第101話 一汁一菜一日中の一月一日

「さてと、今日もダンジョンに……」


「違うでしょ~」


 ああ、そうだった。もはやルーチンワーク化していたため、体がダンジョンへと向かおうとしていた。

 しかし、今日はお休みにしようと昨日みんなで話したのだった。


「焦ってもいいことないよ?」


「そんなつもりはないんだけどな……」


「紫杏ちゃんがなぐさめてあげよう! さあ、おいで~」


 寝転がって手を広げて誘惑しないでくれます?

 今の俺は思考も雑魚だから、そんな誘惑簡単にかかるぞ。


「夜にな」


 それでも、かろうじてその誘惑を払いのけた俺偉い。

 休みにした理由の一つが、せっかくの正月なのだからということなのに、ここで紫杏に甘えたら爛れた一日を過ごすことになる。


「じゃあ、神様に挨拶にでも行こうか」


「そうだなあ……せっかくだし行ってみるか」


    ◇


 腕を絡めてべったりとくっついてくる紫杏と共に歩く。

 これでもそれなりに噂されるくらいのパーティになったようで、時折俺たちを見る者や話しかけようとする者もいる。

 しかし、邪魔されたくないのか紫杏が威嚇して追い払う。

 こうして見ると、なんかでかいシェリルみたいだな。


「そんな威嚇しなくても」


「せっかくのデートなのに、空気を読まずに邪魔する人が悪いと思う」


 言い分はわからんでもない。

 探索するようになってからは、こういう機会もめっきり減ってしまった。


「なんか悪いな。いつもダンジョンばかりで」


「ううん。だって全部私のためだもん」


 全部……かはわからない。目的は紫杏の体質のため。

 だけど、レベル上げ自体は楽しいので、自分の趣味もわりと混ざっている。


「まあ、俺自身楽しんでるから、半々くらいかな」


「いいや、私のためが九割とみたね」


「なんでそんな自信に満ち溢れているんだよ……」


「あはは」


 他愛もないやり取りをするうちに神社についた。

 さすがにそれなりに人がいるな。

 こういうときに、普通ははぐれないように手でもつなぐのだろうが……。


「よいしょ」


 腕に押しつけられるやわらかい感触が、さらに存在感を主張してくる。

 まあ、これならはぐれることもないだろうな……。

 こいつ、無意識に俺のこと誘惑してない? いや、サキュバスになる前からこんな感じだったか。

 昔の俺、よく一度も屈さずに耐えてたな。


「どうしたの?」


 きょとんとした顔を向けてくる。

 うん、無意識だなこれ。悔しいがかわいいから許そう。


「とりあえず賽銭入れて拝むとするか」


「そうだね~。善はどの神様にお祈りするの?」


 大抵はどこの神社や教会でも、七人の女神と一人の男神を祀るようになった。

 元々宗教の違いがどうとかあったらしいが、現実に神様が現れたものだから、神社も教会も仲良くその神様たちも祀ったなんて歴史があるらしい。


 ほとんどの参拝客は、八人の神様の誰かに祈るのだが、当然というか神様ごとに種族もご利益も異なる。

 例えば、女神アリシア様なら無病息災のご利益を期待される。


「俺は……アキト様に参拝しようかな」


「お、珍しいね。世界平和に目覚めたの?」


 男神アキト様は、異世界を救った神様だ。

 だから、世界平和というスケールの大きなご利益を期待されている。

 だけど、俺が今回祈るのはそのご利益を期待してではない。


「あ! せんせ~い! お姉様~!」


 なにやら聞き慣れた声が耳に届く。

 尻尾を振りながら駆け寄ってくるのはシェリルだ。

 よほど急いだのだろう。後ろから慌てたように追いかけてくる大地と夢子も見える。

 ……散歩中に逃げた犬みたいだな。


「ごめん。邪魔したね」


「ほら、帰るわよ」


「ええ!? 一緒に行動すればいいじゃないですか!」


 気を利かせてくれようとする大地と夢子だったが、シェリルは理解できずに不思議そうにしている。

 しかし、二人も慣れたもので、シェリルの両手をもって、ずるずると引きずるように運んでいた。


「それじゃあ、またね」


「あ、ああ……もう少し優しくしてあげてもいいと思うぞ」


「つけあがるわよ。それであんたたちを邪魔するかもしれないわ」


 ……迷うな。紫杏も同じ考えのようで、このままシェリルをかばうべきか、大地と夢子に任せるべきか迷っていた。

 まあ、たまのお出かけなわけだし……今日のところは。


「「シェリルのことよろしく」」


「先生!? お姉様!?」


 そんな捨てられたような目をしないでくれ。

 というか、大地と夢子だって飼い主みたいなもんだし、三人一緒なら問題ないだろう。


「ほら行くわよ」


「う~……綿飴買ってくださいよ!」


「はいはい」


 子供だ。二人も大変そうだな。

 騒がしく去っていく三人に思わず笑ってしまう。


    ◇


「綿飴以外にも、色々と露天があるね」


「そういえば、去年までは気にしなかったけど、探索関係の道具とかもわりと多いよな」


 食べ物に限らず、消費アイテムやら小さめの装備品くらいなら、そこら中で売っている。

 さすがに武器はないし、防具もかさばるから置いてないようだが、なにか面白いものでも売っているだろうか。


「でも、大抵こういう出店って品質の割に高いってことが多いよな」


「あはは、浪漫がないね~」


 でも事実だ。さすがに周囲に聞こえるほどの声では言わないが、見て楽しむというのが正解なんだろうな。

 うわっ、あの回復薬、なんかすごい古そうだ。

 使ってもいいのか? 下手したら、回復するどころか余計に傷口が悪化しそうだが。


「ええと、精力剤。精力剤」


「なに探してんだよ……」


 せめてもっと小物とかアクセサリーにしない?

