第95話 嵐と共に去りぬ

「ところで……」


 やけに真剣な表情に変わって、女性が震えながら何がを言い淀む。

 先ほどまでと明らかに雰囲気が違う様子に、よほど言いにくい話題なのだと身構える。


「薫子……トイレを貸してくれ」


「ここで漏らされても困るし仕方ねえか……」


 あ、そういう……。

 ちゃんと効いていたんだな。大地の毒。


「感謝する! そして、そこのショタよ! このくるしみすら、私にとっては望むところだ! というか、ショタの力が私の腹部を刺激するとか、もはや興奮しかしない!」


「死なねえかな。こいつ……」


 去り際までやかましく、女性はおそらくトイレへと駆け込んだ。

 大地と厚井さんがめちゃくちゃ嫌そうな顔をしているが、理由は言わずもがなだ。


「で、誰なんですか? あの変態」


 自分を狙いそうな正体不明の変態でしかも手練れとか、大地にとってはあまりにも嫌な相手だろう。

 厚井さんに素性を確認すると、彼女はそれはそれは嫌そうに話してくれた。


赤木あかぎ凛々花りりか。ソロで【上級】の探索者をしている変態で、うちの常連で、私の幼馴染で、性犯罪者の一歩手前だ」


 だいぶ気兼ねない関係とは思っていたが、幼馴染だったのか。

 なんか赤木さんのせいで苦労する厚井さんが容易に想像できる……。


「【上級】か……。つまり、あの人の強さですら【上級】止まりってことなんだな」


 先は本当に長い。あの領域にたどり着いてもまだ【上級】。

 一条さんたちは俺たちが【超級】になんて話をしたが、やっぱりそれは紫杏のみの評価で、俺たちにはまだまだ分不相応ってことだ。


「どうしたショタではない少年。悩みがあるならお姉さんが聞くぞ。少年はショタじゃないから、お姉ちゃんとは呼ばなくてもいいとも」


「うわぁ……」


 驚くよりも引いてしまう。

 毒もう治っちゃったんだな。この回復の速さも強さの秘密か?


「【上級】の探索者なんですよね?」


「ああ、そうとも。つまり君たちとは仲間であり先輩というわけだな!」


 俺たちが【上級】であることも知っているということは、耳も速いみたいだ。

 こういう情報収集能力も、上に行くためには必要っぽいな。


「あ~……それを普通の【上級】と見ないほうがいいぞ」


 厚井さんが心底嫌そうな顔で、俺達の会話を遮るように訂正する。


「どういうことですか?」


「そいつは今は【上級】ってだけだ。元【超級】の探索者だが、まあ……その、なんだ。セクハラ被害が多すぎて降格した」


 大地が一気に距離を取った。

 えっと……俺は平気だよな? 年下だけが好きってことでいいんだよな。

 同性は平気か? シェリルが危ないかもしれない。


「失敬な! 合意の上でしか手は出していないのに!」


 手まで出してた。もうだめだよこの人。

 むしろよく探索者として続けていられるな。

 それほど優秀というか強いからか?


「ちなみに一番は少年だが、強い剣士も好みだし、少女もいけなくはない」


「善は私のだから」


 紫杏に抱き寄せられてまたも胸の中に顔が埋まる。

 手慣れたもんだなお前も。そしてこの状況に落ち着いてしまうのが少し後ろめたくもある。


「【板金鎧】! 【板金鎧】!」


 自分も変態の好みの範疇だと理解したためか、シェリルが威嚇しながらスキルを使っている声が聞こえる。

 もうめちゃくちゃだ。話していてここまでつかれる相手は久しぶりかもしれない。


    ◇


「はあ……それで、装備を受け取りにきたんだったな」


「あ、そうだった」


 あまりにも濃い人との話で本来の目的を忘れるところだった。

 俺たちは厚井さんに連れられて、店の中へと戻る。

 なぜかついてきている赤木さんは、杉田を見ると嬉しそうに絡みに行った。

 節操ないなあ……。そして、案の定杉田はものすごく嫌そうにしている。


「これ、お返しします」


「ん」


 代替品に過ぎなかったはずの剣だが、実に助けになってくれた。

 なんせこれがなければ、俺だけ武器もなくファントムたちを戦うことになっていたのだから。

 そう思うと、少しだけ愛着もあるし別れが惜しくもある。


「いや、そんな目で見んなよ……これより良い物作ってるからな。急いで作るはめになったからな。どっかの馬鹿どもが、装備もできていないのに事件に巻き込まれたせいで!」


 思い出したかのように、厚井さんは話しているうちにだんだんと言葉に怒りを込めていく。

 そうか、怒ってたのも随分速くに装備を完成させてくれたのも、俺たちがファントムと戦ったことを知ったからか。


「でも、事件に巻き込まれたのは俺たちのせいではないんですが……」


「はあ……しょうがねえなあ。それでも気をつけろ」


 そんな無茶な……。まあ、心配してくれているんだと思おう。


「それで、こいつがお前らの装備だ」


 剣に杖に手甲っぽい武器。腕輪や首飾りに、あとは服?

