第100話 「わるいスライムじゃないよ。」

「やっぱり効率的に狩れるっていいなあ……」


「そんなしみじみと言われても……」


「どう思う? 紫杏」


「かっこいいよね!」


 結果だけをのべると、この戦法は大正解だった。

 接近する敵は俺以外が感知できるので、主に大地以外に周囲の情報を探ってもらう。

 その間に俺は魔法剣を、大地は魔法剣と毒魔法の合成を準備する。

 近づいてきたサイクロプスの目を狙って斬撃を飛ばすと、麻痺毒の効果で倒れてそのサイクロプスはもはや脅威足りえなくなる。


 あとは、適度に倒すための毒魔法を付与した攻撃を使っていくだけだ。

 もしも数が多いのなら、最初にすべて麻痺させてしまえば問題ない。


「毒魔法すげえ……」


「一応ことわっておくと、弱点に大きな傷をつけているおかげだからね? 僕だけで目を狙ってもこうはいかないよ」


 つまり、こいつらにこんなに大きな弱点があるからこそ、うまくいく戦い方ってわけだな。

 他のダンジョンの魔獣を相手にするときは、また違う戦い方が必要になるだろうし、今はしばらくこいつらを狩り続けるとしよう。


「すごい楽しそう……」


「それを見てる紫杏の訳知り顔が、またなんとも言えないわね……後方彼女面?」


「彼女ですから!」


 この戦い方に一つ問題があるとすれば、やはり敵の耐久力だ。

 麻痺させて安全になったとはいえ、敵を倒し切るまでには相応の時間がかかってしまう。

 そのため、今の俺たちの目の前には倒れて動けない状態だが、まだ息があるサイクロプスたちの群れという、おかしな光景が広がっていた。


「待つ時間が増えると、気が抜けちゃいそうなのが問題だな」


 いけないことだとはわかっているが、敵と対峙していない状態だとどうにも油断しそうになる。

 そういうときは、自戒の念を込めてシェリルでも見ておこう。


「? どうしました?」


「いや、見ておこうと思って」


 きょとんとするシェリル。その後ろで機嫌を損なった紫杏。

 勘違いさせたらしい。言い訳しようとも思ったが、そういうのが気のゆるみだしやめておこう。

 ……帰りに目一杯言い訳しよう。


 目線を倒れ伏すサイクロプスたちに向けるが、やはりまだ消滅にはいたっていない。

 追加で攻撃してもいいが、俺の攻撃はその再生力の前では致命傷にならないしなあ。

 やっぱり、こうして待ち続けるしかないか。


 手持無沙汰になり敵の消滅を待ち続けていると、ふとその巨体の影で動く小さな生き物が見えた。


「……なんだ? スライム?」


 もぞもぞと動くその姿はたしかにスライムだ。

 初心者用のダンジョン以来見ていない魔獣だったが、どうしてこんな場所に?

