第94話 狂人襲来

「なんかすげえことになってんなお前ら」


 厚井さんの店に行くと、店番をしていた杉田が呆れたように言ってきた。

 だけど、俺たちだってなにも好きで面倒ごとに巻き込まれているわけではない。


「もっと楽して平和的に強くなりたいんだけどなあ」


「そんなことができるなら、俺だって探索者目指すぞ」


 それもそうだ。

 せめて平和的に……もっとこう、ゴーレムを1日中狩り続けるだけとか、たまに変異種が出てちょっと苦戦する程度の安寧がほしい。


「装備をとりにきたんだよな? 師匠なら、裏にいるぞ」


「ああ、ありがとう」


 今日はそれが本題だ。

 装備品が完成したから、すぐに取りに来いとなんか厚井さんに怒られた。

 随分と早い完成は助かるんだけど、怒っている理由がわからない。


「すいませ~ん」


「帰れ!」


 ……どういうことだ?

 一応、呼ばれたからきたんだけど。

 もしかして、やっぱり装備品が完成するのにはもう少し時間がかかるとかだろうか。


「あ、はい……」


 とりあえず、なんだか機嫌が悪そうだったので大人しく帰ることにする。

 そして、うちの犬が騒ぎ出す前に口はちゃんと抑えておく。


「どういうことだい!? 邪魔はしないと言っているじゃないか!」


「存在が邪魔だ。帰れ、もしくは死ね」


 ん? 厚井さんの他にもう一人いるようだ。

 声の感じからすると女性のようだけど、なんか随分とひどいことを言われているみたいだ。

 もしかして、帰れって言われたの俺たちじゃなくてこの女性のほうか?


