第112話 倍増の季節
「うわあ、うじゃうじゃいる……」
受付さんとともに再び潜ったダンジョンでは、なにごともなかったかのようにはびこるスライムたちがいた。
さすがにあの数を見落としていたとは考えられない。ということは、復活したということだろう。
「ダンジョンの魔力による復活だとしても、いくらなんでも早すぎる気がするね」
そう。ダンジョンにいる魔獣である以上、倒したら復活しても不思議ではない。
だけど、それもさっき倒してもう復活なんてことは、これまでからすると考えられない速度だった。
「どうします? 一回倒して様子見てみますか?」
「は、はい。とりあえずそれでお願いします」
確認をとると、受付さんもこの想定外の事態に直面して面食らっていたのか、わずかな間をおいて許可を出した。
まあ、わからないのだから、とりあえずは観察してみるしかないか。
特に魔力の変化は観測しておいてもらったほうがいい。無茶なことかもしれないが、紫杏に頼むしかないな。
「紫杏。倒した後のスライムとダンジョンの魔力の変化、探っておいてくれ」
「おっけ~」
わりと大変なお願いだと思うんだけど、なんだか気軽な感じで返事をされてしまった。
だけど、気負うよりはそのほうがいいか。
「倒しますか? 倒しますね?」
動き足りていなかったらしいシェリルが、そわそわと確認をしてくるので許可を出すと、シェリルは真っ先にスライムへと向かっていく。
やっぱり変化などない。あっさりと倒されるだけの最弱のスライムにすぎないようだ。
そして、倒し漏れがいないのもしっかりと確認できた。
ここまでは、さっきと一緒だ。
「次行きますか? 急ぎますか?」
しっぽを動かしながら尋ねるわんこを落ち着かせる。
たしかに、他の場所にもスライムは出現しているから倒さなくてはいけない。
だけど、このままダンジョン中を倒して回っていては先ほどの二の舞だ。
「ちょっと休憩していてくれ。たぶんこのまま倒してもまた復活するだろうから」
「はい! 私はよくわからないので、倒すときまでお休みしています!」
シェリルは、すがすがしいまでにスライムを倒すことしか考えていない。
かく言う俺も、このスライムたちについてなにかを調べられる手段はないので、ぶっちゃけてしまうと紫杏や受付さん頼りだ。
二人はスライムが倒れた場所をじっと観測しているらしく、俺たちのやり取りさえも気にしていないようだった。
◇
さすがに、そうすぐには変化が訪れないらしく、俺は暇そうにうろちょろするシェリルをあやしながらダンジョンを観察し続ける。
スライムたちが復活した原因。それを調べるのは簡単なことではない。
そう、思っていたのだが……それは突然目の前で起こった。
「なんだ? 煙が集まっている」
魔獣を倒したときに周囲に漏れる魔力の残滓。
それと同じ黒い煙が、わずかではあるが、俺にも見えるほどにはっきりと集まりだした。
まるで魔獣を倒したときとは逆の現象。そこから発生するできごとはもう誰でも想像できる。
「復活してるわね……」
スケルトンのような一度倒しても復活する現象とは違う。
たしかに完全に倒したはずのスライムが、まるでもう一度産み出されたかのように現れた。
それも一匹や二匹程度ではない。次々と出現するスライムの数は、すでにシェリルが倒した数をこえている。
こんなものは復活ですらない。倒す前より増えているなんて明らかにおかしい。
「……ダンジョンの魔力が減ってる」
「え? ほ、本当です。たしかにわずかではありますが、先ほど計測した値を下回っています」
紫杏のつぶやきを聞いた受付さんが、手にしていたデバイスを操作するとどうやら紫杏の言ったとおりだったようだ。
これでダンジョンや魔獣の魔力が減っていたことと、スライムが発生したことが関係するのは、ほぼ間違いないだろう。
「でも、なんで増えてるんですか? 復活したんなら数が同じじゃないと変ですよ!」
そう、シェリルの言うとおりだ。単純に復活してるにしては数が多すぎる。
なら倒せば倒すほどに増えていくスライムっていうことなのか?
……まずくないか? ここ以外のダンジョンでも一斉にスライムを殲滅しているんだろ。
なら、同じようなことが他のダンジョンでも起きるってことじゃないか。
「受付さん! 他のダンジョンでスライムを倒すのを止めないと、どんどん増えるんじゃないですか!?」
「……! そうですね! すぐに管理局に連絡します!」
受付さんも俺の言葉の意味をすぐに理解したらしく、管理局へ連絡を取り始める。
どうやら、管理局から他のダンジョンへ通達してもらうように話をつけているようだ。
間に合うだろうか……いや、他もすでにスライムたちが増殖してしまっていそうだな。
「……ん~?」
連絡をしている受付さんと違い、紫杏は復活したスライムたちをなおも観察していた。
そんな紫杏が、首をひねってなにやら不思議そうにしている。
「どうした? なんかわかったか?」
可能性は高い。なんせ、紫杏の感じた疑問はダンジョンや魔獣の魔力の減少をぴたりと当てたのだから。
ささいなことでも、きっとなにか手がかりになることを見つけているはずだ。
「ん~とね。再生というか……なんか別のスライムっぽいかも?」
別のスライムか。
たしかに、通常の魔獣でもダンジョンの魔力で復活した場合は、それはもう別個体といえる。
スケルトンのように、倒しきらずに復活した場合を除き、一度倒した以上はスライムだってそれは当然といえる。
だけど、紫杏が言いたいのはきっとそんな当たり前のことではないのだろう。
「なんだろう……う~ん、分裂とか再生とは違う増え方というか」
「もしかして、繁殖してるとか」
増殖でもなく、復活でもない。
となれば、あとは生殖による増加くらいかと思い口にしたが、さすがにそれはないか……。
死んでるもんなスライム。どうやって死んだ状態で繁殖なんてできるっていうんだ。
「あ、それかも」
自分でも馬鹿なことを言ったと思っていたのだが、紫杏はなにやらしっくりきたというような表情をしていた。
え……無理だろ。俺が言うのもなんだが、一度倒したスライムがどうやって繁殖なんて……。
「ねえねえ受付さん。あと一匹だけスライム倒していい?」
紫杏はその答えを確信したらしく、検証のためか受付さんにスライムを倒す許可をもらおうとしている。
「え……いえ、さすがに倒してしまって増えたら困るのですが」
「一匹だけだから、お願い」
両手を合わせて頼み込む紫杏を見て、受付さんは難しそうな顔をしている。
「それで、なにかわかるということですよね……う~ん、スライムを倒した数なんて報告していませんし、殲滅したときに一匹数え損ねていたんですね。きっと」
さすがに許可しますとは言えないらしく、受付さんはそうつぶやいて背を向けた。
それを承諾の意味だととらえた紫杏は、スライムに向かって威嚇しているシェリルを呼び寄せる。
「シェリル。あのスライムをちょっと倒してみて。一匹だけだよ?」
「えっ、いいんですか? じゃあいってきますね!」
事情はまったくわかっていないはずだが、シェリルは紫杏の言葉を一切疑問に思うことなくスライムを切り裂いた。
きっと、紫杏の言うことだし、間違ったことではないと信頼しているのだろう。
「よくできました~。それじゃあ、またしばらくいい子にしててね~」
紫杏に頭をなでられて機嫌をよくしたシェリルは、再びスライムの群れの威嚇へと戻ったようだ。
さて、復活するのはほぼ確実だろう。これで、なにかわかるといいのだが……。
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