第110話 益獣保護団体ができる前に
「……私好みだとは思ったが、思った以上だなこれは。すばらしいぞ少年!」
どっと疲れた。かなりの集中力を必要とする戦い方だな。
それだけに、同じようなことを涼しい顔でやっていた目の前の変態は、やはり規格外の存在なのだろう。
「さすが先生です! どうですか! あなたのアドバイスがあれば、先生はすぐに強くなれるんですよ!」
「えっと……それは、私を仲間だと思っているということかい?」
「なに言ってるんですか!」
いや、シェリルがなにを言っているんだ。
なんだか、俺が強くなれたことを俺以上に喜んで興奮しているせいか、シェリルの言葉がおかしい。
赤木さん相手にマウントをとりつつも、赤木さんのおかげであることは理解して感謝しているような……。
二人のわけのわからないやり取りを横目に、俺はこっそりとステータスカードを確認した。
さっきのサイクロプスとの戦いといい、その前の全体的に力が向上した感覚といい、きっと予想通りの結果になっているはずだ。
「【剣術:上級Lv5】……、そうきたか」
整理しよう。
俺の力が向上したのは、サイクロプスと戦う前だ。断じて戦いで成長したとかじゃない。
なら、その力が向上した感覚が訪れたタイミングは?
端的に言えば、【剣術】っていいスキルだなと褒めたときだよな……。
もしかして、強くなる意志とかそんなのじゃなくて、こいつ褒めただけで上限上がったの?
いや、さすがにスキル自体にそんな意志があるわけないし、改めてスキルを認識したからだよな……。
レベルとか他の条件はすでに達成していたから、最後の条件を達成して一気にスキルレベルも上がった。
きっとそのはずだ。……そのはずだよな?
「【剣術】さいこー」
……だめか。
ステータスカードには、【剣術:上級Lv5】と記載されたままだった。
まあ、そんな馬鹿な話はないよな。褒められたスキルが、自分の意志で強化を行うなんて。
「なにを剣士脳になってるのよ」
「いや、ちょっと検証を……」
「なんの検証さ。それよりも、珍しくずいぶん疲れてるね」
夢子と大地があきれつつも心配してくれる。
そうか、はたから見てそんなに心配されるほど集中しすぎていたか。
これも、いずれ使いこなせるようにしたいところだ。
「武術系のスキルは、高度に使うほど脳が疲れるからな。だが、慣れれば少年の力になるぞ」
回数をこなしていけば、もう少し楽に使えるようになるんだろうか。まあ、慣れていくしかないか。
「今日は休みたまえ。ここのスライムの殲滅は私が引き受けよう」
「ええっと……ありがとうございます」
強くなるきっかけをもらえたことや、スライムたちを任せてしまうことに感謝をし、俺たちはダンジョンから帰還することにした。
◇
あれから、数日が経過した。
相も変わらず俺たちはダンジョンを探索しているのだが、いよいよ異変の影響が顕著になってきている。
サイクロプスたちが明らかに弱くなっているし、スライムの数はもはや数えたくもない。
紫杏に尋ねると、ダンジョンの魔力も魔獣の魔力も確実に減少しているらしい。
それでいてスライムの魔力は常に一定なことから、完全にこのスライムが今回の異変の原因だと断定できる。
「ここはまだましだけど、【初級】とかかなり大変な状況みたいだな」
魔法剣を練習しながら、そうつぶやく程度には余裕がある。
俺が強くなったというよりも、サイクロプスがもはや脅威にならないほど弱体化しているのだ。
まあ、毒のおかげでもともとけっこう安全だったけど、今じゃ【中級】程度の魔獣くらいまで弱くなっている。
「うん、学校でもみんな困ってたね。魔獣を倒しても経験値がろくに得られない、特に邪魔なスライムたちは本当に何一つ倒すメリットがないって」
あのスライムたち、弱すぎるせいでドロップはおろか経験値さえないからなあ。
倒すうまみがないことで、自分たちが襲われるリスクを減らすように進化でもしているんだろうか。
「一条さんも困ってたわね。管理者としては、あんな外来種みたいな魔獣沸いたら頭が痛いんでしょうね」
もうどのダンジョンもスライムのほうが多いもんな。
最初のころは一応倒していたけど、翌日には復活しているので倒す意味すらない。
俺たち探索者はそうやって無視できるけど、ダンジョンを管理している一条さんたちはそうはいかない。