 引き返すべきか迷っていると、厚井さんが俺たちに気づいた。


「……」


 しっしと追い払うような仕草で手をふってきた。

 やっぱり、俺たちが邪魔なようだ。

 その姿に気づいたのか、女性のほうも俺たちへと振り向くと固まってしまった。


「おい、逃げろ」


 厚井さんが、うんざりしたように忠告する。

 とはいっても、何から? という疑問のせいで俺たちはとっさに動けなかった。


「素晴らしい!!」


 女性のやけに通る大きな声に驚いてしまう。

 厚井さんの言葉の意図を理解できず、女性の急な大声に驚き、その場から離れられずにいると、女性は妙に様になる動きでつかつかと近寄ってくる。


 きっと、かなり強い。

 なんというか洗練されたような、鍛え抜かれたような印象を受ける。


「私のことをお姉ちゃんと呼んでくれ!」


「何言ってんの?」


 その女性は俺の横を通り過ぎ、自然体で大地の前で片膝をつくと両手を取ってそう言った。

 ……なんか、やばい人っぽいな。この人。


「だから、逃げろって言っただろ。おい、客に手を出すな。死ね」


「残念だったな。私は死ぬときはかわいらしい見た目の少年の膝の上と決めている」


「死ね」


 うんざりした様子で厚井さんはため息をついた。

 うん、大体わかった。今のやり取りだけでこの人がやばいショタコンだと理解した。


「ん、おぉ? なるほど、毒か」


「げっ……効かないのか、めんどくさ……」


 手を取られたままの大地はそのまま毒魔法を行使したらしく、手の周りが紫色の魔力で覆われていた。

 シェリルが思わずお腹を抑えたので、きっといつものお仕置きの腹を下す毒を使ったのだろう。

 だというのに、女性は興味深くその魔法を観察するだけで、まったく体調を崩した様子はない。


「焼くからちょっと待って」


「いや、お前が待て夢子。さすがに、ここでやったら厚井さんに迷惑だ」


「私の心配とかではないんだな。いいぞ、その容赦のなさそれこそ将来有望な探索パーティというものだ」


 そこで喜ぶあたりなんかずれてんだよなぁ……。

 とにかく、このままでは大地と夢子がそろそろ本気で怒る。


「あの~、そのあたりでやめてくれません?」


「ふむ……そうか。すまなかった。思った以上にかわいい少年だったので、興奮してしまったようだ」


「年中興奮してんだろ。ショタコン」


 厚井さんの言葉に、さわやかに笑うだけなあたり、自覚がありそうで嫌だなあ。


「ショタは堪能した。いや、もっと堪能したいし、お姉ちゃんと呼んでほしいが、今日はこれで満足しよう」


「善、止めないで。あの女毒殺するから」


「わかるけど落ち着け……たぶん毒が効かないタイプの変態だ」


 珍しいことに、いつもと違って大地と夢子を俺が諌める側だ。

 悪気はないんだろうけど、的確に二人を挑発するのはやめてほしい。悪気がない分たちが悪い。


「だから、最後の目的は君だな。ニトテキアのリーダー」


「俺?」


 ショタコンじゃなくて、単に男ならなんでもいいってことか?

 俺には紫杏がいるから無理だぞ。


「さあ、私を斬るがいい!」


「なんでだよ」


 もう初対面とか、年上とか、そんなのは関係ない。

 タメ口になってしまった俺は悪くないと思う。


「斬ればわかる!」


「斬る理由がわかんないんだって……」


「なんだ、ノリが悪いな。君がそれなりに噂になってる面白い剣士だろ。その技ぜひ見せてくれ」


「いや、そんなこと言われても……」


 なんかやけにグイグイきて怖いんだけど。

 というか、興奮しながら近づかないでほしい。

 そりゃ大地も思わず毒魔法使うよ。こんなもん。


「おい、烏丸斬っていいぞ。死んでもうちで埋めとく」


 そして、厚井さんやけに辛らつだな……気持ちはわかるけど。

 まあ、立ち居振る舞いで明らかに強いってわかるし、それで満足するのなら斬るか。

 俺がどれほど通用するのかも気になるところだ。


「それじゃあ、いきますよ!」


 残念ながら、今日はダンジョンに行っていないのでレベルは1だ。

 それでも、剣術に斬撃に太刀筋倍加に魔法剣。すべてあわせた攻撃は【初級】どころか、【中級】でも通用する。

 十二本の斬撃がほぼ同時に女性に飛んでいき、女性はそれを興味深そうに観察していた。


「なるほどっ!」


 その斬撃を一つ残らず、一瞬で弾かれる。

 嘘だろ……。斬撃の特性で、ほんのわずかにでも傷はつくはずだぞ。

 あのプレートワームでさえ、その堅牢な防御力を無視できるのが斬撃の強みの一つだ。

 それに加えて、魔法剣で切れ味を強化しているのに、結界でもない剣による攻撃ですべてを対処されるだなんて。


「刃こぼれとか……してないんですか?」


「してねえな。こいつは変態だが、武器を粗末にするやつじゃない。というか、粗末にするようなら溶かして剣にする」


「はっはっは、それは怖い! そして、さすがは噂の剣士だね。実に面白い攻撃だった。いや、初めて見る芸当だ」


 まじかよ……。斬撃を斬っておきながら、あの剣はまったく消耗してないっていうのか。

 どんな技術だ。いや、そもそも技術とかでどうにかなるものなのか?


「ちぐはぐしているが、その中でできる限りをしているといえる。速度も技術も膂力も低いはずなのに、なぜか斬撃自体は練度が高い。それに、太刀筋倍加もなぜか従来以上。極め付きは魔法剣だって? なんだいそれ、私より変態じゃないか」


「変態の自覚あったんだな……」


「でも、あなたも一瞬で十二発の攻撃してましたよね?」


 ということは、まさか俺以外にスキルレベルを上げている探索者ってことなのか?


「いや、私のは三発だよ。足りないから四回、剣を振った」


 ……つまり、スキルと同じようなことを自力でやったってことか?

 なんだこの人。ただのショタコンの変態ではないな。


「それと、さすがに斬撃を無傷で受けるのは無理だ。だから、こちらも直前で斬撃を使って相殺した」


 あっさりと言ってのけるが、どちらもとんでもない離れ業なのはわかる。

 なるほど……上を目指すのなら、こんなこともできる必要があるのか。

 自分が目指している高みというものの片鱗を味わい、俺は改めてレベル上げを決意するのだった。

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