第109話 結局あの人は私のもとに帰ってきました

「それで、どうだったんですか? サイクロプスが弱くなってることはわかりましたか?」


「いや、わからん!」


 なんだこいつ。

 そりゃ、俺たちだって紫杏以外気づけないから強くは言えないが、あれだけ自信満々に調査と称してサイクロプスを倒したのに、結局わからずじまいなのか。


「いや、待て少年。あきれる視線よりは、蔑む視線が好みだ。それに、少年よりもそちらのかわいいショタからの視線がいい」


「あ、話しかけないでくれます?」


 大地はすでに赤木さんから距離をとっている。

 さりげなく夢子が大地を守るような位置に立っているが、ずいぶんと警戒しているようだ。


「しかたない……そちらの犬耳の少女でもかまわないぞ?」


「グゥゥゥゥ……」


 そして、流れ弾が飛んできたのでシェリルが唸り声で威嚇する。

 この人、うちのパーティに警戒されすぎだろ。ソロで活動しているのもなんだか納得できてきた。

 いないよ。こんな人をパーティメンバーとして制御できる人なんか。


「残念だ……ところで、サイクロプスの変化はわからんが、あれの多さはたしかに異常だな」


 指さした方向には、もはやおなじみのスライムたちがいた。

 たしかに……このダンジョンでも最初に見たときはせいぜい数匹だったのに、今ではこちらがメインなんじゃないかってほど、大量のスライムが跋扈している。


「とりあえず、すべて倒してから帰るとするか」


 そう言って、赤木さんはものすごい速度で接近と殲滅を繰り返し、目に見える範囲だけでもスライムはほとんどいなくなってしまった。 一応、俺たちもスライムを倒しはしたものの、この人に手伝いなんて必要なさそうだ。


    ◇


「本当にとんでもない動きですね」


 実力はあるんだよなあ……。実力は。

 致命的なダメな人ではあるが、探索者としてだけ見ると参考にすべき人ではあるかもしれない。


「はっはっは、少年もいずれはこれくらいできるようになるさ」


 社交辞令として受け取っておく。社交辞令なんてできる人かは微妙だが、俺がこの動きをできるとも思えないからな。

 それとも、ステータスが上がっていけば、こんな動きで戦えるようになるんだろうか。

 だとしたら、残念ながら俺には、もっともっと効率のいいレベル上げ手段が見つからない限りは、無縁かもしれない。


「む、疑っているな。いかんぞ少年、さっきも言っただろ。君はもっと貪欲に強さを求めていいんだ」


「いや、さすがにレベルやステータスが足りないと思うので……」


 別に諦めてるわけではない。

 ただ、今はさすがにまだまだ不足していると自覚しているだけだ。

 だけど、そんな俺の考えを見通したかのように、赤木さんは首を横にふった。


「違う。違うぞ、少年。こんな動きは、【剣術】を使いこなせば、誰でもできることだ。君に限った話じゃないが、剣士はどうにも【剣術】をおろそかにしすぎる」


 なんとも嘆かわしいと、芝居がかった大きな動作をする赤木さん。

 だけど、それに反応をすることはできなかった。

 彼女の言葉があまりにも核心をついていたからだ。


 たしかに……【魔法剣】や【斬撃】のような、便利なスキルを習得してからはそちらにばかり気が向いていた。

 【太刀筋倍加】のように、目に見えて効力があるわけではないので、その存在をいつしか軽視してしまっていたような気がする。

 だけど、魔獣相手に剣一本で戦えているのは、このスキルのおかげなんだよなあ……。


「なに、深く考える必要はないぞ、少年。君に限った話じゃないと言っただろう。その程度、誰しもあることだ。だが、【剣術】をおろそかにしては、私好みの剣士にはなれないからな。軌道を修正すべきと思ったのだ」


