第103話 爪や髪の変化にはなかなか気づけない

「たしかに、僕もそういう書き込みはいくつも見たよ」


「私も見たわ。今のところは私たちには関係なさそうだけど、【上級】でも似たようなことが起きるとしたら、戦いやすくなるんじゃない?」


 なるほど……情報収集していた二人も同じ噂を目にしていたようだ。


「私は、よくわからないので、今日に備えていっぱい眠っておきました」


 シェリルのほうは、情報収集とかは苦手なようだ。

 まあ、自分の役割をしっかりと把握したうえでの、最善の行動といえるのかもしれない。


「でもなあ……もしも、【上級】の魔獣が弱くなって、経験値が減ったら困るんだよなあ」


「そこなんだ」


 そこだろう。むしろ、それ以外はなにも問題がない。

 強くなったら困るけど、弱くなる分には特に困る人もいないだろう。


「……」


「どうした? 紫杏。なんか気になることでもあったか?」


 シェリルをあやしながらも、紫杏は珍しく真剣な表情だ。

 昨日もなにか気にしていたようだし、もしかして心当たりでもあるのか?


「ううん、気のせいかもしれないし、今日もう一回ダンジョンで確認してみる」


「そうか? そういうことなら、今日もこのままサイクロプスを狩りに行くか」


 でも、紫杏って勘が鋭いタイプだし、こういうときの思いつきって大体当たってるんだよなあ。


    ◇


「やっぱり……」


 ダンジョンに入ってから紫杏はなにかを考え、サイクロプスを見てから確信したようにそうつぶやく。

 とりあえず、大地と協力してすぐにサイクロプスを麻痺させて消滅を待ちながら、紫杏に話を聞いてみた。


「なにかわかったのか?」


「うん。魔獣もダンジョン自体も、魔力が少なくなってる」


「魔力が?」


 たしかに、紫杏はサキュバスになってから、やたらと魔力の感知能力が上昇した。

 そんな紫杏が気のせいかもしれないと思うほどのわずかな変化。

 俺たちにはまだピンとこないが、紫杏が言うのなら間違いないのだろう。


「ということは、サイクロプスも最初より弱くなってるってことか」


「う〜ん……違いがわかりません」


「そうだねえ。でも、気がつかないほどゆるやかな変化だから、戦ってもわからないかも」


「アハ体験ですね!」


 間違っちゃいないかもしれないけど、わかったからといって楽しくはないなあ。

 むしろ、これからどこまで弱体化してしまうかのほうが気がかりだ。

 経験値……やっぱ、減るんだろうなあ。


「まあ、今は気にしても仕方ないし、予定どおりレベル上げしましょ」


    ◇


 何体かサイクロプスとついでにスライムを倒すけど、やはり今のところ強さの変化は実感できない。

 経験値の方もいまいちわからないが、紫杏がいうにはわずかに減少しているらしい。

 悪い予感が当たってしまったか……。


「問題はどこまで魔力が減っていくかだね」


「そのうち、簡単に倒せるようになるかもしれませんね」


「とりあえず今のところは影響もないし、明日もここでレベルを上げつつ様子を見るか」


 そう言って、昨日よりもさらに早くに今日の探索を切り上げると、大地は意外そうな顔でこちらを見た。


「もっと倒してからかと思ったけど、今日はずいぶんと早いね。平気? 紫杏が吸いすぎたりしてない?」


「あはは〜否定できない」


 大地に追求されないように、目をそらす紫杏だが、別に体調が悪いとかではない。


「ちょっと、【初級】ダンジョンに行ってみようかなって」


「【初級】に? なんでまた」


「わかりました! 【上級】探索者の力を見せつけるんですね」


「ちがうから」


 ただの嫌なやつじゃないか。嫌われるぞそんなことしようものなら。


「調べたところ、魔獣が弱くなったって報告が一番多いのって【初級】ダンジョンだろ? ちょっと、試しに探索してみようかなと思って」


「調査するってことね」


「まあ、そこまでの話ではなく、どちらかというと興味本位で見に行くだけかな」


「それなら、僕たちも一緒に行くよ」


 なにか確証があるとかではなく、本当にただ見てみたいだけなので、俺と紫杏だけで行こうと思っていた。

 しかし、大地たちもついてきてくれるようだ。


「いいのか? あてがあるわけじゃないし、無駄な時間になりそうだぞ?」


「そうかな? なんか、善のことだからまた事件に巻き込まれそうな気がする」


「たしかに……二人で行動させたら危ないかもしれないわね」


 まるっきり言いがかりともいえないので、反論しづらいな……。

 まあ、そうなったらそうなったで、この異変が解決する可能性が見えてくることだし、悪いことばかりではないだろう。


    ◇


 そして訪れたのはコボルトダンジョン。

 昨日クラスのやつらも言っていたことだし、俺たちも探索したことがあるし、ちょうどいいだろう。


「あれニトテキアじゃないか?」


「なんで、こんな場所に……」


 まずい。これじゃあシェリルが言ってたように、なんか自慢しにきたみたいで嫌だ。

 なんだか恥ずかしくなってしまい、俺はすぐに受付しんに入場の手続きをお願いした。


「お久しぶりです。ニトテキアのみなさまの活躍は聞いていますよ。受付仲間でも、よく話題に出ていますから」


「そ、それはどうも。今から探索したいんですけど……」


「えっと……このダンジョンを、ですよね? はっ、もしかして、ここでもなにか異変が起きたんですか?」


 やっぱそうなるよなあ。

 わざわざここにくるのだから、ダンジョンの調査なのではと勘違いするよな。

 しかも、なにかとトラブルに巻き込まれる俺たちだし……。


「えっ……ニトテキアがからむほどの異変ってやばくね?」


「なになに、キングコボルトデラックスみたいなのでも出たの?」


「異変といえば……なんか、最近コボルト弱くない?」


 それだ。やっぱりここに通ってる人たちはそう思っているらしい。

 原因の特定とかは無理かもしれないけど、実際に中に入って確かめさせてもらうか。


「ええと……ちょっと、新しいスキルを検証したくて」


「ああ、なるほど。そういうことでしたか。それじゃあ、すぐに手続きしちゃいますので、ちょっとだけお待ちくださいね」


 受付さんも、周囲で様子をうかがっていた探索者たちも、とっさについた嘘に納得してくれたようだ。

 よかった。調査依頼を受けたわけでもないので、変な噂や騒ぎにはなってほしくなかったからな。


「お待たせしました。それでは、お気をつけて」


 特に待ってはいないが、形式上の言葉を受け取り俺たちはダンジョンの中へと進んでいった。

 それにしても、相変わらず仕事が早いな。


「いま、他の女のこと考えてた?」


「いや……仕事が早いと思っただけだから」


 なぜわかる。というか、単純に仕事の出来に感心してただけで、紫杏が考えるようなことは断じてないから。


「う〜ん。許す」


「そりゃあどうも……」


 まあ、美人だしな。

 やめよう。なんか紫杏の目つきが鋭くなってきた気がする。


「いちゃついてないで先に進むよ」


「はい……」


 呆れて先導する大地に、俺は何も言い返せずについていくことしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る