第96話 適材適所の部署変更
「さて……いよいよ【上級】へ挑戦、様子見だな」
「言い直したわね」
「ゴーレムのときと違って、あらかじめレベルも上げてるしね」
うるさいな。さすがに俺だって油断せずに万全の準備で挑みたいんだ。
手伝ってくれてありがとう。
やってきた【上級】ダンジョンには、サイクロプスがいるという。
耐久力が高く、動きも速い巨人で、なによりも攻撃力が高いようだ。
しかし、特別なことはしてこない。あくまでも地力が高いだけの魔獣。
これに対処できないようでは、他の【上級】でも苦戦を強いられることになるだろう。
「あなたたちは……ニトテキアのみなさんですね。先日昇格したことはお聞きしています。どうかお気をつけて探索に臨んでください」
「ありがとうございます」
受付さんは俺たちの顔とカードを一人一人確認し、このダンジョンの探索資格があると確認したことで、快く送り出してくれた。
さて……【上級】の魔獣、どれほどのものか。
初めて戦ったのがあのプレートワームだから、慎重にいかないとな。
◇
「前が見にくいね~」
「霧かな? ダンジョン自体はただの湿原っぽいけど、視界が遮られるのは面倒だな」
足元が不安定とかではなく、敵の姿が見えにくいっていうのも十分厄介だ。
「私はこの姿なら、目がいいから特に問題ないかな……」
「僕もこの姿なら、音で大体は判断できるから……」
「あの、私も匂いさえわかればどうにでも……」
なんなんだこいつら。
そして、俺を慰めるように抱きつく紫杏は、魔力で周囲の情報がわかるし。
俺だけが苦労するダンジョンってことだ。
いや、俺以外の普通の探索者も苦労するはずだ。するよな?
「まあまあ、誰も何もわからないよりはいいじゃない。ちゃんと、私たちで周りの状況教えるからさあ」
へそを曲げるなと言わんばかりに抱きつく力が強まっていく。
なんとも頼りになる仲間たちだよ、ほんとに。
「話してる間にちょうど近づいてるみたいだね」
「私が知らせたかったのに!」
大地に出番を奪われた紫杏もすでに察知していたらしく、俺の邪魔にならないように後方へと移動していた。
「巨人って話だったけど、3メートルくらいかしら」
デカいことには変わりないが、思っていたような途方もないサイズってわけではないみたいだ。
視界に捉えたらしく、夢子が追加の情報を教えてくれる。
となると、ボスと同じようなサイズか?
「善、たぶんあのへん」
紫杏が霧の奥を指差す、少し高い位置の奥の方。
まさしく、夢子が言っていたサイズの敵の顔の高さだ。
ああ、なるほど。
「じゃあ、先に攻撃してみるか」
斬撃をばらばらに飛ばす。サイズがわからないから、散らすほうが当たる確率も高いだろう。
すると、低い大声が俺の耳にすら届いた。うるさっ!
大地なんか嫌そうな顔して耳をふさいでいる。
こちらを発見したことによる威嚇や、自身を鼓舞するための咆哮というわけではない。
どちらかというと苦痛に悶えるような声。
つまり、俺の斬撃が顔、というか目に直撃したとみていいだろう。
次の瞬間、地面を踏みしめてこちらへと走る大きな足音が聞こえてくる。
もう復帰したか。そもそもほとんど効いていないのか?
霧の奥から現れるサイクロプスと戦うべく、俺たちは各々戦闘準備を開始する。
「囮の人狼シェリルいきます!」
霧の中から現れた巨人に向かって、颯爽とシェリルが駆けていく。
装備が変わってもそのスピードが翳ることもなく、相手をよく観察して至近距離に陣取った。
「おっと……デカブツなのにけっこう速いです! まあ、私ほどじゃないんですけどね!」
感想、報告、煽り一息ですべてをやってのける。
たしかに思ったより動きは速い。でも、さすがにシェリルが対応できないほどじゃない。
今のところは、俺も油断しなければなんとかなりそうな相手だな。
「強力な武器を手に入れた人狼の真の力を見せてやります!」
手甲なので、攻撃時にはあまり意味がないんじゃないかなと思ったが、シェリルの爪にいつも以上の魔力が纏っている。
どうやら、きちんと武器として攻撃を補助してくれているらしい。
いつも以上に強力な攻撃。しっかりと回避した隙に合わせて、サイクロプスの巨体をシェリルが斬り裂く。
……斬り裂くというか、薄皮が軽く抉れる。
「せんせ~い。この武器通用しませ~ん」
シェリルは、困ったようにしょんぼりとしてしまった。
う~ん……判断材料に乏しいから、この結果をどう見るべきかわからないな。
もしもプレートワームと同等の硬さだとしたら、傷をつけているだけかなりの進歩といえる。
だけど、たいして硬くない相手なのだとしたら、残念ながら武器による補助はあまり効果がなかったことになる。
「斬ればわかるか」
ということで、改めて剣を構える。
代替品のものと違って刃は当然あるし、魔力も込めやすく魔法剣がいつも以上の効率で発動できた。
この時点で、武器は代替品や、ドロップ品を超えているのは間違いない。
そういえば、開戦前に当てたはずの斬撃はどうなったんだ?
