第114話 2人のダンジョンデート

「えへへ」


「やけにうれしそうだな」


 人がいないインプダンジョン。とは言え、紫杏もさすがにダンジョン内でべたべたしてくることはない。

 だけど普段ダンジョンを探索するときは、明確に機嫌がいいことはわかる。


「そりゃあもう、二人っきりですから!」


「ええっと……なんか悪いな。いつもダンジョンばかりで」


「ううん。だって、善は私のためにダンジョンばかり行ってるからね」


 まあ、それも理由ではある。

 だけど、単純にダンジョンで効率よく魔獣を倒すのが嫌いなわけでもない。


「そりゃあ、夢子と大地は友だちだし、シェリルもいい子だけどね。こうして久しぶりに二人きりで探索するとうれしくて」


「正月みたいに二人で出かけたりする回数増やすか……」


「それは嫌だ。できる彼女の紫杏ちゃんは、善の邪魔してまでわがまま言うような女とは違うのさ」


 俺の行動を制限するのは嫌だけど、それはそれとして一緒にいたいというわけか。難しい。

 だけど、封鎖するはずのダンジョンに特別に立ち入りを許可してもらっている状況だし、あまりいちゃつくと一条さんに申し訳がない。

 目標はわずかでもレベルを上げること、あとできればスライムの問題をなんとかする方法を見つけること。

 俺一人だと、紫杏の誘惑に負ける可能性があるので気を引き締めていこう。


    ◇


「ふむふむ……周りで戦ってる分には、別に危機感を覚えて繁殖しないと」


 俺がインプと戦う間、紫杏はそこら中にいるスライムをじっくりと観察していた。

 どうやらスライムたちは、俺たちがくる前はインプと戦っていたが、俺たちがきたことでその場から逃げ出していたようだ。

 もっとも、逃げる速度さえも遅いので、インプから離れた位置にスライムたちがいるようにしか見えないが。


「それにしても、スライムの魔力ってだいぶ低いだろ? よくそんな遠くから観測できたな」


「低いというか、なんかわかりにくいだけなんだよね~。まがりなりにもダンジョンの魔力を減らすほどの力で繁殖するから、そこまで魔力が低いってわけじゃないみたい」


 なるほど、とことん繁殖のみに特化した魔獣って感じだな。

 直接的な強さはないのに、その生態だけで脅威になるとは、改めて厄介なやつらだ。


「インプを倒して最低限のレベルは上がったけど、前きたときよりインプの数減ってるよなあ……」


「そうだねえ。代わりにスライムがどんどん増えてるみたい」


 事態は想像以上に深刻な状況だ。

 一条さんの厚意で入場を許可してもらったダンジョンだが、このままでは近いうちにスライムダンジョンになってしまう。

 一条さんが頭を抱えるはずだ。自分たちのためにも、探索関係者のためにも、なんとか解決したいものだ。


「今日はこのくらいにしておくか。悪いな紫杏、あまりレベルは上がってない」


「平気平気~。そのぶん時間をかけてねっとり吸ってあげようじゃないか!」


 それは俺が平気じゃない気がするんだけど……。

 ええい! やってやろうじゃないか!

 レベルもろくに提供できないふがいない彼氏なのだから、そのくらい応えてやるさ!


    ◇


「だから善が疲れ果ててるんだね」


「魔族には勝てなかった……」


「魔族でくくるのやめてくれない?」


 人間という種の弱さを知ったよ本当に。

 いくらレベルを上げようと、スキルを使いこなそうと、こればかりは一生勝てる気がしない。

 まあ、こちらに気を遣ったりしていないようで、本気で満足してくれているのなら、この程度安いもんだ。


「いやあ、愛されてるって感じたね!」


「そう、よかったわねー」


「今日もたっぷりと愛されるんだ~」


「そう、よかったわねー」


 まずい。この程度安いとは言ったが、毎日となると体力が死ぬし筋肉痛になりそうだ。

 おのれスライム。お前たちのせいで、紫杏が本気で精気を吸いにきてるじゃないか。

 八つ当たりに倒すこともできないのだから、手に負えない魔獣と言えよう。


「今は紫杏の観察眼に任せるしかないみたいだからね。気分よく仕事させるためにも、善ががんばって」


「他人事だと思って……」


 夜の紫杏の恐ろしさを知らないから、そんな気軽に言えるんだ。

 まあ、あの紫杏は俺が独り占めするから、誰にもその恐ろしさを知らせる気はないがな!


