第107話 幻想と現実の炎舞

 魔力を練る。失敗してもなんとかなるという気持ちは捨てて、この一回限りに全力を注ぐ。

 次の手を考えるのが悪いことではないけど、失敗前提で行動するのもまた問題だったのだろう。

 要するに真剣に挑めていなかったのだ。だから、いつまでたっても魔法剣が習得できなかった。


「うむ、なかなかの心構えだ。思うに少年はすでに練度は十分だ。だから、気合が足りてなかったのだろう」


 確信したような赤木さんの言葉の直後。俺の手には火属性の魔法剣が発現していた。

 …………火属性?


「やべ、間違えた」


「気合を入れたことで炎を連想したのかもしれないな。まあ、成功には違いないじゃないか。おめでとう」


「ええっと……ありがとうございます?」


「うむ、では戦おう」


 これだ。なんでこの人すぐに戦おうとするんだ。

 やはり下手にお礼を言うべきではなかった


「嫌ですよ。ちょっと試しに斬ってきます」


「うむ、それがいい」


「善……ちょっと剣士脳になってるから気をつけてね」


 え、まじ? 大地の指摘を受けて、たしかになんか剣士スレの人たちみたいな感覚になっていたと反省する。

 この人と一緒かあ……。気をつけよう。


「なぜ、私を見るのかはわからんが、存分に力を振るうといい」


 紫杏に位置を利いて、サイクロプスがいる方向に斬撃を飛ばす。

 おお、炎が飛んでるみたいでいいじゃないか。

 さすがに夢子の魔法ほどの威力はないけど、新しい手札が増えるのはいいことだ。


「お、当たった」


 ちょうどすぐ近くにきていたため、ほどなくしてサイクロプスの悲鳴が聞こえてきた。

 不意に目玉を斬られて、わけがわからなくなったのか、こちらに倒れるように走ってくる。


「ええっと……水のほうが斬れ味がよかったな」


「でも、ほら見て。まだ燃えてる」


 紫杏が指さした先では、いまだに目玉が燃やされ続けて苦しむサイクロプスが見える。


「目玉焼きというわけですね! お腹が空きました!」


 食べるなよ。あれはたぶん食べちゃダメなものだぞ。

 それにしても、見るからに継続してダメージを受け続けているな。

 炎の属性によるものだろうけど、継続してダメージを与えられるのはありがたい。


「ああ、でもやっぱり回復されちゃうよなあ」


 しばらく眺めていたのだが、炎は消え去り、目玉も修復されてしまった。

 まあ、これは予想どおりだ。炎による継続ダメージで倒せるのなら、夢子がとうに単独で討伐しているだろうからな。

 今回は、耐久力が高い相手だっただけで、もう少し脆い相手なら十分な力といえるだろう。


「少年。妥協はよくないぞ」


 ……っと、危ない。満足するのはいいが、それ以上は常に求め続けないとな。

 ならどうするか。炎だし、もっと燃え広がるようにしたら威力も上がるんじゃないか?


「とりあえず、そのへんの空気を燃料にするようなイメージで……」


 うわっ……なんか、すごい燃え広がってきた。

 霧の中だったはずなのに、なんか霧まで晴れてきているのはなんなんだろう。


「ちょ、ちょっと! なにしてんの!?」


 夢子に慌てて止められる。

 たしかに……広いとはいえ、ダンジョンはダンジョンだ。

 一応密閉空間なのに、火事なんて起きたら大変だろう。

 夢子と違って制御もできてないのに、そこら中を燃やすようなことをしたら、そりゃ慌てもするよな。


「悪い。なんか集中しすぎた」


「いや、それはいいんだけど……なんで周りの魔力を燃やせるのよ」


「なにそれ?」


 どういうことだ? 俺はあくまでも、周りの空気を燃やすイメージで炎の威力を上げていたと思ったんだが、魔力を燃やしてたのか?


「魔術って、自分の体の中の魔力を消費して発現するものでしょ。直接ダンジョンや霧の魔力を使うなんて……え、できるの? それ」


 んなこといっても、できたんだからしょうがない。

 というか、俺ですらできたんだし、魔力の扱いが上手い大地と夢子ならできるんじゃないのか?