 明らかに分不相応な低級の魔獣の出現に首をかしげるが、よくよく見ると初心者用ダンジョンのそれとは色が違う。


「たしかにスライムね。でも、なんか赤褐色っぽい色をしているわ」


「う~ん……魔力は別に多くないみたいだよ?」


 夢子と紫杏の見立てでは、普通のスライムではないが、やはりこのダンジョンにふさわしくない魔獣のようだ。

 しかし、相変わらずこちらが近づくまで襲ってくることもないんだな。

 スライムは観察している間もずっとサイクロプスたちの近くで動いているだけだった。


「もしかしてレアな魔獣でしょうか? 経験値がいっぱいもらえるとか」


 一応向こうに気づかれないためか、シェリルがひそひそと話しかけてくる。

 たしかに、そういう魔獣はいるらしい。

 だけど、大抵は脅威にこそならないが、倒しにくい魔獣だという話だ。

 硬かったり、すぐに逃げたり、身を隠すのが得意だったりと、一筋縄にはいかないと書いてあった。


「とりあえず……攻撃してみるか?」


「そうだね。まずは試してみないとわからないし」


 そう方針を決めたのと同時に、ちょうどサイクロプスたちも息絶えたようだ。

 煙と共に消滅して、その場には俺たちとスライムだけが残る。


「……あれ?」


 紫杏がぽつりと言葉をこぼす。


「……なんか、多くないか?」


 巨体の影に隠れていて見えなかったらしく、赤いスライムが随分と大量に現れる。

 なんかあれみたいだな。石をどかしたときに大量に虫が出てくるあの現象。


「まずは斬撃をっと」


 スライムだし、さすがに斬撃をたばねる必要はなさそうだ。

 一振りして、とりあえず十二匹のスライムたちに攻撃をしてみる。

 思ったとおりスライムたちは、斬撃が一発命中しただけで破裂してしまい、そのまま消滅した。


「……別に経験値は多くないな。サイクロプスどころかゴーレムよりも低そうだ」


「【上級】には、一種類の魔獣しか出ないってわけじゃないのかもね」


 たしかに、そういうことはありそうだな。

 出現する魔獣の種類が増えれば増えるほど、こちらはそれに合わせて戦い方を変えなければいけない。

 【中級】のように、決まった戦い方を繰り返していけるほど楽ではないってことか。

 そのチュートリアルなのかは知らないが、今回はほぼ無害なスライムがあわせて出てきたってところかな?


 結局すべてのスライムは近づく前に斬撃だけで倒し切れた。

 今後もそうとは限らないし、臨機応変な戦い方ができるようにしないとな。


「今後は、サイクロプス以外が現れる可能性も考えて行動するか」


 俺の言葉に仲間たちはうなずき、ひときわ大きな頷きをしたシェリルが自信ありげに声を上げた。


「任せてください! この鼻でどんな魔獣のこともお知らせします!」


「そのわりには、スライムは目視するまでお知らせしなかったけどね」


「だ、大地だってそうじゃないですか!」


「僕の得意分野は聴覚だもん。あんなに物音立てない魔獣は対象外だよ」


 たしかに、あの隠密性は大したもんだな。

 あのスライムたちが脅威でないからいいけど、そうでなかったら非常に厄介な相手かもしれない。

 分が悪いと感じたのか、シェリルは夢子のほうを見た。


「私は目がいいだけだから、サイクロプスに隠れてたのは気づけないわね」


「うう……お姉様~」


「よしよし、私も気づけなかったし、次からは二人でがんばろう!」


 だんだんと子守が板についてきた紫杏のおかげで、なんとかシェリルの機嫌を直すことができた。

 ちょうどきりもいいし、このあたりで今日の探索も終わりかな。


    ◇


「結構レベル上げできそうだね」


「そうね、もう56だもん。ゴーレムたちを倒してた時とは大違いだわ」


 何日か通ったこともあり、順調にみんなのレベルは上がっている。

 まだ【中級】のときとは違って、明確に効率が落ちる段階にはないらしく、連日レベルは上がり続けている。

 特に、大地はすべてのサイクロプスのとどめを刺しているようなものだし、俺たちの中で一番経験値を稼げているだろう。


 みんなが強くなるのはいいことだ。

 一方俺はどうだろう。たしかに【上級】の魔獣を倒すことで、レベルはかなり上がっている。

 だけど、さすがに一日に上げることのできるレベルの限界が見えてきたのも事実。


 【中級】では、みんな成長が停滞していたから目立たなかったが、ここにきてそれが否応なしに見えてきてしまう。

 いずれ、俺はみんなよりも明確に低いレベルとなるだろう。


 俺たちは【上級】へと昇格した。だけど、まだ【上級】だ。

 上を目指していくのであれば、ここで止まるわけにはいかない。

 だけど、俺はこれ以上成長できるのだろうか……?


 順調なレベル上げとは裏腹にわずかな不安を抱いたまま、俺はダンジョンを後にするのだった。

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