「それを聞くと素直に助言を聞きたくないんだよなあ……」


「はっはっは、照れるな」


 照れてないし、わりと本気で嫌なんだよ。

 というか、これ以上の嫌な絡みは紫杏が怒りそうだからやめてくれ。


「ねえねえ」


 ほらきた。紫杏が手招きして耳打ちしてきた。

 怒られるのかな……と思っていたが、別に紫杏は赤木さんを気にしていないようだ。

 もしかして、面倒な相手だから認識から消し去っているんだろうか。


「そういえば、善って【上級】になってから、何回もレベル上がってるのに、【剣術】のスキルレベル上がってないね?」


「たしかに……」


 【剣術】は、いまだに【中級】のまま変わっていない。

 だからこそ、このスキルは打ち止めになっていたと思ってしまっていた。

 だけど、俺も一応は【上級】だ。せめて、【上級】のレベル5までは上限が上がってもいいはず。


 というか、それはあくまでも俺の問題だよな……。

 他の人たちは、【剣術】のスキルレベルが上がるなんてことはないはずだ。

 なら、【剣術】を使いこなすっていうのは、練度とかそういう目に見えない部分か?

 せっかくだし、聞いてみるか。


「あの~……【剣術】って、一度習得したらそれっきりじゃないんですか?」


「君たちはあれだな。まだまだ【剣術】に使われている状態だ。スキルは使いこなせてこそだぞ」


 う~ん……わかるような、わからないような。

 だけどまあ、他のスキルだけじゃなくて、【剣術】もちゃんと使えるように考えながら使ってみるか。

 案外、それが【剣術】を【上級】にするための方法かもしれないしな。


「ということで、そこの私好みのショタの力を借りずに戦ってみるといい。どうにも君は優秀がゆえに、強くなれていないという珍しい状況のようだからな。少しは自分をいじめたほうがいいぞ」


 褒められているのだか、よくわからない評価だ。

 だけど、せっかくなので言われたとおりに、【剣術】だけを意識してサイクロプスと戦ってみるか。


「ショタは毒魔法を使いたくば、私に使いたまえ。さあ!」


「ちゃんと死んでくれるなら、いくらでも使いますけど?」


 人が【上級】の魔獣と戦おうっていうときに、変態しないでほしい。

 まあ、手だけは出さない変態だから大丈夫か。口は出しまくってくるのが問題だけど。


 それはともかく、【剣術】だ。しっかりと意識して使わないとな。

 体の動きを補助してくれて、身体能力と五感を強化してくれて、名前の通りの剣術まで扱えるようにしてくれる。

 なるほど、いいスキルじゃないか。


 ……ん?

 なんか、今変化があったような。


「善、そっちからきてるよ~」


「ほう、君の索敵能力も大したものだな」


「話しかけてこないでね~」


「む……すまない」


 紫杏さすがだ。……じゃなくて、ええい。色々と忙しいけど、今はサイクロプスの相手をしよう。

 【斬撃】はなしとなると、いつものふいうちからの一方的な戦い方はできないな。

 だけど、気のせいじゃなければいつもより視野は広いし、視覚も力も強化されているような気がする。

 思えば、近接での戦闘はシェリルに任せていたから、俺自身はこいつとやりあうのは初めてかもな。


「おぉ! さすが先生! 速いです!」


 やっぱり、体が軽い。鈍重というわけではないサイクロプスの攻撃に対応できる。

 ギリギリではなく、余裕をもってサイクロプスの攻撃をさばくことができている。


「シェリルみたいだね~」


「そうですよね! 先生はすごいんですよ!」


 相手の攻撃は直撃したらさすがに危険だな。

 この動きはさっきも見た。次は両手で叩きつけてくるはずだから、避けてから両腕を斬るか。

 斬れることは斬れるな。再生するために腕に魔力が集まっているようだ。

 じゃあ、今のうちに足を斬って動けなくするか。

 四肢が斬れた。だけど、このままだとそろそろ腕が再生する。もう一回斬っておくか。


 ああ、なんかわかってきた。

 ちゃんと【剣術】を使うことと、相手をよく観察して他のことを考えなければ、相手がどう動くか、自分がなにをするべきかわかる。

 集中力をかなり使うけど、この戦い方は覚えておいて損はない。


 赤木さんよりも時間はかかってしまったが、サイクロプスが倒れて動かなくなったことを確認し、俺はまずまずの成果に満足した。

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