 武器以外は、ほとんど身を守れるとは思えないほどのものだが、おそらく魔力による防御や加護が付与されているんだろう。

 見た目以上にというか、見た目からは想像もできないほどに頑丈なことは想像できる。

 それでいて動きを阻害することもないのだから、理想的といえるような装備の一式だ。


「ほう、随分と奮発したじゃないか。よほどニトテキアを気に入ったみたいだね」


「いや……報酬に見合った装備にしたらこうなった」


「またまた~、君はいつも恥ずかしがって本音を隠すな。薫子」


 赤木さんの言葉に、厚井さんはなんとも微妙な目をしていた。


「え、本当に?」


「ああ、【中級】の素材で保管庫は埋め尽くされたぞ」


 さすがに、俺たちが渡した素材だけで保管庫を埋めたわけではないだろう。

 きっと、元々厚井さんの保管庫とやらが満杯に近かったところに、俺たちが引き渡した素材を入れたせいだ。

 でなければ、俺たちだってそんな大量の素材を保存しておくことなんかできなかったし。


「そっか~。どうやら一味違う探索者たちのようだね」


 変態に引かれるとか、甚だ不服なんだが……。


「特別な効果はないが、どれも今まで以上に地力を上げてくれるはずだ。武器は魔力を効率よく通すようになっているし、防具は物理耐性に魔法耐性、状態異常耐性がついている。だけど無茶すんなよ?」


 念を押されてしまった。そんなに信用ないかな俺たち。

 それにしても、状態異常耐性とか魔法耐性か……。どの程度防げるものなんだろう。


「毒とか魅了効かなくなるんですか?」


「まあ、敵の強さによるけどな。あとは……例えばゴースト種に憑りつかれたりも防げるか」


 ……それはもっと早く欲しかった。


「タイミング悪いって言われませんか!」


 シェリルも同じことを思ったのか、厚井さんに思わず本音を吐露してしまったようだ。

 まあ、憑りつかれた被害者だから、気持ちはわからなくはないけど、厚井さんを責めるのはお門違いだぞ。


「はあ!? 喧嘩売ってんのか、犬っころ!」


「シェリル、どっちにしろ憑りつかれたときは、厚井さんとも杉田とも出会ってなかったから無理だって」


「うう……」


「……お前ら、ゴーストに憑りつかれてたのかよ」


 憑りつかれてたし、降伏したと思ったら再び戦うことになりました。

 なんなら、その上位種との戦いが、厚井さんが怒っている原因です。

 とは言えない。また怒られそうだし黙っておこう。


「ふむ……装備も揃ったことだし、どうだい? 私ともう一度戦って」


「帰れ。うちでやるな」


「つれないねえ」


 赤木さんの提案を遮るように、厚井さんは辛辣な言葉で俺たちを追い返そうとする。

 用事もすんだことだし、それでもいいのだけど、最後にこれだけは聞いておこう。


「そういえば、どうして二人とも俺たちが事件に巻き込まれたって知っているんですか?」


「デュトワから聞いたよ。お気に入りが面白おかしく事件を解決しているということで、珍しく饒舌だった」


 ああ、あの人か。

 それなら事情を知っていても納得だし、別に隠すことではないので話されても問題ない。

 というか、功績の一つとしてもらっている以上は、いずれは色々な人にも知られることだしな。


「それで、私はその話に興奮した変態に聞かされた」


 上位の人たちは上位の人たち同士で、情報を共有するってことだろう。

 あれ、だけどデュトワさんの知り合いというのなら、あの人だって当然すごい強いんじゃないのか?


「赤木さんは、デュトワさんと戦えばいいんじゃないですか?」


「あいつはだめだ! あのガタイで魔法主体の戦いなど、裏切りにもほどがあるだろ?」


 いや、そこはスキルとか性格とか向き不向きというものがあるわけで……。


「はっ!? 裏を返せば、理想のショタで高レベルな剣士も存在するのでは……? なあ少年。君剣士にならないか?」


「この世界にあなたの理想は存在しないから、死んで生まれ変わったほうが早いと思うよ?」


「もう少し見下すような目で頼む」


 無敵かよ……。

 大地と厚井さん、それに杉田からゴミを見るような目で見られているのに、赤木さんはそれでも平常運転だった……。

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