第104話 レッド・リターンズ

「そういえば、今日の善の魔法剣いつもと違うね」


「ああ、魔法剣って水の精霊に教えてもらっただろ? だから、水の魔法剣しか使えなかったけど、同じ要領で別の魔法剣を使えないかと思って」


「なるほどね。じゃあ、さっきの魔法剣に属性がなかったのは、まずは魔力だけの魔法剣を試したってことかな」


 さすがに魔法を合成させていた大地にはわかるか。

 なんとかレベル以外で強くなる方法を改めて模索した結果、まずは魔法剣と元素魔術を使いこなせないかと思い至った。

 だけど、俺が今使える魔法剣は水の属性だけなので、まずは無属性ともいえる魔法剣の構築から試していたのだ。


「うまくいってなかったか?」


「う~ん……ちょっと不格好って感じだった気がする」


「やっぱりか」


 水属性が扱えるのだから、無属性もいけるだろうなんて気軽に考えてしまっていた。

 だけど、まずは属性なしの魔法剣を使えるようになって、そこから各属性に派生させるっていうのが正しい道筋だと思うんだよなあ……。


    ◇


 自分でもあまりしっくりきていない無属性魔法剣もどきを、発動したり消したりを繰り返しながら歩く。

 すると、すぐに見慣れたコボルトたちに遭遇したので、剣をかまえて接近にそなえる。

 そなえた……のだが、前のときと違って、コボルトたちは背を向けて逃げ出していった。


「まあ、そうなるわよね。私たちもあれからずいぶんとレベルが上がったし」


 コボルトたちは動物に近い魔獣だからか、実力の差がわかったことで逃走を選択したようだ。

 これがワームのような虫みたいなやつや、ゴーレムのようなそもそも無機物みたいなやつだとまた違っただろう。

 まあ、今回は討伐しにきたわけじゃないから無理に追う必要もないけど……。


「なんか、遅くないか?」


「うん。僕たちのレベルが上がったからとかじゃなくて、コボルト自体の速度が下がってるような気がする」


 逃げるコボルトはいまだに視界にとらえることができている。

 いくらなんでも、こんなに遅くはなかったと思う。機敏さだけが武器のコボルトがこれでは、戦うことも逃げることもできない弱い魔獣ってことになる。


「紫杏。なんかわかるか?」


「そうだねえ、こっちは確実におかしいよ。私と善が通ってたときのコボルトは、もう少し魔力が高かった。それに、ダンジョン自体の魔力も、な~んか少ない気がする」


 紫杏に魔力を調べてもらうと、やはり噂は本当だと裏付けるような答えが返ってくる。


「俺たちが通ってたときも、日によって魔力が変動してたか?」


「私と善が仲良く通ってたときは、多分魔力は変わってないよ。変わったとしても、私にはわからないほどの微量な変化だと思う」


 そうか。ということはあのときから何かが変化しているという可能性が高そうだな。

 あと、やたらと二人で行動していたアピールは誰に対してだ。なんだ? 欲求不満なのか?


「なにが原因なんだろうな」


「他に変わったところがないか、ちょっと見てみようか」


 大地の提案に頷き、俺たちはダンジョンの奥へと進んでいく。

 敵とはたまに遭遇するけど、向こうから逃げ出すので特に邪魔をされることもない。


「ふはははは! 私たちの強さを理解できることは褒めてあげましょう!」


 機嫌良く大股で歩くシェリルはほうっておこう。

 慢心しまくっているけれど、さすがに危険を察知したら慎重になるだろう。……なってほしい。


「おやぁ……?」


 そんなシェリルが何かを発見したようだ。どうしよう、逃げ遅れてコボルトとかだったら。

 逃がしてあげなさいと言うべきなのか、倒させるべきなのか、教育方針としてはどちらが正解なんだろう。

 しかし、シェリルが発見したのは、コボルトではなかったようだ。


「先生。ここにもスライムがいますよ」


 シェリルが指差した先には、最近では見慣れてきた赤いスライムが佇んでいた。

 相変わらず、遠くにいるうちはまるで動く様子もない。


 なんか、おかしいぞ。コボルトダンジョンにはコボルト種以外の魔獣なんかいなかったはずだ。

 もしかして、サイクロプスダンジョンにいたスライムも、元々あそこには出現しない魔獣だったんじゃないか?


「変ね……あれって、サイクロプスダンジョンにいたのと同じでしょ?」


「そうだね。少なくともコボルトダンジョンに出てくるような魔獣ではないと思うんだけど……」


 やっぱり二人もそこが気になるようだ。

 突然弱くなった魔獣。それはたぶん紫杏に観測してもらったとおり、魔力が減っていることが原因だ。

 それと同時期に現れるようになった可能性があるスライム。

 無関係、とは思えないよなあ……。


「やっぱり、今回の異変の原因ってあいつらなのか?」


「なんですって! それじゃあ、ささっと倒しちゃいましょう! なんせ、私たちは強いパーティですからね!」


 シェリルはまだ慢心している。

 じゃあ、あのスライムはやっぱり脅威はない雑魚魔獣ってことになるか?


「これが、私たちの力です!」


「嫌だなあ……僕たちも一緒くたにしないでほしいんだけど……」


 突撃したシェリルは、自分の力ではなく自分たちの力と言った。

 成長したってことなんだけど、使う場面が場面のせいで、お調子者一同扱いされそうな気がしなくもない。

 同じ気持ちなのだろう。大地は嫌そうにつぶやいていたが、幸いとシェリルの耳には届いていないようだ。


「それで、やっぱり簡単に倒せるスライムみたいだな」


 一人でスライムたちを全滅させていくシェリルを見るに、やっぱりスライムはスライムのようだ。

 俺も何度かあの赤いスライムを倒しているからわかるが、【初級】の探索者だって簡単に倒せそうなほどに弱いのだ、あのスライムは。


「どうですか先生!」


「ええっと、がんばったな。偉いぞ」


 すべてのスライムを倒し終わり、シェリルが尻尾をふって戻ってくるが当然無傷だし、疲れた様子すらない。

 シェリルの頭をなでながら紫杏に目配せすると、紫杏はこちらの意図を察して周囲の魔力を探ってくれているようだ。


「う~ん……特に変化はないかも?」


「じゃあ、このスライムたちは、魔力が減っている原因とは無関係ってことか?」


「そうすぐには変化しないんじゃないの? もう少し様子を見てみるか、明日またきてみましょうよ」


「それもそうだな」


 結論を急ぎすぎてしまったが、夢子の言うとおりだ。

 もしもあのスライムが原因だったとして、倒してすぐに解決するほど直接的に魔力に影響を与えているのなら、紫杏が魔力を感知したときになにか言ってそうなもんだ。

 となると、スライムは無関係か、関係したとしても気づかないほどに巧妙になにかをしている可能性がある。


「よくわかりましぇん……」


「とにかく、明日もまたここにきて調査してみようってことだよ」


「おお……つまり、強い私たちを他の探索者や魔獣にアピールするんですね!」


「違う」


 最近俺以外のレベル上げは順調だからな……。

 シェリルのやつも強くなっていることを誰かに自慢したいのだろう。

 ……明日は紫杏によく見張っておいてもらおうかな。なんか、しばらくお調子者状態が続きそうだ。

 そんな俺の考えを知るよしもなく、シェリルはキョトンとした顔で俺を見つめているのだった……。

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