第113話 ダンジョンインベーダー

「今回は一匹だけだな」


 さすがに毎回倍に増えて復活するわけではないらしい。

 そんなことになったら、今以上にダンジョンがスライムだらけになりそうだからな……。


「うん、だいたいわかった」


 シェリルがスライムを倒してから復活するまでの間、紫杏はじっとスライムの様子を観察していた。

 その結果、スライムはほぼ同じ場所で復活するということはわかったが、紫杏はそれ以上に復活の仕組みを理解したようだ。


「倒す直前に次の世代を産み落としてるね。こいつら」


 ということは、繁殖しているということで合っているみたいだ。

 しかし、無抵抗にやられているように見えたスライムたちだったが、こちらが気づかないようにそんなことしていたのか。


「倒される瞬間にダンジョンの魔力を吸ってから、小さな核みたいな魔力を作って体外に排出している。きっとそれがダンジョンの魔力をさらに消費して、無理やり新しいスライムとして産み落とさせている感じかな?」


「種の存続のための機能ってことかもしれないな」


 自身に危機が迫ると、魔力を使ってなんとしてでも個体数を減らさないように務める。

 変わった生態だが、それがダンジョンの魔力を利用しているせいで、ダンジョンは魔力が減少していたってことだろう。

 最低でも一匹、下手したら複数の新たなスライムが産み出されるってことは、その数が減ることはない。

 それどころか、増え続ける一方なのだから、ダンジョンの魔力の消耗もどんどん増えていたってことだろう。


「そんな生態なら、倒せはするけど結果的には数を減らすのは無理だね」


「と、とにかく、一度ダンジョンから出ましょう!」


 受付さんが慌てた様子で、帰還することを提案する。

 気持ちはわかる。別に俺たちもこの話をしている以上は、スライムを倒そうなんて気はないが、下手にここにとどまって万が一ににでもスライムが死んだら困るのだろう。

 だけど……俺たちがいなくなったからといって、スライムの増殖は止まらない。俺はそんな気がしていた。


    ◇


「管理局には新たな情報として伝えておきました。一応、こちらと同じように一匹だけ倒して確認してみるそうですが……北原さんの考えは正しいような気がします」


「うん、じっくりと見ていましたから」


 まあ、こちらの話を鵜呑みにはしないだろうと思っていた。

 きっと、紫杏のように魔力の感知が得意な探索者の立ち合いのもとで、スライムを倒したときの反応を観測するのだろう。


「ひとまずは、当面の間ダンジョンを封鎖して、管理局の新たな方針待ちですね。北原さん、ニトテキアの皆さん、ご協力感謝いたします」


 もうできることはなさそうだからか、受付さんはお辞儀をしながらそう締めくくる。

 閉鎖か。各地のダンジョンも同じ対応をするのであれば、いよいよ探索なんかできなくなってしまう。

 というか、閉鎖したからといって、スライムが増殖しないとは限らないと思うんだよなあ……。


「スライムって、探索者にだけ倒されたんですかね?」


「どういう、ことでしょうか?」


 受付さんは俺の言葉に、真剣な表情で聞き返す。


「俺たちが最初にスライムを見つけたとき、サイクロプスに無防備に近づいていました。あいつら、もしかしてダンジョン以外の魔力も消費して増えるんじゃないですか?」


 それは、精霊から魔術の使い方を教えてもらったことで思いついた可能性だ。

 なんか、動かなくなったサイクロプスの影から出てきたけど、あれってサイクロプスを獲物としていたんじゃないだろうか?