というか、このままじゃ本当にダンジョンという場所がなくなるんじゃないだろうか。
スライムの栄養になっているのかわからないが、ダンジョンの魔力そのものが減っている。
ダンジョンから魔力が完全になくなったら、場所は残るけど魔獣たちが再生することがなくなる。
一応あのスライムたちだけは再生し続けるんだろうけど、初心者でさえ余裕で倒せるほどに弱いから実質無害だ。
となれば、ダンジョンという場所はいずれ無害な場所となる。
もう誰もレベルを上げることも、ドロップのために探索することもなくなり、いずれはスライムの巣となるだろう。
「……ダンジョンが無害になるのはいいことなんだろうけど、本当にそれでいいのかな」
「一部の人たちは、あのスライムたちはダンジョンを無害にしてくれる有益な魔獣だなんて言ってるみたいだね」
まあ、その意見もわからなくはないけどな。
でもそれじゃあ俺が困るんだ。俺だけではなく、探索者として生活している人たちも、アキサメや厚井さんのように探索者相手に商売している人たちもだろう。
「当然、一条さんや他の管理者も、そもそも管理局もそれを良しとはしていないけどね」
よかった。さすがに、こいつらにダンジョンを明け渡そうなんて考えにはならないようだ。
「なんにせよ、早くこの異変も解決してほしいもんだな」
あまり効率がいいとはいえない今日の探索を終え、俺たちは入り口へと引き返すことにした。
◇
「よう。久しぶりだなニトテキア」
入口の休憩所で休んでいた大柄な男性が声をかけてきたと思ったら、デュトワさんだった。
今日は一条さんとは一緒ではなく、一人で行動しているみたいだ。
「デュトワさん、お久しぶりです。今日はお一人なんですね」
「浩一はダンジョンの管理で忙しそうだからな。犬の嬢ちゃん、今のあいつはカリカリしてるから怒らせるなよ」
「わかってますよ! 私だって、危険な相手を見極める鼻はあるんです!」
シェリルの相手をできないほど余裕がないとなると、俺が思っている以上に一条さんは大変な状況のようだ。
そして、シェリルもちゃんと相手の状況を見て判断できるんだなと感心してしまった。
あとは、状況とか関係なく煽り癖と吠え癖やめてほしいなあ……。
「一回凍らされたからね。シェリルは」
「しっぽの先までカチコチでした」
いや、反省してね? 本当に。
一回凍らされるほど怒られて学んだってことだろ、それ。
どうやら危険な相手を見極める鼻は詰まっているみたいだ。
「さて、本来なら浩一が伝えるところなんだが、そういうわけで俺からニトテキアに通達だ」
どうやらデュトワさんは俺たちに用事があってここにきていたみたいだ。
「管理局は例のスライムたちを討伐するために、大々的に探索者たちの協力を仰いでいる。俺たちは【上級】のダンジョンの、ニトテキアは【中級】のダンジョンのスライムの殲滅を手伝ってほしいそうだ」
なるほど、様々な探索者たちに自身の一ランク下のダンジョンのスライムを倒させるのか。
たしかに、少しずつスライムを倒していたんじゃもう倒しきれないからな。
ここらで一度まとめて倒してしまい、スライムたちを完全に根絶してしまおうってわけか。
「もちろん協力しますよ。俺たちもダンジョンが変な状態のままだと困るので」
「なんなら、【上級】のダンジョンが担当でも平気ですけどね!」
「いや、【中級】にしてくれ。たしかニトテキアはゴーレムたちを虐殺してただろ?」
言い方……。いや、あってるけど殺戮を楽しんでたんじゃなくて、経験値をたくさん稼ごうとしてただけであって……。
「あそこのゴーレムは、弱体化しても図体がでかいわ、無駄に硬いわで、わりと面倒がられていてな。ニトテキアが担当を引き受けてくれると助かる」
それならば異論はない。俺たちならゴーレムに邪魔されても、各自でゴーレムごと倒せるはずだからな。
「わかりました。ゴーレムダンジョンの中にいるスライムを全部倒すんですね」
「ああ、感謝する。まだ、他の探索者たちにも依頼している段階だから、詳細は追って連絡する。浩一が」
平気かな。一条さんは果たしてそれまでに余裕を取り戻しているんだろうか。
ともかく、異変に向けて先に進むことができそうだ。
あとは作戦の決行まで、適当にサイクロプスたちを相手しておくことにするか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます