第105話 忍び寄るアンダーマイン

「増えてない?」


 翌日も帰りがてらコボルトダンジョンに寄ってみると、なんだか赤いスライムの数が増えているような気がした。

 昨日倒したことによる変化を検証しようと思ったけど、これだけスライムがいるとなにも変わりなさそうだな。


「てりゃあ!」


 体を動かし足りないのか、シェリルがスライムたちを倒しにいった。

 やっぱりろくに攻撃はしてこないし、一撃であっさりと倒されてしまう。

 強さも昨日とそんなに変わりなしか……。


「ふう……おわりました〜」


「ああ、おつかれ」


 ひとまず、見える範囲にいるスライムはすべてシェリルが倒してくれた。

 これ、他の場所にも大量にいるかもなあ。

 仕方ないので、ダンジョン内をくまなく探そうとしたその矢先、飛び散っていたスライムの破片の一つが、まだ生きているかのように蠢きだした。


「倒し漏れか。まあ、けっこうな数だったし仕方ないな」


 剣を振り下ろすと今度こそスライムは消滅し、その場には俺たち以外の生物はいなくなった。


「とりあえず、他の場所も見てみるか」


「そうね。どこかにスライムの巣とかありそうだし」


「紫杏なら、魔力感知でスライムのたまり場とかわからない?」


 たしかに、やみくもに探すよりはそれがわかったほうがありがたい。

 しかし、残念ながら紫杏は首を横に振った。


「ちょっと、魔力が微弱すぎてわかんないや」


「まあ、スライムだしなあ……」


 あれだけ弱いと、当然ながら魔力をほとんど保有していないだろう。

 そこまで広いダンジョンではないし、しらみつぶしに探すとしよう。


    ◇


「ここもだったな」


 もう何度目かわからないが、コボルトダンジョンでは赤いスライムが大量発生していた。

 コボルトよりも数が多いと思うほどには、遭遇している気がする。


「次は……うわぁ、気持ち悪い」


 一つ気がついたが、このスライムたち人目につかない場所ほど大量にいる。

 外敵がいないからそこを選んだのか。あるいは、たまたまそこにいたスライムだけが生き残っているのか。

 とにかく、今いるような何もない行き止まりでは、ダンジョンそのものにスライムが敷き詰められたようになっている。

 いくら害はないとはいえ、通路が埋まるほどのスライムは見ていて気分がいいものじゃない。


「焼くわね」


「ああ、頼んだ」


 ここまで大量となると、俺の斬撃もシェリルの攻撃も全滅させるには範囲が足りない。

 結局、夢子にフロア丸々燃やしてもらうほどの炎で、スライムの塊を退治してもらった。


「これで一通り回ったと思うけど、明日もいるかもしれないな」


「さすがに異変だと思うし、報告したほうがいいかもね」


 たしかに、これ以上俺たちだけで調べても仕方がない。

 とりあえず受付さんに伝えておくか。


    ◇


「そうなんですよ……被害がないからいいんですけど、なんか不気味ですよねえ」


「じゃあ、目撃者も報告もすでにあったんですね」


「そりゃあもう……最初こそ警戒していましたけど、みなさん被害もなく倒せる魔獣でしたので、今ではあまり気にされていないようです」


 まあ、初心者用のスライムと色くらいしか違わないからな。

 むしろ、初心者用のほうがまだ抵抗してきたと思う。


「じゃあ、管理局にはもう報告してあるってことですね」


「ええ、ですが脅威度の低さから優先度は低そうですね。とくに、ここ最近では例の人工魔獣の件があったので」


 どうやら、つい最近現れたってわけでもないようだ。

 報告済みとなると、いよいよ俺たちにできることもなさそうだな。

 まあ、他の件が忙しいっていうのなら、無害なスライム程度は後回しでもしかたないか。


 なら、もう一つの異変についてはどうだろう?


「それじゃあ、ダンジョンの魔獣が弱くなってるって報告はありましたか?」


「ええ、それもスライムの発見報告ほどではありませんが、何人かの探索者の方から伺っています。ですが、魔獣が弱くなる分には助かると言っていましたので、こちらもあまり問題ではないですね」


 う~ん……。たしかに、今のところは魔獣が倒しやすくなるってだけなんだよな。

 だけど、もしも魔獣が弱くなっている原因が魔力の減少によるものだとしたら、倒したときに得られるものも減る可能性だってある。


「どうする? 明日からはふつうにサイクロプスだけ倒す?」


「そうだなあ……」


 魔獣の弱体化による影響は、あくまでも憶測だ。

 魔力が減っている魔獣を倒して、そのあたりのことも確認するべきだろうな。

 どうせ、まだまだレベル上げは必要だし、魔法剣の練度も上げたい。

 スライムのことは一旦忘れて、地道な探索に戻るとするか。


    ◇


「ここでもか……」


 翌日にサイクロプスたちを狩りに行った。

 しかし、明らかに赤いスライムが増えている。邪魔にはならないんだけど、なんだか気味が悪い。


「私たちはスキルに利用できて便利だけどね。弱くても魔獣だから、倒すごとに魔力が回復するし」


「そう考えると、邪魔どころかダンジョンの便利なギミックみたいだな」


 そういうところが他の探索者が騒ぎ立てず、管理局が急いで対応していない理由なのかもしれない。

 現に俺も、片手間で焼かれたり毒殺されるスライムを横目に、気にせずにサイクロプスを狩るようになってるからな。


「慣れたのはいいんだけど、やっぱり倒すのに時間がかかるのが問題だね」


「そうねえ。ゴーレムのときは、恐ろしいことをしていると思っていたけど、大量に倒して経験値を稼げたからね」


「【上級】の魔獣なら、ゴーレム以上の効率になると思ったんだけど、正直期待しすぎていたみたいだなあ……」


 大地と夢子が、ゴーレムでのレベル上げのよさに気づいてくれたのはいいことだが、サイクロプスが不甲斐ないからというのが理由なので、素直に喜ぶことができない。

 もしかして、すでに得られる経験値が大幅に減っているのだろうか?


「それでも、今は倒し続けて強くなるしかないか」


 みんなは、そうやって少しでも経験値を得れば確実に強くなれるだろう。

 一方俺はいまだに魔法剣の練度を上げるのに手こずっている。

 なんかもう水属性だけでいいんじゃないかって気持ちさえある。大地と協力すれば、それでも倒せるしなあ……。


「やっぱりおかしいよ」


「紫杏。どうした?」


 俺たちがサイクロプスを倒すのをじっと見ていた紫杏だったが、珍しく俺たちの行動を引き留めるように言葉を発した。


「サイクロプスの魔力も、倒したときの魔力も、それにダンジョン自体の魔力も、前よりさらに減っている」


「ということは、やっぱり魔獣の弱体化は、手放しに喜べることではないってわけか……」


 倒したときの魔力まで減っているというのが問題だ。

 このままダンジョンや魔獣の魔力が減り続ければ、経験値も得られなくなり、アイテムをドロップすることもなくなる。


「きっと、なんとかしないとレベル上げどころじゃなくなると思う」


 紫杏も俺と同じ考えだったらしく、レベル上げよりも異変の解決を優先すべきだと言いたいようだ。


「そうだな。昨日と違って、実際に減っていることは感知できたわけだし、受付さんや一条さんたちに話してみるか」


    ◇


 一条さんに会うために、俺たちはインプダンジョンに向かうと、運よくその日は一条さんが管理人としての業務中だった。


「おや、珍しいですね。先日はどうも、ニトテキアの皆さん」


「こんにちは。こちらこそ、この前は助かりました」


 礼もそこそこにさっそく本題へと移ろうとすると、真剣な様子を察してくれたのか、一条さんはなぜか身構えるように話を聞く。


「すみません。もしかして、またなにかトラブルでしょうか……」


「いえ、別に俺たちが起こしてるわけじゃ……」


 なるほど、俺たちが真剣な相談をしようとしたので、また異変の話だと身構えたわけか。

 ……なんか、問題児扱いされてないか?

 そういう出来事に巻き込まれやすいのは認めるが、今回は少なくとも俺たち以外の大勢に関係する可能性がある。

 ということで、今回は俺たちだけじゃないので、諦めて話を聞いてもらうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る