第106話 少年よ。小さくまとまるにはまだ早い。
「ダンジョンや魔獣の魔力がですか……」
スライムのことは知っているみたいだけど、魔力に関しては一条さんでも気がついていなかったらしい。
ダンジョンの管理人でさえ気づかなかった魔力のちょっとした変化。それに気づいた俺の紫杏がすごいんだろうな。
「なるほど……たしかに」
一条さんは探索者のカードのようなものを操作すると、納得したように頷く。
あれは、ダンジョンを管理するためのデバイスなんだろうか。
「北原さん、ありがとうございます。恥ずかしながら、ダンジョンの管理者でありながら、指摘されるまで気がつけませんでした」
「じゃあ、やっぱりここも魔力が減少していたんですね」
「ええ、指摘されて計測して、ようやくといったところですが、たしかにダンジョンも魔獣も通常よりも魔力量が下回っているようです」
今まで行ったダンジョンすべて同じか。
となると、他のダンジョンでも同じことが起こっているんだろうな。
「このまま魔力が減り続けると、まずいかもしれませんね……すぐに管理局に連絡してみます。その赤いスライムのことも改めて」
一条さんは、受付さんにダンジョンのことを任せると、慌ただしく自室へと戻っていった。
「でも、このまま魔力が減ったら魔獣も弱くなるからいいことじゃないですか?」
シェリルが首を傾げる。
あれ、経験値が減る可能性って伝えていなかったっけ。
「魔獣が弱くなると倒したときの経験値も減るから、俺たちのレベルも上げにくくなるぞ」
「でも、全部の魔獣が弱くなったら、レベルもそこまで上げる必要ないんじゃないですか?」
まあ、たしかに現世界のすべての魔獣が弱くなるのならそうだ。
というか、このままダンジョンそのものの魔力が減り続けるのであれば、そもそも魔獣自体産まれなくなる可能性もある。
「たしかに、ダンジョンだけのことを考えるとそれでもいいかもしれないな。だけど、ファントムみたいなのはダンジョンと無関係の悪いやつだったろ?」
「はい! 嫌なやつでした!」
嫌なやつというか、悪いやつなんだけと……若干認識がずれていそうだ。
「その嫌なやつが嫌なことをしようとしているときに、俺たちが弱かったら現世界が大変なことになるだろ」
「はっ! たしかに」
たとえダンジョンが完全に機能しなくなったとしても、脅威はダンジョンの魔獣だけではない。
ファントムみたいなのが人工魔獣を作るかもしれないし、異世界から悪人がこないとも限らない。
そのときに戦える力はあるに越したことはないだろう。
……というか、サキュバスのことを知るために異世界に行きたいのだから、ダンジョンが使えなくなると俺が困る。
「た、大変です。じゃあ、あのスライムをたくさん倒しましょうか?」
「いや、まだあれが原因かはわからないから」
ダンジョンの魔力が少なくなったことで、本来の魔獣を産み出す魔力が不足し、あのスライムたちを産み出し続けているのかもしれないしな。
「お待たせしました。これで管理局から、各ダンジョン管理者に調査指示が出されるはずです」
「ぱぱっと解決してくださいね! 私たちは強くなるんですから」
「? ええ、情報の提供感謝します」
シェリルの言葉の意図は理解できなかったらしいが、それでも一条さんはしっかりと対応してくれるみたいだ。
「それにしても、すごい精度の魔力感知ですね。私たちも、言われるまでわからないような些細な違いだったのですが」
「お姉様は特別ですからね!」
「ふむ……自分が一番だと主張しなくなったのはいいとして、仲間を自慢するときは煽り癖をやめさせるべきか……いや、以前よりはだいぶましになっているので、長い目で見ておくべきか」
……シェリルの保護者として大変そうだな。
あまり長居しても迷惑だろうし、また明日にでも状況を聞きにくるとしよう。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「ええ、今後ともよろしくお願いします」
◇
結果がわかるまで、大人しくしていよう。なんて考えるつもりはない。
取得できる経験値が下がっているかはわからないし、それならそれでスキルの強化を主体にすればいい。
「そのつもりだったから、無理に俺に付き合う必要はないぞ?」
異変が解決するまでは休みってことでよかったのだが、意外にも全員俺についてきてくれた。
……もしかして、俺がなにか問題起こすと思われてる?
