第116話 虱のようには潰せない

「烏丸さん、それに北原さんも。この短期間のうちに、ここまで調べていただいたことは、本当に感謝しています」


 あの後、すぐに一条さんと受付さんに連絡をして、俺たちはスライムについて情報を提供した。

 しかし、一条さんは相変わらず難しそうに眉間にシワを寄せている。


「ですが……残念ながら、解決するのは難しそうです」


 そう。俺も冷静になって考えたが、この方法では解決には至らない。

 なんとかなると思って、つい急いで連絡したはいいものの、その途中でこの方法の問題に気がついてしまった。


「できる人がほとんどいませんか。やっぱり……」


「気づいていましたか……たしかに、異世界で言うところの魔法の技術は聞いたことがあります。ですが、それを実現できるのは、それこそ異世界人くらいです。それも、異世界人の中でも少数でしょうね」


 やっぱりなあ……。

 たしかに、こちらが先にスライムの周囲の魔力を使ってしまえば、スライムは繁殖に使う魔力が補えずにそのまま消滅する。

 だけど、あの方法も自分の魔力をまったく使っていないわけではない。

 あれでこちらの集中力やら魔力も、それなりに消耗しているのだ。


 あれと同じことをあと何回繰り返せば、ダンジョンにいるスライムを根絶できるのか。

 俺一人じゃなければ、それこそ先の大規模なスライム掃討のときのよう、大量の探索者の協力を得られるのなら、もう少し現実味を帯びたかもしれない。

 だけど、精霊たちが使うような魔法は、扱える人があまりいない。


「俺と何人かでやったとして、ダンジョン一つのスライムの根絶でさえ、数日以上かかりそうですね」


 数日ですめばいいが、実際のところはもっとかかるかもしれない。

 それをすべてのダンジョンで行うとしても、途方もない時間がかかりそうだ。

 しかも、下手したら途中で増えるし。終わったと思っても別の場所で増えられたら、ダンジョン一つの対処さえ難しい。

 だめだな。この方法では焼け石に水だ。


「スライムの新しい情報提供には感謝いたします。管理局から各ダンジョンの管理者に通達してもらい、この情報をもとに対応策はないか検討してみます」


「お願いします」


 今日のところは、スライムを増やさずに倒す方法を見つけただけでもよしとするか。


    ◇


「先生! お姉様! お久しぶりです。シェリルです!」


「知ってる」


「久しぶり〜」


 俺と紫杏を発見した途端に、シェリルがすごい勢いで走ってきた。

 最近会ってなかったからな。久しぶりの探索とあって、やる気に満ちているんだろう。


「ちゃんと良い子にしていました!」


「そうなんだ。えらいね〜」


「もうそれでいいや……」


 紫杏、たぶんそれ嘘だぞ。

 なんだか疲れた様子の大地を見るに、きっと元気いっぱいに大地と夢子を振り回していたんだろう。

 大地が諦めたようにシェリルを放置している様子から、きっと俺たちがいない間に散々な目にあったのだろう。


「犬って自分と相手の順位をつけるみたいだからね。私たちは、シェリルより下なんでしょ。きっと」


「一条さんが許可したとはいえ、あれが調子に乗らないように頼んだよ。善」


「俺なんだ……」


 まあいいけど、俺か紫杏がしっかりと見ておけば、シェリルも不用意にスライムを倒したりしないだろう。


 今日は久しぶりに全員での探索だ。

 別にスライム問題は解決していない。それどころか、きっと今も増え続けているんだろうな。あいつら……。


 そんな状況下だというのに探索の許可が下りたのは、例のスライム対策のおかげだった。

 俺がスライムを増やさないように処理するのであれば、本来出現する魔獣はもちろん、スライムを倒してもいいと言われている。


 あくまでも俺依存であり、その気になれば今までのように徒にスライムを増やせもするのに、なんとも思い切った許可をしたものだ。