「うん。なんか大丈夫そうだね。まあ、シェリルの世話くらいは僕たちがするからさ」


「喧嘩するなよ」


「…………」


「せめて、なにか言ってやれよ……」


 この分だと、シェリルは毎日トイレを占拠するんだろうなあ……。

 それが原因で一条さんにいらんしわ寄せがきそうだし、やっぱりみんなで探索できるようにしなければ。


    ◇


「う~ん……減ってるし増えてるよな?」


「そうだねえ。もう気のせいだと思うような数じゃないよ。インプは倒した分が復活できてないし、スライムは勝手に死んで増えてる」


 勝手に死ぬなよ……なんなんだこいつら。

 思っていた以上に浸食が速い。数か月は先かと思っていたけど、これじゃあ数日後にはインプダンジョンがなくなってしまう。

 というか、すでに実害が出ているダンジョンもちらほらとある。

 インプダンジョンは、まだ【初級】でも上位にあたるダンジョンだからましだけど、ゴブリンダンジョンあたりはゴブリンが消えたらしい。


「……いっそ、インプを全滅させて復活するたびに狩るしかないのか」


 そうすれば、インプとスライムが争い、スライムが死亡と繁殖を行うことはなくなる。

 だけど、それは常にダンジョンの中にいて、すみずみまでを観測してインプを最速で倒さなければいけないということだ。

 一応、それが実現できるのなら、理屈ではスライムが死ぬことはなくなり、ひいてはスライムが増えることもなくなる。


「徹夜する?」


「現実的じゃないよなあ……」


 仮にそれが実現できたとして、不眠不休で何日それができるかって話だ。

 紫杏に精気を吸わせるのを、【精気集束】にすれば徹夜はできるのかもしれないけど……そもそも、それで紫杏を満たすことはできるんだろうか?


「それじゃあさ。逆にインプとスライムを戦わせてみたら?」


「え? いや、そんなことしたらスライムが負けて、そのまま繁殖しちゃうぞ」


「でも、スライムの繁殖を観測できるよね」


 なるほど……俺たちは特別にダンジョンを探索させてもらっている。

 だけど、なにも秘密裏に探索しているというわけではなく、表向きはスライムがダンジョンに及ぼす影響調査のためという名目だ。

 管理局を納得させるために、一条さんはそういう理由付けをしていた。


 そして管理局からは、これ以上の被害を俺たちの手で拡大させないことという条件が出されている。

 もちろん、好き好んでスライムを討伐して繁殖させる気などないが、繁殖している状態を観測しないとこれ以上事態が進展しないとは思っていた。

 だから、俺たちの手ではなく、インプたちの手でスライムを繁殖させようというわけか。


 詭弁ではある。

 目の前にいておきながら、防げるはずのスライムの繁殖を防がなかったという行為なのだから。

 だけど、俺たちがいないときにどうせ同じことは起こっているし、なによりもこのままじゃここもスライムたちに浸食されるのは時間の問題だ。


「紫杏……スライムの様子しっかりと見ておいてくれ」


「まかせなさい!」


 自信たっぷりに力こぶを見せようとするけど、力こぶはできていない。

 やっぱり、二人きりのときはおっきいシェリルみたいだよな。紫杏って……。

 俺たちがいない間、シェリルが調子に乗っていないといいんだけど……。


    ◇


「おのれ大地! おのれ夢子! 味方が……味方がいません! お姉さま~! 先生~! え~ん! え~ん!!」


「うるさいなあ……」


「紫杏と善になついて元気になったのはいいんだけど、うざさが増してるわね……」


「大地……夢子ちゃん……シェリルの面倒を見てくれるのはありがたいですが、もう少しだけ静かにしつけてもらえますか?」


「……麻痺させてみようか」


「サイクロプスみたいな扱い!!」

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