「……無理ね。学校でも魔術を使うのなら、一度体内に取り込んだ魔力を消費するって習ったし、ふつうはできないんじゃない?」


「イメージが足りてないんだろうね。少年、君はなかなか愉快な想像力をもっているようだ」


 愉快な人に愉快と言われ、なんとなく不本意だ。

 だけど、赤木さんも驚いてはいるようなので、わりと珍しい現象なのかもしれない。


「周囲の魔力を燃やしてるっているのなら、もしかしてみんなの魔力勝手に使っちゃってるのか?」


「いや、魔力が減った感覚はないね。そのへんに漂ってる余った魔力だけを燃やしてるんじゃない?」


 それならよかった。俺の魔法剣の威力が上がっても、大地と夢子が魔術を使えなくなるのであれば意味がないからな。


「ところで……いいのかい? それ」


 指をさすのは、いまだに周囲の魔力を燃やすように広がっていく炎の魔剣。

 これだけ熱源が近いのに不思議なことに熱くはない。

 まあ、夢子も自分の炎を熱がっていないし、そういうものなんだろう。


 さて、どうしよう。

 どうやれば止まるんだよ、これ。

 魔法剣を解除すれば消えるだろうけど、炎を残したまま制御するの大変だな。


「しかたない。どうせなら、サイクロプス相手に試したかったけど、一旦消すとするか」


 まあ、感覚は掴んだし、次もやろうと思えばやれるはずだ。

 一度火を消そうと剣を見ると、なんだか炎がひときわ激しく揺らぎだした。

 なんか、中に人影のようなものが見えるような……。

 えっ!? もしかして、誰か巻き込んだ!?


「ナンダ、オ前?」


 炎の様子を見ていたら、中から見られていたらしく、それと目が合う。

 やけに露出が高いというか、露出した部分の一部は炎と同化している一見少女のように見える存在。

 すごく見覚えがある。彼女自身ではなく、似た存在見たことがある。


「君、精霊でいいんだよな?」


「アア! オレハヒナタダ!」


 俺っ娘だった。そんな伝承はあったけど、火の精霊って本当にそうだったんだ。

 それにしても、なんでまた火の精霊が現れたんだ?


「ソウカ。オ前ガミーチャンガ言ッテイタ、ヘッポコ魔法使イダナ?」


 ええっと……みーちゃんっていうのは、水の精霊のことだよな?

 それはいいとして、あなたはへっぽこですかという質問に、はいそうですとは答えたくない。


「デモ、チャント周リニアル魔力ヲ使ッテ、魔法ヲ発動デキルジャナイカ。ミーチャンハ、精霊魔法ヲ自分ノ魔力ダケデ使オウトシテイル変ナヤツッテ話ダッタノニ」


 火の精霊は、おかしいなと首をかしげる。

 えっ、初耳なんだが。水の精霊そんなこと教えてくれなかったぞ。


 いや、待てよ……。水の精霊が手伝ってくれた魔法剣。今思うと周囲の魔力を使っていたかも……?

 だめだ、わからん。


 仮に実際に手本を見せてくれたのだとしても、せめて説明はほしかったなあ……。

 それとも、精霊にとっては当たり前のことだから、わざわざ説明しなかったのか。


「それで、火の精霊はなんでここに?」


「オッ、ヨクオレガ火ノ精霊ッテワカッタナ」


 そりゃあ火だからな。なんか少女が燃えてるような見ためだし。


「まあ、なんとなくは……」


「ソウカソウカ。ナンダ、ミーチャンガ言ウホド、だめナ奴ジャナイッテコトカ」


 俺みーちゃんになんて言われているんだよ……。

 勝手に納得した火の精霊を見て、精霊たちの間での評判が不安になってくる。


「ソレデ、キタ理由ダッタカ? ナンカ面白ソウナ火ノ気配ガシタカラダ」


「はあ……面白そう?」


 あのダンジョンを火事にしかけた火が面白そうとは、俺が言えたことじゃないけど豪胆なのか呑気なのか。

 というよりは、精霊だから人間と同じ尺度で生きていないんだろうなあ。

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