 まあ、そんなことするメリットはないし、細心の注意のもとで探索をする気だけど……。

 管理局や各ダンジョンの管理人も、手立てがなくて困っているのかもしれない。

 新しい発見をできるかはともかく、無駄にスライムを増やさないようにだけ気をつけよう。


    ◇


「それにしても、こんなにすぐに対応策を思いつくとはね」


「現実的じゃない方法だったけどな」


 会話をしていると大地の耳がぴくっと動く。

 人間の耳となんら変わらないように見えるが、やっぱりウサギの獣人が先祖なんだなあと改めて実感した。

 それはともかく、この場でそんな反応をするということは、魔獣の接近音でも聞こえたってことだな。


「何匹?」


「一匹。どうする? 毒を使うか、善が剣術で倒すか」


 相手はサイクロプス。事前にわずかにレベルを上げたとはいえ、まだまだ倒すのは面倒な魔獣だ。

 単純にレベルを上げるだけというのであれば、大地に頼んで毒との複合技で問題ない。


「せっかくだし、いろいろ試してみていいか?」


「いいんじゃない? まあ、なにかあったら麻痺でもさせておくよ」


「さすが大地。助かる」


 新しいことを試すのだから、失敗してピンチになる可能性もある。

 だから、それをフォローしてくれるというのはとてもありがたい。


 赤木さんのおかげで、【剣術:上級】と【魔法剣:火】を覚えることができた。

 だけど、これで満足するつもりはない。

 というか、思いついてしまった。これ、組み合わせて使えばもっと戦えるようになるんじゃないかって。

 

「ええと、頼むぞ【剣術:上級】」


 スキルの発動にスキル名を口にする必要はない。シェリルはよく叫ぶけど……。

 しかも、【剣術:上級】は、常時発動しているスキルだ。

 なおさら、口にする必要はないのだが、これはあくまで自分の意識を切り替えるためだ。


 途端に、霧の奥からこちらに迫ってくるサイクロプスの存在が理解できるようになる。

 足音や敵意のような意志、魔力や気配が、霧の奥にいるはずのサイクロプスの存在をはっきりとしたものにする。

 【剣術:上級】を意識的に使って、剣士としての感覚を研ぎ澄ましている状態だ。


 そして、そのままサイクロプスに攻撃……とはいかず、火の精霊からもらったイメージを改めて思い出しながら、炎の魔法剣を発動する。

 霧も空気も魔力も燃やすように、集中し続けると炎はどんどん強くなる。

 大きくなるのではない。強くなっている。周囲を燃やすような大きな炎ではなく、魔法剣の周囲で揺らぐような火にすぎない。

 だけど、これが炎や魔力を圧縮した魔法剣であることは、俺が誰よりも理解していた。


 よし、魔法剣も剣技の延長ってことでうまくいった。

 【剣術:上級】で集中力を高め、【魔法剣:火】を今まで以上の完成度で作ることができた。


 サイクロプスが、俺と対峙する前に背を向けて逃げていくのも知覚できている。

 なので、逃げるよりも早く接近し、サイクロプスを一太刀のもとに両断した。

 それが同時に十二太刀。サイクロプスは、バラバラの細切れへと変わって炎とともに燃えていく。


「うっわあ……これ、めちゃくちゃ疲れる」


 息をするのも忘れていたらしく、俺は言葉とともに大きく呼吸を再開した。


「せ、先生が! 先生がぼわってやって、ばあって行って、すぱあって! お姉さま! すごいです!」


「ふふ、そうでしょ? 私の善はすごいんだから」


 興奮して喜ぶシェリルと、優しく笑う紫杏を見て改めてうまくいったんだなと実感する。

 まあ、【剣術:上級】を集中して使うよりも疲れるからな。

 やっぱり普段から使うことはできないが、使いどころを見極めることができれば大きな武器となる。

 これからも、レベルを上げるだけじゃなく、スキルを使いこなす方面での成長も忘れずに貪欲にいくとするか。

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