「いや、弱くなっているらしいけど、私たちには違いがわからないし、まだまだ経験値は取得できるからね」
よかった。単純なレベル上げのつもりで一緒に行動しているだけのようだ。
「それに、善と紫杏だけにするとなんか問題に巻き込まれそうだからね」
どっちもだった。まあいい。こうしてパーティで行動するのなら、これまでどおりサイクロプス狩りを継続するとしよう。
ちょうど、向こうからサイクロプスが近づいているらしいし、なんとか魔法剣を習得したいものだ。
「う~ん……やっぱり、難しいな。水の属性なら、こんなに簡単なのに」
「それだけ、習得したスキルっていうのは別物ってことだろうね」
「普通は属性がないほうが簡単そうなんだけど、不思議なものね」
魔法が得意な二人から見ても、やはりスキルとして習得しているかどうかが問題なようだ。
そう考えると、あの精霊何もない状態からあっさりとスキルを習得させてくれたし、かなりすごい存在なんだなあ。
さすがは長い時を生き続けている四大精霊の一人だ。
「しかし、もう少しコツとかあればなあ……剣士のままだと限界なのか? いっそ、魔術師になって魔法についての見識を深めればなんとか……」
「それはよくないぞ少年!」
もう、声を聞いただけでげんなりとしてしまう。
たまたまなのか? もしかして、うちの誰かをストーキングしたとかじゃないよな? 大地とか……大地とか。
「お久しぶりです。赤木さん……」
「うむ。久しぶり……でもないな。正月以来ということは、せいぜい数日ぶりだな。少年」
「それで、なんでここにいるんですか?」
「調査だ」
調査……? もしかして、一条さんが管理局に話した件が、もう通達されたのか?
それにしても、さっき話したばかりなのに、フットワークが随分と軽い。
「デュトワから聞いたぞ。なんだかそこら中で、魔獣の魔力が減少しているらしいじゃないか。特に指示は受けていないが、気になるので調査しにきた」
あの人か……。もしかして、デュトワさんってわりとおしゃべりだったりするのだろうか。
つまり、一条さんからパーティメンバーに、そこから赤木さんに話がいっただけで、まださすがに正式な調査依頼というわけではないらしい。
まあ、いずれは話が伝わることだろうし、個人で調査っていうのなら、俺たちもコボルトダンジョンを調査していたからな。
この人になにか言うことなどできないだろう。
「それじゃあ、俺たちはこれで……」
「それよりもだ!」
さり気なく帰ろうとしたけど、気づいてか無意識かは知らないが、さえぎられてしまった。
もう面倒だから、話を聞いてさっさと帰るとしよう。
「いかんぞ。剣士から魔術師になったところで、君のためにならない」
「え、どうしてですか?」
これでも強さだけなら本物だ。変態だけど。
もしかしたら、俺が強くなるための糸口になるかもしれないし、赤木さんの意見を聞いてみるか。変態だけど。
「君、強くなりたいと思っていないだろう」
は? どういうことだ。
俺が強くなりたいと思っていないなんて、それじゃあなんのために魔獣を狩っているというんだ。
「いやいや、そんなはずないじゃないですか」
「一度手合わせしてわかった。君はずいぶんと面白い戦い方をする。自分のできることを十全に活かした戦い方だ」
「それは……どうも」
意外にも褒められた。
だけど、それがなぜ俺が強くなりたいと思っていないという話につながるんだ。
「そして、なまじそれで勝利し続けてきたせいで、君は今のままなんとかしようという考えが根底に根付いている」
たしかに……そうかもしれない。
剣士としてのスキルレベルを上げることで、剣術と斬撃と太刀筋倍加を習得した。
それらを組み合わせることで、わりとレベル差があるはずの相手にも健闘することができていた。
さらに、魔法剣を習得したことにより、物理攻撃が効かない相手も対処可能となり、攻撃の威力自体も増加した。
ああ、そうか……俺、無意識のうちにこれで満足していたのか。
たしかに、ファントムにはほとんど通用しなかった。
だけど、それはあくまでもレベル差が開きすぎているからであって、レベルさえ上げればどうにかなるって考えていたのかもしれない。
だめだな。俺のレベルは初期化されることを前提にしないといけない。
だから色々なスキルを習得したり、スキルレベルを上げていたはずなのに、いつのまにか普通の探索者と同じ方法で強くなろうとしていたんだ。
「うむ。心当たりがあったようだな」
「はい……まあ、その、ありがとうございます」
「かまわん! そして、さらに強くなって私と斬り合ってくれ!」
「いや、それは遠慮しておきます……」
変態……いや、変人だけど、悪い人ではないんだよなあ。
だけど、斬り合いたいっていう感情は、俺にはわからん……。
たまに見る剣士たちの掲示板では、むしろ赤木さんのような考えの人が多いようだし、俺もそうなるべきなんだろうか……。
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