第102話 江戸っ子なので、ぬるま湯ではなく熱くしてください

 休みも終え学校も再開したため、そのまま帰宅途中に集合してダンジョンに挑む。

 多少のブランクはあるものの、すぐに勘は取り戻せたので順調にサイクロプスは倒せている。

 今日はこの調子で鈍った体を慣らしていき、明日からはまたスキルをどうするか考えようかなと思っていた矢先のことだ。


「う~ん……」


「どうした? 紫杏」


 なにやら腑に落ちないという表情で、紫杏が首を傾げる。

 そしてダンジョンを見回し、倒れているサイクロプスと、そこに隠れるスライムを見て首を横に振った。


「ううん。気のせいだと思う」


「そうか?」


 紫杏自身確証がないのか、それで話は終わった。

 まあ、本当になにかあったら俺には言うだろう。


「とりあえず、今日は適当な数倒して終わるか」


 念のために、あまりレベル上げに熱中しない程度にしておくとしよう。


    ◇


「ちょっとレベルが上がりにくくなったかもしれないね」


 あの後、特に危なげもなくサイクロプスとついでにスライムを倒した帰路で、大地がそう言った。

 大地のレベルはまだ60にもなっていないが、早くも必要な経験値量が増えてしまったようだ。


「まあ、ゴーレムのときのように、明らかに効率が下がってるわけではなさそうだけど」


「今はそれでいいかもしれないけど、あまり効率が悪いようなら、次のダンジョンのことも考えたほうがいいかもな」


 まいったな。まだ、協力して狩らないといけない段階なのに、もう次の魔獣のことまで考えないといけないとは。

 やっぱり、【上級】となると、そう簡単にはいかないものだ。


「早めに終わらせたし、帰って他のダンジョンの情報を調べてみるか」


「そうね。私たちもいい場所がないか探してみるわ」


 今日のところはこれで解散。各自なにか情報を調べよう。

 そう思ったのだが、俺たちのことを発見し近づいてくる姿が見えた。


「よう、お前らも探索の帰りか?」


 それはクラスメイトの男子や女子のグループだった。

 お前らもってことは、こいつらも今まで探索していたということだろう。


「ああ、そっちも探索してたみたいだな。パーティ組んだのか」


 そろそろ俺たちも探索に慣れてきた時期だからな。こうして、見知った仲でパーティを組んでもおかしくない。


「さすがにもうソロではやってられないからなあ。お前らほどじゃないけど、けっこう順調なんだぜ」


 それはなによりだ。そして、やっぱりソロだと大変だよな。

 なにかあったときに仲間がいたほうが安全だし、協力して魔獣を倒したほうが効率はいい。

 そう考えると、ソロで【上級】もとい元【超級】までいった赤木さんの非常識さが際立つ。


「しかし、お前らのほうはすごい勢いで強くなっていくなあ。俺たちなんかまだ【初級】だっていうのに、もう【上級】かよ」


「なんか、いろんな事件に巻き込まれたせいもありそうだ」


「それは……あんまり羨ましくはないな」


 主に現聖教会が悪い。あの事件がなければ、俺たちはまだまだ【中級】だったかもしれないな。


「ねえねえ、烏丸くん。倒しやすくて経験値多い魔獣とかいないの?」


「【初級】だろ……スケルトンが楽だったな」


「いやいや、あいつらだいぶ強いだろ……なるほど、あれを楽な相手と言えないと【中級】は無理か」


 特に搦手とかはないけど、地力が高いのがスケルトンだ。

 それの相手が厳しいのなら、まだレベルが足りてないのかもしれないな。


「というか、なんか最近レベル上がりにくくてなあ」


 違ったらしい。上がりにくくなったというのなら、そのダンジョンの適正レベルといえるほどのレベルに到達したということだと思うが……。

 もっと確実に安全を確保してから戦いたいのだろうか。


「そうだよねえ。ってか、最近魔獣弱くなってない?」


「え、そうか……?」


 サイクロプスはどうだっただろうか。

 動きも耐久力も前に戦ったときと同じだったと思うけど……そもそも、弱くなる理由なんてあるのか?