 当然だけど、スライムのほうがサイクロプスより圧倒的に弱い。

 だから、普段ならスライムなんてサイクロプスにあっけなく葬られるだろう。


「……それと、魔獣同士の争いで勝手に死んで、勝手に増え続けている可能性もあります」


 思えば、ウルフダンジョンでは、教皇が作った特殊個体がいないときは、群れ同士で争うから数が減っていたという話だった。

 つまり、魔獣は魔獣とも戦う。そして、魔獣同士の戦いに敗れたスライムが増えているとしたら、スライムは探索者とは無関係に増えてしまう。


「そんな……いえ、あり得る話ですね。魔獣同士が戦うことは、他のダンジョンでも確認できていますから」


「じゃあ、私たちがいなくても関係ないじゃないですか! なんて迷惑なやつらなんですか!」


 憤るシェリルの気持ちもよくわかる。本当に迷惑だ。

 そして、時間が経てば経つほどそいつらは増え続ける。

 きっと、ダンジョンそのものの魔力が枯渇し、その機能が停止するまでは……。


 まずい。この状況はあまりにもまずい。

 ダンジョンが閉鎖されても、ダンジョンが機能を停止しても、経験値を得ることができなくなる。

 つまり、紫杏に吸わせるための精気が足りない。


 ……それならいっそ、俺の生命力を吸ってもらうしかないか。

 それでも足りなかったら、俺は死ぬんだろうか。

 嫌だなあ。そうなったら、紫杏が他のやつの精気を吸わなきゃいけなくなるじゃないか。


「大丈夫? なんか、すっごい顔してるよ? 苦虫を100匹くらい噛み潰したみたいな」


 そんなに嫌そうな顔してたのか、俺は。

 心配する紫杏に、こっそりと考えを話すとすごい顔をされた。

 なるほど、これが苦虫を何匹も噛んだような顔ってやつか。


「そうなっても、私は他の人の精気吸わないから」


 どうやら大声を上げそうになったが、ぎりぎりのところで踏みとどまったらしい。

 代わりにというか、息がかかるほどの至近距離まで顔を近づけられて低い声で怒られる。


「もし、善が干からびるほど吸ったら、その後に私は餓死するから」


 困った。このままでは、俺だけじゃなくて紫杏まで死んでしまう。

 やはり、一刻も早くあのスライムたちをなんとかして、ダンジョンを探索できるようにしないといけないな。


    ◇


「という話をしていた」


 結局、あれ以上話が進展することもなく、俺たちはゴーレムダンジョンを出ることになった。

 俺と紫杏がこそこそと話していた内容を聞かれ、包み隠さず伝えると大地はあきれたような目を向けてきた。


「たしかに、二人にとって問題なのはわかるけど、いちゃつかずにまじめに話を聞こうね」


「う……ごめん」


「あはは、反省してま~す」


 いちゃついてはいないけど、それを言うと余計に怒られそうなので、素直に謝っておく。

 これ以上口ごたえすると、大地にシェリルお仕置き用魔術をかけられそうだからな……。


「でも、それはそれで解決しないといけない問題よね」


「そうなんだよ。私が我慢してもいいけど、善は絶対後を追うからね」


「紫杏だって、絶対俺の後を追うけどな」


 夢子が助け舟を出してくれたので、俺と紫杏は全力で乗船することにした。

 大地もこれ以上責める気はないのか、手に準備していた魔術を霧散させたようだ。

 危なかった……。


「まったく……一条さんに、どうしても毎日魔獣を倒さないといけないって相談してみようか」


 事情を話さずにってことか……。

 隠し事をしつつ、一条さんにお願いをするってことなので気が引けてしまう。

 だけど、今はそれ以外になんとかできる方法が見つからないのも事実。

 俺は、一条さんに連絡を取ることにした。


『どうしました烏丸さん?』


「えっと……そちらは、スライムの件大丈夫でしたか?」


 気が引けるお願いをする立場だからか、本題には入れずになんともあやふやなことを聞いてしまう。

 しかし、一条さんはそんな質問にも真面目に答えてくれた。


『残念ながら、すでに私が担当したダンジョンも、私が管理しているダンジョンも、スライムの殲滅が完了していました。そして、その後の増殖の確認まで終えています』


 やはり、紫杏の話が各ダンジョンに伝わる前に、スライムたちはまた増えてしまったようだ。


「ということは、一条さんのダンジョンも封鎖するんですか?」


『そうですね……しばらくは、そうなると思います』


 そして、各ダンジョンが封鎖されるというのも、こちらの想像どおりで嫌になる。


「あの……絶対にスライムは倒さないようにするので、インプだけ狩らせてもらえませんか?」


『……理由をお聞きしても?』


「そうですね……ユニークスキルの事情で、毎日経験値を得ないといけなくて」


 そんなことしか言えなかった。

 一条さんなら信用できるし、他言はしないだろうから紫杏の事情を話してもいいかもしれない。

 だけど、ただでさえダンジョンが大変なときに、新たな問題を持ち寄ってしまっては、一条さんにも迷惑だろう。

 ……そう思うのは、俺の言い訳なのだろうか。


『なるほど……そういうことでしたら、後ほどダンジョンへの入場方法や時間を連絡します。本日の分の経験値は大丈夫ですか?』


「え、ええ……ゴーレムたちもだいぶ倒したので」


 ずいぶんとあっさりと許可を出してもらえた。

 それでいいのだろうかと思い、つい一条さんに尋ねてしまう。


「あの、いいんですか? そんなにあっさりと」


『ニトテキアの功績を考えると、悪事を働くとは思えないと判断しました。それに、今回の件でも北原さんがいち早くスライムの生態に気がついたと聞いています。打算的な考えを言いますと、今後もダンジョンでスライムを観察することで、解決の糸口を見つけてくれるんじゃないかと思っているんですよ』


「……ありがとうございます」


 きっと、それは嘘ではないが、九割がた冗談のようなものだろう。

 それでも、こちらの負い目のようなものを感じ取ったため、一条さんはそう言ってくれたのだろう。


 よし、決めた。なら、その冗談を本当にしてしまえばいい。

 インプダンジョンにもスライムはいる。インプを倒しつつ、スライムを調査してこの異変を解決してしまおう。

 それが、俺たちにできる一条さんへの恩返しだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る