 浪漫がどうとか言ってたのに、実用的なもの狙い撃ちしすぎだろ。

 というか、売ってないと思うぞ。そんなもの。


「おう、お前らか」


「ん? ああ、杉田に厚井さん」


 やけに小さな二人組がいると思ったら、ドワーフの二人だった。

 意外だな。この二人もこういうところで店を出すのか。


「お店の方で売らないんですか?」


「うちで売っても、そもそもそこまで客がこねえからな。こういうときに多くのやつらに知ってもらう努力も必要なんだ」


 なるほど。たしかに、ここで売れば普段は店に来ない人もなにか買うかもしれない。

 とはいっても、さすがに店においてあるような品を販売しているわけではなさそうだ。


「福袋ですか?」


「ああ、在庫セールだ」


「それ、売る側が言っちゃダメだと思うんですけど……」


 というか、在庫セールのところもあれば、しっかりしたお得な詰め合わせのところもある。

 厚井さんのところは、前者ということか。


「いや、ちゃんと値段以上の物入れてるぞ。運試しに買ってみないか?」


 どうしようかな。普段あまりこういうもの買わないんだけど……。

 袋は色々な種類があるらしく、探索汎用アイテムやら、装飾品やら、消耗品等等。

 ジャンルがわかるので、そうそう大きく外すことはなさそうだけど。


「美少年の詰め合わせ袋はないのかな!?」


「捕まれ。お前はもう」


 悩んでいると、よく通る声質だけはきれいな声が聞こえた。

 もっとも、その声の主は変態なんだが……。


「どうも、赤木さん」


「うむ、変わらず自らを高めているようで……んん? 大丈夫かい? 君、なんか鈍ってないか?」


 げっ、そんなことまでわかるのかよ……。

 たしかに、今日は紫杏と二人で軽くレベルを上げただけだから、いつもよりはレベルが低い。

 だけど、日常の動きでには特に差がないはずだ。そんなステータスによるわずかな違いまでよくわかるな。


「あはは……ちょっと年末年始に鈍りましたかね」


「いかんぞ! せっかくの私好みの剣士なのだから、しっかりと鍛錬はつんでくれ!」


「しばらく、お正月休みしたほうがいいんじゃない? 善」


 たしかに、そうしたらこの人からの興味も失せるんだろうけど、別に害はないからそこまでする必要はない。

 というか、紫杏に喰わせる分のレベルは今日みたいに最低限確保したい。

 あと、大地が目をつけられていそうなので、どちらにせよ今後も会う機会はありそうだ。


「客に絡むな。悪かったな、お前ら。代わりにただでいいぞ」


「え、さすがにそれは悪いですよ」


「気にすんな。代金はそこの変態から取り立てる」


「理不尽だね!? まあ、いい。有望な後輩にお姉さんがおごろうじゃないか」


 金持ってそうだもんな。この人。

 迷惑代ということで遠慮なく紫杏に選ばせると、俺たちは厚井さんの出張露店を後にした。


    ◇


 その後も色々と露店を見て回り、どことなく浮ついた正月の街並みを思う存分堪能した。

 なんとなくハレの日って感じで、この雰囲気は嫌いではない。


「どう? 元気出た?」


「もしかして、気を遣わせたか?」


「ふふん。できる女の紫杏ちゃんは、このくらい朝飯前なのさ」


 たしかに、そろそろ限界なのかなと思ってしまっていた。

 これまではレベルを上げて、スキルを強化すれば魔獣を倒すことはできていた。

 だけど、今の相手は大地の協力がなかったら、一人で倒すことはできない。


 周りのレベルはどんどん上がっていき、いずれはみんな一人でサイクロプスも倒せるだろう。

 だけど、俺のレベルはいったりきたりだ。

 要するに【中級】のときは、みんなも成長が止まっていたから、こんな焦りはなかったのだろう。

 あ~あ……。


「俺って、嫌なやつだな……」


 レベル上げにつきあわせておきながら、いざみんなのレベルが上がったら勝手に焦りだすなんて。

 紫杏もそんな俺に思うところがあったのか、少し眉をひそめている。


「私の好きな人の悪口言わないで」


「いや、自分で自分の悪口言うくらいは……」


「いつも言ってるでしょ? 善は私のものだよ。だから、悪口は言っちゃダメ」


 そう言われると、なにも言い返せない。

 そうだな。そもそも焦るのが間違っている。

 最初のころだって、レベルは諦めてスキルを鍛えるって答えを見出したじゃないか。


 強くなる方法はレベルだけじゃない。

 変にネガティブなこと考える暇があったら、格上の魔獣たちの倒し方の一つでも考えよう。


「おっ、それでこそ善。全部好きだけど、その善が一番好きだよ」


「ありがとな。俺だって紫杏のことが好きだよ」


「それじゃあ、元気も出たところで……初精気もらおうか」


 ……さっきの優し気な微笑みはどこにいった。

 俺の目の前には、間違いなく格上の捕食者が立っていた。

 格上との戦い方、どうしよう……スキルを駆使したら倒せないかな。


「ちなみに、さっき厚井さんからもらった福袋はね。薬の詰め合わせだったんだ」


「なんで、今そんなことを言うんだ」


「善が一日中元気になれそうな薬もあったよ」


「飲めと言うのか」


 家に連れ帰られた俺は、薬のおかげというかせいというか……いつもより低いレベルなのに、ものすごい長時間の精気吸収を味わうはめになった。

 男神アキト様……お祈りしたので、超肉食系の彼女との上手なつきあいかたを教えてください……。

 こうして、俺は最低限のレベル上げ以外には探索する気力も体力もなくなり、強制的に正月休みをとるはめになった。

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