけど、もしも他の魔獣の攻撃が効かなくなったら、スライムが魔獣を狩るようになるかもな」


 スライムが他の魔獣を襲っている理由は、おそらく魔力を得るため。

 魔獣の死骸から魔力を吸収していたことから、それはほぼ間違いないだろう。

 そんなやつらが、搾りかすではなく、生きている魔獣の魔力を丸々得ることになるとしたら……。


「そうなったら、いずれどのダンジョンも、スライムが魔獣を狩りつくすことになる」


 それでは結局ダンジョンがスライムたちに占拠されてしまう。

 魔獣に負けて増え続けるとしたら、ダンジョン中の魔力を吸い取りながら繁殖する。

 魔獣に勝てるようになったら、単純に魔獣を獲物としてダンジョン中はスライムだらけになる。


 ……勘弁してくれよ。魔獣に勝っても負けても、結局ダンジョンがスライムのものになってしまうなんて。

 俺は頭を抱えたくなる気持ちで、一条さんたちにこのことを報告することにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る