「たしかに……俺たちコボルトと戦ってるけど、なんか動きが遅くなった気がするな」


「それって、お前らのレベルが上がったからとかじゃないのか?」


「いやあ、レベルは特に変わってないんだけど、なんか動きが遅く感じたような……」


「慣れたんじゃないのか?」


 なにも強くなるということは、レベルが上がるだけじゃない。

 敵の動きに慣れたり、自分の動きを最適化したりと、そういった目に見えない強さもある。

 ……と、昨日紫杏にお説教気味にベッドの上で言われてしまった。


「そうかなあ? 目が慣れたというよりは、本当にあいつらの動きが鈍くなってたような気がするんだけど……」


「おかしいと思ったら深入りはしないほうがいいぞ」


「はははっ、面倒事には巻き込まれたくないからな。さすがに何度も経験してる烏丸の言葉は、重みが違うな」


 こっちだって好きで巻き込まれてるわけじゃないってば。

 その後、俺たちは魔獣を倒すときに考えていることを話してみたが、どうにも参考にならなかったようだ。


「そうか……お前も剣士脳になってたか」


「え、えぐくない……? もうちょっと、慈悲とかないの」


 なるほど、わかった。

 魔獣に対して思い切りが足りてない。


「油断してたら死ぬから、全力で殺したほうがいいぞ」


「は、はい……」


 そう。残念ながら和解とかはできないのだ。

 それは、シェリルに懷きかけて裏切った狼たちでよくわかった。

 魔獣は倒すもの。和解できそうなのは知恵があるから、そもそも魔獣ではなく魔族だ。

 ここのところを間違えてはいけない。


「そうか、そうか? うん。まあ明日からは試してみるよ。ありがとな」


 そう言って去っていくクラスメイトたちを見送り、俺たちも今度こそ家へと帰ることにした。

 しかし……魔獣が弱くなっているか。そのへんの情報もないか調べてみようかな。


    ◇


 ぽすぽすと音が聞こえる。

 なるほど……たしかにあいつらの言ったとおりだな。

 どうやら、魔獣が弱くなったと思っている人は、それなりに多いようだ。


 ぽすぽすと間の抜けた音が聞こえる。

 まあ魔獣が弱くなる分にはいいことだろう。だからそっちは問題ない。

 どちらかというと、もう一つの情報のほうが気になる。


 ぽすぽすと空気が抜けるような音が聞こえる。

 魔獣から得られる経験値が低くなっているんじゃないかという考察だ。

 たしかに、言われてみれば納得できる。

 魔獣が弱くなっているということは、魔力が少なくなっている可能性が高い。

 そして、魔力が少ないほどに得られる経験値が減るのは自明の理だ。


 ぽすぽすからばんばんと布団を叩く音が変化した。

 もはや、ベッドにきてほしいという誘いではなく脅迫だ。


「調べ物してるからあとでな」


「む~! 魅了しちゃおっかな~」


「もうされてるから意味ないぞ」


「えへへ……あれっ? それなのにベッドにこない……」


 サキュバス様がお怒りになる前に、調べ物は終わりにしておくか……。

 しかし、魔力が少ないかは憶測にすぎないが、普段より弱い魔獣か……。

 まさか、また現聖教会みたいに、変な魔獣造ってばらまいてるやつらがいるんじゃないだろうな……。


 証言は、【初級】のダンジョンに関するものが多い。

 【中級】でもそれなりだが、【上級】以上では、特に魔獣に変化はなかったという意見ばかりだ。


 初心者を狙った、変なやつのしわざじゃなければいいけど……。

 そう思いながら、俺は待てをされた大型犬みたいなサキュバスの下へと行くことにした。

 なんか……でかいシェリルみたいだなと思ったが、怒られそうなので言わないでおこう。

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