あれだけの叫び声だったから、それなりのダメージはあったと思うんだけど、シェリル相手に元気に戦ってるよな。
サイクロプスの大きな一つ目を見てみると、そこにはうっすらと傷があったが、だんだんと修復されている。
「げ……もしかして、自動的に再生してないか?」
「だとしたら、高火力で一気に倒さないといけないね」
さっきと違って今は姿は見えている。あのサイズなら早々外すこともないだろうし、俺は斬撃を一つにたばねて飛ばした。
魔法剣と斬撃を十二発分にまとめたものだ。これで、相手の耐久はなんとなく見えてくるはず……。
「おぉ! さすがは、先生……あれぇ?」
無防備な胴体に大きな傷が入り、そこから血が噴き出す。
致命傷のはずだ。だけど、間近で見ていたシェリルは異変にすぐに気がついた。
傷が治っているな……。血の奥から泡みたいなものが細かく発生し、だんだんと斬れた胴体がつながりつつある。
「ワームとは別の意味で耐久力が高くて嫌になりそうなんだけど……」
サイクロプスの場合は、硬さよりもその再生能力が問題か。
……いいことを思いついた。
「大地」
「うん。僕が最適かもしれない」
名前を呼んだだけでそんな言葉が返ってくる。大地も同じ考えに至っていたのだろう。
再生するというのなら、持続的なダメージを与え続ければいい。
そして、相手は人型でいかにも毒が効きそうな相手。
「ゴーレムのときと同じ感じでいこう」
「傷口から直接毒に感染させればいいんだね」
なんとなく、そっちのほうが効果はありそうだからな。
できることはなんでもやってみようじゃないか。
「それじゃあ、行くぞ!」
多分弱点だろうからと、ついでに今度は目玉のほうを狙う。
シェリルが引きつけてくれているため、サイクロプスの注意はこちらには向いておらず、あっさりと三度目の斬撃も命中した。
「うひゃぁ……うるさい。うるさい。うるさ~い!」
至近距離で大声で苦しむサイクロプスが相当うるさかったんだろう。
シェリルは耳をペタンと垂らし、さらに両手で押さえながらこちらに戻ってきた。
そんなシェリルと入れ替わるように、大地が毒魔法を目玉の傷から侵入させる。
自分で提案してなんだが、だいぶえげつないことしてるなあ……。
しかし、そのえげつなさにふさわしい効果を発揮したようで、サイクロプスはその場に倒れてもがくように暴れ出す。
「おねえさま~……」
「よしよし、がんばったね~」
サイクロプスはもはや俺たちを襲う余裕すらない。あとは、このまま倒すまで待つだけだな。
シェリルも自分の役割は終わったためか、紫杏に泣きつき甘やかされていた。
「まあ、まだ時間はかかりそうだけど。とりあえずおつかれ」
「うん、まあまあの結果だね」
サイクロプスを倒すまで若干手持無沙汰になったので、大地と軽くハイタッチする。
そんな俺たちを、ほほえましそうに見ている紫杏と夢子に気づき、なんとなく恥ずかしさが勝ってしまい、俺たちはごまかすように手を降ろした。
「男の子っていつまでたってもかわいいね~」
「大地もああいうことするのね。恥ずかしがる必要ないのに」
……次からは、もうちょっと考えて行動しよう。
子供っぽさを指摘された俺と大地は、なんとなくばつが悪くなり、早くサイクロプス死なないかな~と思うのだった。
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